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海中に手錠が付けられた小学生2人と両親の遺体が…事件後に上海行きの便で帰国した「疑惑の中国人留学生」の正体

文春オンライン / 2025年1月17日 17時0分

海中に手錠が付けられた小学生2人と両親の遺体が…事件後に上海行きの便で帰国した「疑惑の中国人留学生」の正体

元死刑囚・魏巍と母

〈 女の子の足首には9kgのダンベル、胸部には電気コード…家族4人を殺害・海中に遺棄した中国人元死刑囚(40)の死刑執行日 〉から続く

 2003年6月20日、福岡市東区にある箱崎ふ頭の海中で、同市に住むAさん(41)と妻のBさん(40)、息子のCくん(11)、娘のDちゃん(8)の遺体が発見された「福岡一家4人殺人事件」。

 所轄署である東署に設置された捜査本部は、家族全員を殺害のうえ、手錠やダンベル、箱型鉄製重しなどを使って遺体を遺棄していたことから、怨恨などが動機の事件ではないかと、被害者の親族や知人たちなど、周辺の人物への聴取を進めた。

Aさんの“裏”の仕事

 そうした捜査が進むなかで、Aさんが関わっていた衣料品販売業という“表”の仕事だけではなく、“裏”の仕事についても、表面化することが起きている。

 それは、Aさんが福岡市中央区に借りていたマンションで、大麻を栽培していたということ。

 その情報を捜査員に話したAさんの知人は、当時の状況を明かす。

「話をしたのはAたちの遺体が発見されて間もない頃です。最初、海で見つかったということから、借金を苦にして、Aが自殺したんやないかと思っとったんです。そうしたら殺しだという。そこで可能性があると思ったのが、Aが関わっていた大麻の栽培のこと。販売ルートとかを巡って、組織(暴力団)と揉めたんやないやろかって……。

 ただ、私が話を聞いていたのは、Aが商売にするつもりで大麻を育てていたということだけで、具体的にどこのマンションでやっているかとかは、知らなかったんですね。だから、その情報をもとに警察が場所を調べたんでしょう」

 この知人によれば、捜査員は当時、Aさんの周辺で暴力団関係者と繋がりを持つ人物を中心に、捜査を進めていたという。

「後で聞いたんですけど、マル暴(暴力団担当)の刑事が、Aと近い何人かについての情報を聞いてまわりよったみたい。そのなかには私も入っとったらしいです」

 時期を同じくして、A家から消えていた自家用車のベンツについて、6月24日に福岡市から南方へ約30km離れた久留米市にある、B社の駐車場で発見された。この駐車場の管理人によれば、ベンツは6月20日の早朝から駐車されており、同日未明にAさん一家が事件に巻き込まれてから、その日のうちに移動してきていたことが、明らかになっている。

手錠とダンベルの販売元が判明

 一方で、別の方面への捜査から実行犯の手掛かりが浮かび上がってくる。それは、遺体につけられていた手錠やダンベルについて。捜査本部で調べたところ、手錠は台湾製でダンベルは中国製だったが、それぞれの製品を九州地区内で販売しているのは、量販店のYのみだったのだ。

 捜査員が被害者宅の近くの地域での聞き込みを行ったところ、5月31日に、20歳代の男が手錠2個を購入していた。さらに同じ男が6月18日に手錠2個とダンベル2セットを購入し、その購入状況が店内の防犯カメラに残されていることが、確認されたのである。

 捜査本部では、Yの店内で撮られた映像をもとに、手錠とダンベルを購入した男の似顔絵を作成。7月23日にマスコミに対して一斉公開し、情報提供を広く求めた。

 ただし、マスコミを通じて出されたものは似顔絵だったが、それよりも前には、映像をプリントしたものを捜査員から見せられた関係者もいる。その人物は言う。

「Y(量販店)のレジで支払いをしているところの写真で、後ろには雑貨が置かれていました。その男はレンズを見上げていて、口を開け、左目をしかめたような表情だった。身長は165cmくらいで、体型はやせ型。ストレートの髪を額に垂らしていて、白地にちょっと柄の入った丸首Tシャツを着とったかな。見たところ年齢は17~18歳の、その辺を歩きよるガキって感じですよ。画面にあった日付は6月18日で、たしか昼の12時1分42秒って表示がありました」

日本語学校の『K』に在籍していた男

 そうしたなか、「日本語学校の『K』に在籍していた男とそっくりだ」との声が寄せられる。男は中国人でその名は王亮(ワン・リャン)という。捜査員が調べたところ、福岡市東区のアパートで楊寧(ヤン・ニン)という男と一緒に住んでいることがわかったが、2人は事件から4日後の6月24日に、福岡空港から中国に向けて出国していた。

 令状を取った捜査本部が7月30日と31日に、王たちの住むアパートを家宅捜索したところ、室内に残されていた毛髪などの押収品と、A家のベンツ車内から検出された血痕のDNA型が一致したことなどから、両名がこの事件に関与している疑いが濃厚になる。

 王は中国・吉林省出身の21歳。前年である02年4月に就学ビザで来日すると、福岡市内にある日本語学校『K』に入り、寮生活を送っていた。彼が選択したのは『大学進学準備2年コース』という、日本の大学に進学するためのコース。当初は真面目に学校に通っていたが、同年11月に寮を出てアパート暮らしを始めてからは、次第に授業を休みがちになり、03年4月からはまったく出席しなくなる。そのため、事件の約1カ月前の5月15日付で同校を除籍となり、事件4日後の6月24日に、福岡空港から中国・上海行きの飛行機で出国していた。

上海行きの便で帰国した王亮

 犯行10日前の6月10日、王の通っていた『K』は、彼の除籍処分の張り紙を出している。それを見て学校にやって来た王は「もう少し勉強をしたいので、残れませんか」と話していたという。だが、その願いは叶えられず、学校側は除籍にした彼に対して、速やかに帰国するよう指導。

 そこで王は、同校の職員によれば「6月15日くらいに」、帰国のための航空券を持参して学校を訪ねている。通常であれば吉林省に実家のある王が帰国する場合、瀋陽か大連行きの飛行機を選択するのだが、彼は上海行きの便にしていた。職員がその理由を尋ねたところ、「安い航空券が手に入りましたから」と答えていた。彼が楊らと事件を起こしたのは、それから1週間も経たない20日未明のことだ。

 なお、6月24日の王の出国に際しては、福岡空港まで『K』の副校長が送っていた。同校職員は言う。

「たしか午後2時か3時発の上海行きCA(エア・チャイナ)でした。かなりの量の荷物を持っていて、いかにも帰国するという様子だったそうです。また、その際に誰かと一緒に帰るといったような、第三者がいる感じではなかったとのことです」

 だが共犯者である楊も、同じ便で中国へ向け出国していた。

学費を滞納し、除籍処分が下された楊寧

 楊もまた中国・吉林省出身の23歳。01年10月に就学ビザで来日して、福岡市内の日本語学校『K』に通う。その後、02年に北九州市にある私立大学の国際商学部に入学し、アジアの貿易経済について学んでいた。しかし、徐々に大学をさぼりがちになり、後期は病気と称して休学している。当時、私の取材に対して同校の職員は説明した。

「彼は03年4月に復学しましたが、学費を滞納していました。それで6月になって『本国にカネを取りに帰る』と言ってきて以来、音沙汰がなく、除籍処分が下されました」

 なお楊が来日して最初に通った日本語学校『K』とは、王が翌年から通うようになり、除籍となった日本語学校『K』と同一である。

 こうしたことが明らかになった03年7月後半の段階では、A家の事件に関与した疑いが濃厚な王と楊についての、おおまかな経歴は判明していた。だが、犯行が誰の計画によるものか、その目的や動機、具体的な手段など、わからないことだらけだった。

王、楊と連絡をとっていた、中国人留学生・魏巍

 捜査本部は日本語学校『K』に対して、王と楊を含めた、5人の中国人留学生についての情報を請求していたが、うち3人は同校の生徒と元生徒なので、日本での連絡先や中国の実家等についてはわかるが、残り2人についてはわからないとの返答を受けている。こうしたことからも、まずは王と楊の交遊関係を把握し、周辺から事件についての情報を集めようとしていることは明らかだった。

 そこで浮かんできたのが、王や楊と携帯電話で連絡を取っていた魏巍(ウェイ・ウェイ)という中国人留学生の存在である。

 魏は中国・河南省出身の23歳。01年4月に就学ビザで来日し、福岡市内にある日本語学校『A』に入学する。同校関係者によれば「出席率は97%くらいで優秀な生徒でした」とのこと。翌02年4月には、同市内のコンピュータ専門学校『K』に入学。ここでは留学生コースの『プログラマー養成講座』に通っていた。

 日本語学校『A』時代から、福岡市博多区にある2階建てのアパートに住んでいた魏は、03年8月6日に、元交際相手の女性への傷害容疑で逮捕される。彼は中国に出国する予定で、この日に出発する航空券を購入しており、そのわずか数時間前の逮捕だった。

 逮捕後に取材したコンピュータ専門学校『K』の関係者は明かす。

「魏の1年目の出席率は100%で、これは全生徒のうち3~4割しかいません。非常に真面目な学生で、学校としては文科省の奨学金を受けるための推薦を検討中でした。ただ、2年目となる今年5月の連休明けから、休みが増えてきたんです。それでどうしたのかと思っていたところ、8月の初旬に、警察から所在確認の連絡が入りました」

 このようにして、同事件について日本で逮捕された魏であったが、「言いたくない」と、供述を拒んでいた。

 じつは私はこの時点で、魏の中国・河南省にある実家の住所と電話番号を入手していた。ただし、彼が殺人にかかわっていたかどうかについての情報は得ていない。そのため、実家に連絡はしていなかった。

 もし、彼が殺害を自供することがあれば、電話してみようとは考えていたが、まだその段階ではなかったのである。

(小野 一光)

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