「今はなんとかバレエだけで生活できています」3歳から始めたバレエをコロナの影響で引退…夢を失った21歳・男性ダンサーを救った「ある人物」の正体
文春オンライン / 2025年1月12日 11時0分
一度はバレエから遠ざかった、男性ダンサーの森脇さん。そんな彼を再びバレエの世界に引き戻した人物とは?(画像:谷桃子バレエ団公式YouTubeチャンネルより)
〈 「将来が見えないと思ってしまったんです」才能あり、周囲の応援もあり、しかし…21歳・男性バレエダンサーが大好きなバレエを引退→それでも復活できた理由 〉から続く
コロナの影響で海外のプロバレエ団で踊る夢が破れてしまったバレエダンサーの森脇崇行さん(取材当時21歳)。いっときはバレエから完全に離れ、アルバイト生活をしていた彼を救った「ある出会い」とは? 谷桃子バレエ団を追い続ける映像ディレクターの渡邊永人氏(株式会社Sync Creative Management所属)の新刊『 崖っぷちの老舗バレエ団に密着取材したらヤバかった 』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/ 最初 から読む)
◆◆◆
バレエをやめた彼を引き戻した「ある人物」
森脇さんを再びバレエの道へと引き戻したのは、同じ男性ダンサーで、谷桃子バレエ団のプリンシパルである、今井智也さんだった。
今井さんは入団20年のベテランで、年齢は40歳。プリンシパルとして踊りながら、高校生の娘さんを男手一つで育てているという。それだけでも密着のしがいがあるのだが、彼にはYouTubeとは相性の悪い、ある一面があった。
「喋るのは苦手なので、カメラはちょっとごめんなさい」
ダイナミックな踊りとは裏腹に、意外にもシャイな性格でカメラに映ることを極端に嫌がる。確かに150人も団員がいれば、「カメラが嫌」という人がいるのも当然だ。しかし、よりにもよってプリンシパルがそうだというから僕としては頭を悩まされる。とはいえ、今井さんはカメラが回っていなければ、とても優しく僕に接してくれる。とある撮影で長机を使った際には、「片付けはやっておきます」と、率先して、プリンシパル自ら重い長机を片付けてくれた。そんなこともあり、いつか密着撮影も、その優しさでOKしてくれるような気がしている。
そんな今井さんがゲスト出演した関西のバレエ教室の発表会に、偶然居合わせたのが森脇さんだった。
「父の親戚がバレエ教室の先生をやっていたので『助っ人として、どうしても発表会に出て欲しい』と頼まれて、たまたま出ることになったんです」
1年間、バレエとは無縁のバイト漬けの生活を送っていた森脇さんだったが、その優しい性格からなのか、親戚の頼みを断ることができず、バレエ教室の発表会にゲスト出演。
そこで出会った今井さんはすぐに森脇さんの才能を見抜いたが、「今はバレエを辞めている」と聞いて驚く。ブランクがあるとは思えないレベルの森脇さんの踊りを見て、居ても立っても居られなくなり、「一度谷桃子バレエ団の練習を観にこないか」と誘ったのだという。
「ちょうど東京に用事もあったので」
偶然に偶然が重なり、谷桃子バレエ団の練習に参加したのだ。
「これは僕自身、思ってもみなかったことだったんですが、僕がバレエに戻ることを周りの人たちがとても喜んでくれたんです。それでもう1回やってみようという気持ちになりました」
バイト生活がダメとか、そういう話ではない。森脇さんが一番輝く場所に戻ることを、家族をはじめ周囲の人たちも望んでいたのかもしれない。そんな経緯で森脇さんのバレエ人生が再び始まった。
プロバレエ界では「女性より男性の方が稼ぎやすい」
「今はなんとかバレエだけで生活できています。バレエ団の他に、発表会のゲストなど外部の仕事での出演料をいただけているので」
女性との違いで一番驚いたのが、バレエ団以外の外部仕事の多さだ。プロバレエ界では「女性より男性の方が稼ぎやすい」という事実がある。
その理由はいたってシンプル。男性ダンサーの方が「需要」が多く、「供給」が少ないからだ。
例えば、バレエ教室で発表会をしようと思った時、出演生徒のほとんどは女性であり、女性の相手役や、男性側の主役を踊れるようなポテンシャルを持った男性が在籍していないケースが多い。その時に白羽の矢が立つのが、森脇さんのようなプロの男性ダンサーだ。
男性ゲストとしてアマチュアのバレエ教室の発表会に出演する。その出演料として支払われるギャラが男性ダンサーの生活を支える収入となるのだ。そうやって所属するバレエ団以外の仕事を複数掛け持ちすることで、女性よりも収入が多くなるという。
「ただ、男性ダンサーの外部仕事が多いことはバレエ団にとって良い面ばかりではないんです」
ある時髙部先生がそう言っていた。
バレエ団と男性ダンサーの「複雑な関係」
「外部の仕事が多い男性ダンサーは、自然とバレエ団の練習に来る機会が減るんです。そうすると女性は男性のパートナーがいない状態で踊りの練習をしないといけない。かといって、バレエ団のために外部の仕事をやめてほしいとはもちろん言えません」
バレエ団の練習にきちんと参加している女性ダンサーよりも、練習を休む男性ダンサーの方が稼げてしまう。なんとも皮肉な話だ。もちろん誰も悪くない。男性だって休みたくて休んでいるわけではない。生活のために仕方のないことなのだ。
森脇さんは、次回の公演『くるみ割り人形』で石川さんと共に主役を踊る。
ついにここから、この密着におけるメインイベントとも言える、バレエ団の本公演の撮影が始まる。そう思った矢先、チャンネルの存続を脅かすある事件が起こった。
(渡邊 永人)
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