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「究極のブルースは、愛する人に捨てられるってやつだ」B・B・キングはじめ伝説のミュージシャンの演奏とインタビューから思い出した日本のブルース・ブーム【『ブルースの魂』】

文春オンライン / 2025年1月9日 6時10分

「究極のブルースは、愛する人に捨てられるってやつだ」B・B・キングはじめ伝説のミュージシャンの演奏とインタビューから思い出した日本のブルース・ブーム【『ブルースの魂』】

©1973-2022 NEYRAC FILMS

 1970年代初頭、ひとりのギリシャ人監督がミシシッピ・デルタを訪れた。彼は伝説的なミュージシャンたちをインタビュー、その演奏を記録するばかりでなく、ブルースがこれほど心を揺さぶる文化的・政治的背景を探ろうとしたのだ。完成したドキュメンタリーはヨーロッパで高い評価を受けていたが、50年の時を経てついに公開された!

ブルースを知らなくても楽しめる

「ブルースは真実だ。俺はそう思う」

 ミュージシャンのこの語りを聞いて「なるほど」と思えるほど、私はブルースのことをよく知るわけではない。でもこの映画の凄みは、ブルースを知らなくても十分楽しめるというところだ。

 何しろ、登場するミュージシャン一人一人の表情が味わい深い。それぞれの人生が表れているのだろう。例えば農作業の傍ら歌を覚えたというマンス・リプスカム。撮影時すでに70代後半だった。顔には深いしわが刻まれ、目は仏像のように半分閉じて、まるで瞑想にふけっているようだ。中折れ帽を目深にかぶりギターを手にひょうひょうと歌う。

「恋心がバレてから彼女は俺に冷たい。彼女が去るたび思いが募る、一晩中。今、彼女は夢見てる、愛しい男を」

 語りにも経験からにじみ出る奥深さがある。

「ブルースは心に浮かぶ感情なんだ。わかるか? 望みがかなわなくて辛いとか、金欠なのにあそこに行きたいとか、着る服がないとか。だけど究極のブルースは、愛する人に捨てられるってやつだ」

歌っているのは酒、女、カネ

 小児まひで右足が短かったというブラウニー・マギー。盲目のブルースハープ奏者ソニー・テリーと組んで多くの録音を残した。記事冒頭の一言も彼の言葉だ。

「ブルースの多くは酒、女、カネを歌ってる。人生に必要なものだからだ。なくては生きられない」

 恋愛やお金は人生を彩ってくれるが悩みの元にもなるのは古今東西を問わない。それを歌うのがブルースだ。幼い頃から貧困の中で育ち、靴を盗んで刑務所へ。服役中にギターを始めたというロバート・ピート・ウィリアムズ。

「農場に出て一人で働いていると、いろんな歌が降りてくる。それをつなげて口ずさみ家で弾いてみる。どんなブルースでもだ。ギターを取って自分の気持ちを歌うんだ」

 自宅の台所で妻を前にこんな風に歌い出す。

「なあ、お前。なんでそんなに冷たい? なんでつれない? ずっと尽くしてきた。こんな仕打ち、ないだろ」

日本のブルース・ブーム

 湧き上がる気持ちそのままだ。ブルースは知らなくても、彼らが歌う内容や語りには時代や国、人種を超えて共感するものがある。だからこそ、日本でもブルースがブームになった時代があった。憂歌団やウエスト・ロード・ブルース・バンドなど様々なバンドが活躍。その一つ、ブレイクダウンの近藤房之助さんとは学生時代、東京・下北沢のブルースバーでお会いしたことがある。後にアニメ『ちびまる子ちゃん』の曲「おどるポンポコリン」で一世を風靡した。その時のバンド名が『B・B・クィーンズ』。もちろん“キング・オブ・ブルース”と称されたB・B・キングのもじりだ。

 この映画、実は日本でブルース・ブームが起きていた1970年代初期に撮影されている。ギリシャ人のマンスーリス監督が、軍事政権下の祖国から亡命し(これも歴史を感じる)、縁あってパリに移り住む。そこでフランス政府の新テレビネットワーク立ち上げの一環として、ブルース発祥の地、アメリカ南部でロケをすることになった。だから冒頭の字幕もフランス語だ。当初からヨーロッパの映画祭で高い評価を受けたが、舞台であるアメリカ、そして日本では、完成から半世紀以上がたってようやく公開されることになった。

ドキュメンタリーとドラマの融合

 始まりはテキサスの刑務所から。黒人と白人ははっきり分けられている。刑務官はほとんど白人。受刑者はほとんど黒人。受刑者たちは作業のため農場へ歩いて向かう。監視する刑務官はみな馬に乗っている。受刑者の黒人たちは農場で鍬や斧を振るって働きながら、作業に合わせてみんなで歌う。ブルースはもともと19世紀アメリカ南部の奴隷農場で黒人たちの労働歌として歌われたのがルーツだという。

「ダラー・メアリーは言った、ダラー・ボブに。『私がほしいドレスは1ヤードで1ドル』。ダラー・ボブは返事した。『黙っていろ。いつかは手に入る、いつかは』」

 これも男女とカネの話だ。殺人罪ですでに25年服役しているという受刑者が語る。

「昔からブルースが好きだから、しっくりくる。自然な気持ちをのせて歌うんだ」

 もう一つ、この映画の特筆すべき特徴がある。ドキュメンタリーだけではなく、フィクションのドラマが織り交ぜられていることだ。ニューヨークのハーレムに暮らす若い黒人夫婦の物語。夫は強盗で服役後、妻と結婚したが、前科が壁になって仕事が見つからない。働いている妻に金をせびっては街をうろつく。そんな夫に愛想を尽かした妻はミュージシャンの元に……と、まさにブルースの世界。それがドキュメンタリー場面の合間合間に、境界をあえてはっきりさせずに織り込まれている。これがブルースというなじみの薄い題材を親しみやすくする上で大きな効果を上げている。

ブルースを聴くと自然に腰が動く

 さらにこの映画、途中までほぼ黒人しか出てこない。フィクションの場面もそうだし、ドキュメンタリー部分で歌うのも黒人、聴いているのも黒人。ようやく終盤近くに御大B・B・キングが登場。「ジャスト・ア・リトル・ビット・オブ・ラヴ」を熱演する。その時、客席にいるのはほぼ白人だ。ノリノリで立ち上がり拍手を送っている。黒人音楽だったブルースが次第に白人の若者たちに受け入れられていったことを象徴する場面だろう。キングは証言する。

「気づいたんだ。教会で霊歌を歌うとみんなに感謝される。でもブルースを歌うと後でいい額のチップになる。ある時、農園で働いた後、街角で歌った。すると一晩でずっと稼げたんだ。1週間農園で働くよりね」

 昔、高校時代の友人が「ブルースを聴くと自然に腰が動く」と話したことがある。あの頃はよくわからなかったが、今なら少しわかる気がする。こうしてブルースが白人社会に伝播し、そこからR&Bやロックンロールが生まれ、イギリスへと伝わって、ビートルズやローリング・ストーンズへとつながっていったんだろうなあ。ロックの歴史の原点を見る思いがする。

『ブルースの魂』
監督:ロバート・マンスーリス
出演ミュージシャン:B・B・キング バディ・ガイ ジュニア・ウェルズ ルーズヴェルト・サイクス ロバート・ピート・ウィリアムズ マンス・リプスカム ブッカ・ホワイト ソニー・テリー ブラウニー・マギー ファリー・ルイス ジミー・ストリーター
1973年(2022年2K修復版)/フランス/英語/88分/ ©︎1973-2022 NEYRAC FILMS/配給:オンリー・ハーツ 協力:ブルース&ソウル・レコーズ/全国順次公開中

(相澤 冬樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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