「なんで隠すの?」トイレや風呂場で繰り返された“母親の彼氏”からの性虐待…小5で性被害に遭った24歳女性が語る、子ども時代の記憶
文春オンライン / 2025年1月18日 11時0分
小学5年生のときに性的虐待を受けた橋本なずなさん ©山元茂樹/文藝春秋
小学5年生のときに、母親の交際相手から性的虐待を受けた橋本なずなさん(24)。幼い頃に“おぞましい被害”に遭った彼女は、成人後もトラウマやフラッシュバックに苦しめられ、2度の自殺未遂を経験しているという。
現在は「性犯罪が少なくなる社会」を目指して自身の過去を赤裸々に発信し、性的虐待の実態を伝えている。橋本さんはどんな環境下で被害に遭い、どのように“心の傷”と向き合ってきたのか。話を聞いた。(全3回の1回目/ 2回目 に続く)
◆◆◆
今でもフラッシュバックするほど辛い過去
――橋本さんは、小学5年生のときに母親の交際相手から性的虐待を受けたことを公表されています。
橋本なずなさん(以下、橋本) 小学5年生のときに、約1年間、母親のパートナーから性的虐待を受けていました。今も性的虐待や性加害に関するニュースを見聞きすると、フラッシュバックすることがあります。
――それでも今回のように、メディアで発信を続けていますよね。
橋本 正直、当時を思い出すのは本当に辛いけど、性犯罪が少なくなる社会を作るためにはやるしかない、という気持ちです。
日本には、皆さんが想像しているよりたくさんの性被害者がいるんです。でも、それを言えない人が多い。「実は私も経験しているけど、いまだに誰にも話したことがない」という人がほとんどだと思います。
そういう人たちも、性犯罪がなくなる社会や、性犯罪の刑罰が重くなる社会を望んでいると思うし、これからを生きる子どもたちのためにも、私は今回のような取材で性的虐待や性被害の実態を伝えたい。それが私にできることだと思うので。
――ご自身のお身体が第一なので、ご無理のない範囲でお話しください。
橋本 ありがとうございます。
幼い頃は大阪で裕福な生活をしていた
――性的虐待を受ける前は、どのような生活を送っていたのですか。
橋本 父と母、1歳上の兄、私の4人家族で、生まれてからずっと大阪で暮らしています。
私が生まれた翌年に、父が北新地でバーの経営を始めて。最初は繫盛していたので、幼少期は経済的に豊かな生活をしていました。
――どんな部分で経済的な豊かさを感じましたか?
橋本 幼い頃からおしゃれなレストランに連れていってもらったり、高価なバッグやブランド物を買い与えられたりしていました。ただ当時から、父は物質的な愛情表現に頼っているな、と感じていて。
――物は与えられるけど、親子のコミュニケーションは少なかった?
橋本 私や兄が小学校から帰ってくる時間には、父はお店に行って準備していますし、父が朝帰って来る頃に私たちは登校するので、いつも入れ違いでした。
土日や祝日は家にいるのですが、前日にお客さんと飲んで、二日酔いでずっと寝ていることも多かった。だから、酔っ払っていない状態の父とコミュニケーションを取る時間は少なかったです。
「父の暴力が止まらなくて…」両親が離婚した“きっかけ”
――その後、ご両親は離婚したそうですね。
橋本 私が小学3年生の頃だったと思います。
――なぜ離婚してしまったのでしょうか。
橋本 父のDVがきっかけです。ある日、父がいつもより早く帰ってきたことがあったんです。母が玄関に迎えに行って、私と兄はリビングでテレビを見ながら待ってたんですけど、父も母もリビングに来る気配がなくて。
そしたら突然、父の怒鳴り声が聞こえて、何事かと思って兄と見に行ったら、母が父に殴られてうずくまっていました。何が起こっているのかわからなかったけど、母が怯えているのは確かだったので、兄と私で母の上に覆いかぶさって守ろうとして。でも父の暴力は止まらなくて、私たちも一緒に殴られました。
暴力を振るわれたショックで、記憶があいまいに
――父親はそれ以前にも暴力を振るうことはあった?
橋本 いや、父に殴られてる母を見たのは初めてだったし、父がそういうことをする人だと思っていなかったので、本当にびっくりしました。
ただ、もともと酒グセが悪い人ではあったんです。お酒を飲んでるときに横柄な態度になったり、声が大きくなったり。私たちが殴られた日も酔っていて、そういう酒グセの悪さが暴力に結びついたんだと思います。
――家族に暴力を振るう父親の姿を見て、ショックも大きかったのでは。
橋本 ショックというより、驚きでしたね。そのときは、目の前に迫りくる父親の拳が何を意味しているのか理解できなくて、怖いと感じる余裕もなかったんです。
実は、父からDVを受けた後、両親が離婚するまでの記憶があいまいなんですよ。DVから数か月くらい経って離婚するんですけど、それが具体的にいつなのか、というのがはっきり思い出せなくて。でも、私にとってそれくらい衝撃的だったのは確かです。
両親の離婚後、裕福だった暮らしが一変した
――ご両親が離婚すると、生活がガラッと変わりますよね。
橋本 変わりましたね。父がいるときは、「マシェリ」のシャンプーをずっと使っていたんです。「パンテーン」や「エッセンシャル」よりも少し高価で、いい香りがする。
でも、両親が離婚して母の稼ぎで生活するようになってから、母に「『マシェリ』は高いから『パンテーン』にしよう」と言われて。
シャンプーを少し安いものに替えるなんて、些細なことじゃないですか。でも、それまで裕福な暮らしをしていた当時の私は、こんな小さなことから生活を変えていかなきゃいけないんだ、うちってそんな感じになっちゃったんだ、とショックを受けました。
――父親から慰謝料や養育費の支払いは?
橋本 ありましたけど、払ってもらえないことも多かったみたいで。父が経営していたバーは、私が16、17歳くらいのときに潰れるんですが、両親が離婚する前からうまくいってなかったんです。だから、父も経済的に厳しかったんだと思います。
「まさか私に性的虐待をするとは」母親に新しい恋人ができた経緯
――母親に新しい恋人ができたのは、離婚してどれくらい経ってから?
橋本 はっきり覚えていないんですけど、1年くらいだったと思います。母とその恋人は、もともと知り合いだったんですよ。
――どのようなお知り合いだったのでしょうか。
橋本 母が通っていた卓球サークルに、その男性もいたんです。私もその卓球サークルに行ったことがあったので、見かけたこともあって。
そのときは、その人がのちに母のパートナーとなり、私に性的虐待をするとは思いもしませんでしたけど。
母親の恋人は当初、親切な人というイメージだったが…
――母親の交際相手に対して、最初はどういう印象を持ちましたか。
橋本 卓球サークルにいるときは、“シュッとしたおじさん”という感じでした。親切な人、というイメージもありましたね。
だから、母に「この人が新しい彼氏です」と紹介されたときも、とくに不信感を抱かなかったし、当然、幼児性愛的なものがある人とも思わなかった。
――最初は挙動不審な行動もなく?
橋本 当初は家に兄がいて、男性の目がある状態だったから、それがひとつの抑止力になっていたと思うんです。
でも、おじさんが家にくるようになってから、兄が家出をしてしまうんですよ。
1歳上の兄が急に家出してしまったワケ
――急にいなくなった?
橋本 ある日、母親が仕事でいないときに、家から出て行ってしまって。私とコタツに入ってテレビを見ていたのですが、私が寝てしまって。そのすきにいなくなったんです。
私は起きてから兄がいないことに気づいて、彼の部屋を見に行ったら、もぬけの殻になっていて。小学校に持っていく教科書とか、自分の好きなマンガとかも全部なくなっていたんですよ。結局、兄は母方の祖父母の実家に行って、そこで暮らすようになりました。
――祖父母の実家なら、「お母さんが心配しているから家に帰りなさい」となるのでは?
橋本 祖父母は、母親に恋人ができたことをよく思っていなかったから、「あの家に帰るなら、ここで暮らしなさい」となって。それから母の実家と関係が悪くなり、絶縁状態になりました。
兄はある程度の年齢になってから、友だちやパートナーの家を転々としてたみたいですけど、私たちのもとには二度と戻ってこなかったですね。
息子に家出された母親は「死にたい」と…
――母親の交際相手がイヤで家出をしたのでしょうか。
橋本 そうだと思います。兄はすごく優秀で周囲から期待されていたから、父がいなくなったあとは「自分が母と妹を守らなきゃ」と責任を感じていたはずです。
でも母親にすぐにパートナーができて、彼の中で何かが崩れてしまったんじゃないかなと。
――母親はかなり落ち込んだのでは。
橋本 兄が家からいなくなって「死にたい」と言ってました。私は幼い頃から、母が兄のことばかり褒めているような印象を持っていて。兄と比較されることも多かったので、それにすごくコンプレックスを抱いていたんですけど。
兄がいなくなって、母が「死にたい」と言ったときに、「あ、お兄ちゃんがおらんかったら、お母さんは死ぬんや。私がおるのに」と悲しくなりました。昔から、母は私より兄のほうが好きなんだろうなあ、と思っていたけど、それが証明されてしまったというか。
「何でそんなに隠すの」母親の恋人がトイレやお風呂についてきて…
――兄がいなくなって、母親の交際相手から性的虐待を受けるようになった。
橋本 最初は、私がトイレに入ろうとすると、一緒に付いてくるようになって。家で用を足すときはトイレの鍵を閉めてなかったんですけど、私が入ろうとしたときにパッとドアを開けてくるんです。
ドアを閉めようとしたら「ねえ、開けてえやあ」「何でそんなに隠すの」「何でそんなに恥ずかしがるの」と言ってきて。私がお風呂に入ってるときも覗こうとしたり、入ってこようとしてきたり。
――徐々に「おかしいな」と思うように。
橋本 当時は小学5年生だったのもあって、彼の行動に性的な目的があるとは思わなかったんです。ただ、なんとなく気持ち悪いというか、「この人は何がしたいんだろう」と思っていました。
「お母さんには言いづらいこと」だとは感じていた
――母親にその違和感を報告したりは?
橋本 しませんでした。おじさんがトイレに入ろうとしてきたり、お風呂を覗こうとしてきたりする目的はわからなかったんですけど、「お母さんには言いづらいこと」だとは感じていたんですよね。
もしその段階で母に言えてたら、もっとひどい性的虐待を受けることはなかったかもしれません。だけど、子どもながらにそれを言ってはいけない気がして。
――母親を悲しませたくなかった?
橋本 それもあると思います。あとは、そういうことをされている自分が恥ずかしい、みたいな気持ちもありました。
でもそれから、おじさんの行動がどんどんエスカレートしていって。ある日、母がシャワーに入っているときに、コタツの中で物理的な性的虐待を受けたんです。
撮影=山元茂樹/文藝春秋
〈 「コタツの中で強引に足を広げられて、無理やり…」小5で“母親の彼氏”から“おぞましい性虐待”を受けた24歳女性が明かす、性被害のトラウマ 〉へ続く
(「文春オンライン」編集部)
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