監督のOKが出ずに20テイク…いしだあゆみが苦労した寅さんとの「大人の恋」
文春オンライン / 2025年1月22日 17時0分
いしだあゆみ/1948年、長崎県生まれ。歌手として「ブルー・ライト・ヨコハマ」が大ヒット。映画『青春の門』『火宅の人』、ドラマ『阿修羅のごとく』『金曜日の妻たちへ』など出演作多数。
〈 「わたし、とらちゃんの嫁ッコになる」という一言で動揺させ…榊原るみが明かした『男はつらいよ』秘話 〉から続く
渥美清演じる車寅次郎は、柴又帝釈天門前の団子屋の倅だが、旅に明け暮れる風来坊。直情径行で迷惑事ばかり起こすが、困った人を捨ておけない。この男の破天荒な生き方になぜ惹かれるのだろうか。「男はつらいよ」シリーズ第1作公開から55年。マドンナ10人が語り直す寅さんの魅力。
第29作『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』(1982年)
◆ ◆ ◆
柄本さんと「どうしてなんだろう」としょげて泣いていました(笑)
『寅次郎あじさいの恋』は大人の恋の話でしたでしょう? 寅さんが女性に猛アタックされるのも初めてだったし、マドンナなのにフラれてしまうのも珍しかったのではないかしら。42年という長い月日が経っても、ファンの方から名作の一本に推して頂いているのも嬉しい作品です。
オファーを頂いたきっかけは一度も聞かされてないのですが、その前年に出演した映画『駅 STATION』やドラマ『北の国から』を山田監督がご覧になられたのかもしれません。撮影前に一度、喫茶店で監督とお目にかかりましたが、私も人見知りですが、監督もシャイな方なので、2人とも緊張して、「いや、どうも」「あ、今回は」と全く話が弾まなくて。だけど、渥美さんと監督の作品に出ることは、とっても光栄なことなので出演を決めました。
撮影は京都で始まりました。私が演じる、かがりという女性は丹後は宮津で育ち、夫に先立たれた後に娘を実家へ預けて陶芸家の家で働く人。陶芸家役を先代の片岡仁左衛門先生、家のバアやを岡島艶子さん、先生の弟子を柄本明さんが演じています。サイレント映画時代のスターだった岡島さんの存在感、仁左衛門先生のダンディさは素晴らしかった。けれど私は全然ダメ、20テイク以上演じても監督のOKが出ない。私と同じで何回も演じ直す柄本さんと「どうしてなんだろう」と、セットの裏でしょげて泣いていました(笑)。
そのうち、OKが出ない原因は“演技が目立ち、自然さに欠ける”からではないかとは気が付いたんです。でも、カメラの前で何も演技をしないことほど難しいことはありません。丹後の港で寅さんを見送る場面で、ただ突っ立ってるわけにはいかないと足をすこし動かそうものなら、「動かないで!」と怒られまして。だからお昼の休憩の時は、悔しいやら情けないやらで控室でグッタリでした。見かねた渥美さんが「大丈夫かい?」と優しくフォローしてくださったり、監督も様子を見に来てくれたり。そんな私が一発でOKを出せたのが、洗濯物を干す場面です。家で普段やっているままに、衣類を物干しに引っ掛けたらワンテイクで合格。そのあたりからですね、自然にかがりを演じられるようになったのは。
演じながら「なんて湿っぽい女なの!」と
だけど、かがりは、素顔の私とは程遠い性格の女性なんです。好きな男(津嘉山正種)に棄てられても文句も言わず、寅さんにもジワリと迫るじゃないですか。寅さんとかがりが二人きりの場面。カメラは彼女の腰や脚を強調して撮り、寅さんはその艶めかしさにドギマギしている。かがりは足音を忍ばせ寝ている寅さんの枕元に立って……と、まるで猫みたいな女です。しかも葛飾柴又まで追いかけて来て、デートの約束を書いた手紙を、隣りに座った寅さんの太ももへスウッと滑り込ませる。自分自身とは正反対の女性像でしたから演じていて大変でした。
鎌倉でのデート。気後れした寅さんが甥っ子の満男君(吉岡秀隆)を連れてきたのを、一瞬不満げに見つめるでしょう? その後に「京都や丹後で会った寅さんと違う」なんて不満を口にする。演じながら「なんて湿っぽい女なの!」と思いましたもの(笑)。なかなか帰れず長っ尻に浜茶屋で3人がいるところ。吉岡君とは『北の国から』以来の共演でしたが、あの大人2人に挟まれて、いたたまれない感じが上手でしたね。
結局デートは失敗、かがりは品川で寅さんたちと別れて丹後に帰ってしまう。彼女を袖にした寅さんも落ち込んでますけど、可哀想なのは満男君。「伯父さんがプラモデル買ってくれた」と悲しそうにつぶやく場面に、大人の恋の終わりが集約されていますよね。
かがりという女性の勁(つよ)さ
東京駅で、とらやへ電話する場面は実際の駅構内で撮影しました。用件を言い終えて、パーッと新幹線へ駆け出した時の背中には、「これで、かがりとはお別れ!」という私自身の解放感が出ていますね。
「とても恥ずかしいことをしてしまいましたけど、寅さんならきっと許してくださると思います。風はどっちに向かって吹いていますか。丹後のほうには向いていませんか」
最後の私のナレーションには、苦しんで演じた素直な感情が出ていますが、かがりという女性の勁(つよ)さ、しぶとさが現れていると今にして気づきます。あじさいは湿っぽい梅雨時に美しい花を咲かせ、明るい夏に枯れてしまう。けれど、翌年の梅雨には再び花を咲かす。まさに、そんな女性を私は演じさせて頂いたのですね。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年1月2日・9日号)
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