志穂美悦子が明かした『男はつらいよ』秘話「俺流で演じる長渕剛と芝居が嚙み合わずバトル状態でした」
文春オンライン / 2025年1月24日 19時0分
志穂美悦子(しほみえつこ)1955年、岡山県生まれ。『女必殺拳』『柳生一族の陰謀』『大江戸捜査網』『噂の刑事トミーとマツ』など出演作多数。鬼無里まり名義でシャンソン歌手としても活動中。
〈 監督のOKが出ずに20テイク…いしだあゆみが苦労した寅さんとの「大人の恋」 〉から続く
渥美清演じる車寅次郎は、柴又帝釈天門前の団子屋の倅だが、旅に明け暮れる風来坊。直情径行で迷惑事ばかり起こすが、困った人を捨ておけない。この男の破天荒な生き方になぜ惹かれるのだろうか。「男はつらいよ」シリーズ第1作公開から55年。マドンナ10人が語り直す寅さんの魅力。
『男はつらいよ 幸福の青い鳥』(1986年)
◆ ◆ ◆
『男はつらいよ』のマドンナが女優としての目標だった
実は私、女優としての目標が『男はつらいよ』のマドンナを演じることだったんです! 日本を代表する女優さんが出演する国民的映画。私もそこに名を連ねたい……。そんな淡い期待を胸に秘めていました。
でも、自分こそ縁遠い存在だと分かってもいました。ジャパンアクションクラブ出身、東映の『女必殺拳』(1974〜75年)から『柳生一族の陰謀』(78年)、『里見八犬伝』(83年)と、アクションを演じてきました。『上海バンスキング』(84年)でジャズ歌手、つかこうへいさん脚本・原作の『二代目はクリスチャン』(85年)では清純なシスターなど、新しい役に挑戦もしましたが、やはり私はアクション女優。だから、『幸福(しあわせ)の青い鳥』への出演依頼は夢のようで、嬉しかったですね。
美保は私と同じタイプで、役作りでは困らなかった
私が演じるのは北九州・筑豊の旅役者の娘、大空小百合こと美保です。『寅次郎恋歌』(第8作、71年)に登場する坂東鶴八郎(吉田義夫)には娘がいるという設定は、この第37作まで生きていたんですね。その父を亡くし、芝居人気も下火になり、美保は旅館のコンパニオンをしています。寅さんと筑豊で再会する美保は引っ込み思案で積極的ではない女性です。意外かもしれませんが、私、脚本を読んで「あ、私と同じだ!」と驚きました。日々女優として、常に「これでいいのかな」と迷いがあり、カメラの前でずっとドキドキしているタイプでした。そういう素の部分を見抜かれたのか、『二代目は〜』でもシスターの今日子を煮え切らない性格に描かれていました。その延長上に美保がいる感じがして、役作りでは困らなかったですね。
寅さんとの再会場面、颯爽とバイクで現れてヘルメットを脱ぐところは、アクションを演じていた私のイメージに繋がりますが、それ以降はモジモジし続けてますね。でも第一声の「寅さん!」が自然に言えたのは山田監督とクルーの方々のアットホームな雰囲気のおかげです。それに私は岡山出身ですが、九州弁を使うのも気分が良かったです。筑豊の風土に安心するところがありました。
寅さんとは恋愛関係というより父娘のように描かれていますが、演じる渥美さんもとっても優しかった。私をリラックスさせようと、「小川軒のオムライスが好きなんだ」と仰ったはにかみ笑いが忘れられません。
撮影中、芝居が噛み合わず、長渕とはずっとバトル状態
駅での別れ際、寅さんが私に青い鳩笛を渡してくれる場面は、渥美さんがリードしてくださって安心して演じられました。上京したら、倍賞さんやとらやの皆さんにお世話になりっぱなしで。カメラが回ると自然に家族になる、とてもマジカルな現場を目の当たりにして、「これが松竹大船かあ!」と感激しましたね。
上京して戸惑いがちな美保が出会う青年、健吾を演じたのが長渕剛。上野あたりで酔っ払いに絡まれる美保を助けてくれる。皆さん、今の長渕を想像されますけど、当時は痩せぎすで線が細く、そのキックの頼りないことと言ったら(笑)。看板描きをしながら現代絵画に挑戦している健吾を熱演していましたが、この『幸福の青い鳥』が映画初出演、しかも『男はつらいよ』とあって、その力みようが尋常ではなかった。健吾の部屋に一晩泊めてもらう場面で、「独身男の家はこうだ」と、わざわざ布団に丸めたティッシュを散らしたり、彼流のリアルを演出してましたから。自然に美保を演じたい私としては、やりにくいったらありゃあしませんよ(笑)。撮影中、芝居が噛み合わず、長渕とはずっとバトル状態でした。
健吾がとらやに訪ねてくる場面は、渥美さんと、私、長渕が顔を揃える唯一のシーンでした。美保がいない店で、健吾は団子を頼んでビールを飲む。たっぷり時間をかけてビールを注ぐんです。長渕なりのツッパリなんでしょうけど、渥美さんはそれをじっと待ってから、おもむろに「幸せな男が団子とビールを食うかい」と声をかける。私が帰って来て、寅さんは2人の恋を知る――。カットを割らずに舞台劇みたいに展開する難しいシーンだと、今にして思いますが、当時は自然に撮影が終わった気がします。これは渥美さんと監督が、私や長渕が気付かないうちにリードしてくださったからなんでしょうね。
この作品をきっかけに、いろんな映画に出たかったんですが、運命のイタズラか長渕に捕まって(笑)。でも、独身最後の映画になったことは全く後悔していません。本作は、結婚、出産、子育てという幸福を運んでくれた〈青い鳥〉だったんだと、今は思っています。
〈 「ヤンキーなんですか?」秋吉久美子が“一夜の縁”を結んだ寅さんから投げかけられた一言 〉へ続く
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年1月2日・9日号)
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