「こんな施設に娘を任せておけない」シングルマザーはなぜ9歳の娘を殺害したのか? 事件のトリガーになった「ある児童ワイセツ事件」(2016年の事件)
文春オンライン / 2025年1月19日 17時0分
写真はイメージ ©getty
〈 「これが娘との最後になるなんて」妻と別れて7年後、娘は殺された…判断を間違えた父親の後悔(2016年の事件) 〉から続く
〈こんな世の中はもうダメだ。今日は最良の日。私と一緒に幸せの国へ行きましょう〉――2016年、秋田で母親が9歳の娘の首を絞めて殺害し、自身の命も断とうとした事件。この不幸な事件はなぜ起きたのか? 引き金となった出来事を、ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の新刊『 殺人の追憶 』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全4回の最終回/ 最初 から読む)
◆◆◆
離婚後の元妻と娘の生活
離婚成立から1ヶ月後、朋美は行政を頼り美咲さんを連れて大仙市(旧大曲市)内の県営住宅に転居した。そして1年後、事件現場となった秋田市内のアパートに移り住む。命をつないだのは国の助けだった。康祐ナシでは暮らしが立ち行かなくなり、生活保護を受けた。しかし、前述した通り、児童相談所により母親による養育が困難と判断されて、結局は美咲さんを秋田市内の児童保育院に預けることになった。
児童保育院は朋美の対応に困った。子供に対する庇護意識からなのか、康祐に見つかったら困るからと美咲さんの部屋を角部屋へ移動させろと息巻いたり、頻繁に一時帰宅を要求する。いわゆるクレーマーだった。
この問題行動は、児童保育院内で波紋を呼んだ。入所当初から、児童保育院側は手を焼き、その対応は施設を所管する児童相談所に投げられた。
それが充分な議論や調査がされぬまま児童保育院の判断に委ねられてしまったのは、あくまで美咲さんの親権は母親の朋美にあったことが大きい。朋美は「親権」という法律上の権力を行使することによって、ここでもマウントを取ることに成功し、些細なことから一時帰宅まで自我を押し通せるポジションを手にした。
一方で、美咲さんはどんな生活を送っていたのか、それは康祐が裁判や独自の調査でわかったことだとして、次のように話してくれた。
「負けず嫌いな性格が災いして、うまく周囲と馴染めていなかったようです。問題児とうか、トラブルメーカーというか」
事件後に秋田県社会福祉審議会が作成した報告書によれば、「叫び声を上げて走り回ったり、言うことを聞かず、職員が押さえても地団駄を踏んで暴れたりという状況であった」ようだ。
娘が起こした「ある事件」
一つだけ顕著な例を挙げよう。あるとき美咲さんは、友達の耳たぶに鉛筆の芯を突き刺す事件を起こしたという。康祐が補足する。
「裁判で意見書を書いてもらったお医者さんの話では、やはり母親や家庭に問題があると、子供の精神状態にも影響すると。その精神状態は、この耳たぶ事件のような問題行動となって現れるらしいんですよ」
康祐は朋美の元に一時帰宅する美咲さんの様子も話してくれた。
「家での朋美は寝てばっかりで、美咲に『ご飯何食べたの?』って聞けば『スナック菓子』って答えるらしいんですよ。施設から出るときには『ママ』って駆け寄っていく様子が見られたらしいんですよ。家ではそんな状況だから、施設を出るときは喜び勇んで朋美に駆け寄っていくんだけど、戻ると精神が不安定になっていていろんな問題を起こすらしいんですよ」
康祐の話を通して浮き彫りになったのは、こじれた親子関係からくる「愛着障害」だ。
「愛着障害」とは?
愛着障害とは、乳幼少期に何らかの原因により、両親との愛着形成がうまくいかず問題を抱えている状態のことをいう。パーソナリティ障害や発達障害を抱えた若者の治療に、長年にわたって関わってきた精神科医の岡田尊司は、著書『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』(光文社新書)のなかで、うつや不安障害、アルコールや薬物、ギャンブルなどの依存症、境界性パーソナリティ障害や拒食症といった現代社会を特徴づける精神的なトラブルの多くにおいて、愛着障害はその要因やリスク・ファクターになっているばかりか、離婚や家庭の崩壊、虐待やネグレクト、結婚や子供をもつことの回避、社会に出ることへの拒否、非行や犯罪といった様々な問題の背景の重要なファクターとしてもクローズアップしている。
美咲さんも美咲さんで生きづらさを抱えながら生きていた根が見えた気がした。やはり、あのとき親権を放棄したのが間違いだったと、悔しさを重ねる康祐がいた。
2016年の春ごろ、児童保育院の職員の男が県青少年健全育成条例違反容疑で逮捕されるという事件が起きた。施設の児童に対してワイセツ行為を働いたのである。
これ自体はよくあることかもしれない。だが、何がどう転ぶかはわからない。
実は、このワイセツ事件が、朋美を犯行へと向かわせた。
娘の殺害につながったトリガー
〈こんな施設に娘を任せておけない。こんな世の中はダメだ。〉
――自分が高校の頃にいじめられていたのも世の中のせいだし、病気になったのも世の中のせい。もちろん自分が不幸なのも世の中のせいだ――後の裁判で証拠資料として提出された朋美の日記には、こんなニュアンスのことが書かれていた。
これまでの道のりを振り返り、改めて人生を悲観するトリガーになったのだ。
2016年6月17日、朋美はいつものように一時帰宅を要請し、首尾よく児童保育院から美咲さんを連れ出した。そして――。
美咲さんは19日の帰宅予定日を過ぎても帰ってこなかった。職員が朋美にしつこく電話をしても、応答はない。果たして事件は起きた。決行日は、例のオラクルカードで決めた。
(高木 瑞穂/Webオリジナル(外部転載))
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