1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

「ヤンキーなんですか?」秋吉久美子が“一夜の縁”を結んだ寅さんから投げかけられた一言

文春オンライン / 2025年1月24日 19時0分

「ヤンキーなんですか?」秋吉久美子が“一夜の縁”を結んだ寅さんから投げかけられた一言

秋吉久美子(あきよしくみこ)1954年、静岡県生まれ。72年に映画デビュー。96年、日本アカデミー賞優秀主演女優賞受賞(『深い河』)。映画『バージンブルース』『異人たちとの夏』など出演作多数。

〈 志穂美悦子が明かした『男はつらいよ』秘話「俺流で演じる長渕剛と芝居が嚙み合わずバトル状態でした」 〉から続く

 渥美清演じる車寅次郎は、柴又帝釈天門前の団子屋の倅だが、旅に明け暮れる風来坊。直情径行で迷惑事ばかり起こすが、困った人を捨ておけない。この男の破天荒な生き方になぜ惹かれるのだろうか。「男はつらいよ」シリーズ第1作公開から55年。マドンナ10人が語り直す寅さんの魅力。

『男はつらいよ 寅次郎物語』(1987年)

◆ ◆ ◆

良くも悪くも「マドンナを演じるんだ!」という気負いはなかった

『男はつらいよ』に出たとき私は30代前半でした。実はそれまでに出演オファーを二度いただきながら実現せず、三度目の正直としてお引き受けしたのが『寅次郎物語』の隆子役でした。

 隆子は独身で、自ら軽自動車のハンドルを握って各地を転々とする化粧品のセールス・レディ。いわば女版・寅さんのようなキャラクターです。マドンナとしては異色ですが、私自身、政治に熱狂する上の世代を醒めた目で見て育ったいわゆる“シラケ世代”の人間ですから、彼女のふわふわした根無し草的な生き方に共感するところがありました。

 マドンナ像にかぎらず『寅次郎物語』は異色づくしの作品で、寅さんが急逝した旧友の息子を連れ、その子の生き別れの母親を探して旅するロードムービー風の映画に仕上がっています。ふたりが奈良県・吉野の旅館に逗留中、たまたま同じ宿に居合わせた女性というのが隆子の役どころ。ある晩、発熱した男の子の看病に隆子も協力することになり、根無し草である3人が疑似家族として夢のような楽しい一夜を過ごします。そのとき隆子は自分が求めていたのは家庭のぬくもりだと気づきますが、翌日には寅さんと別れて違う目的地へ向かっていく。一夜の夢が終わったことを悟り、自分の意志で日常へ戻っていくんです。私はそんな隆子を、アメリカン・ニューシネマのヒロインのような、リアルで新しい女性だと解釈したんですね。自分はその役割に徹すればいい。良くも悪くも「マドンナを演じるんだ!」という気負いはなかったように思います。

 とはいえ『男はつらいよ』のマドンナを演じるからには、山田洋次監督が築いてきた世界観を壊してはいけません。現場では、監督の演出はすべて飲み込もうと決めていました。監督の演出は、ものすごく細かいんですよ。場面ごとに隆子の心情を説明してくださるのはもちろんのこと、お酒を飲むシーンひとつにしても「この指とこの指でグラスを持つように」と指導が入ります。そんな一つひとつの演出に対して、私は「はい、わかりました」と言われたとおりにしました。

最後の最後に用意された、隆子にとっての救い

 監督としては、私のことをわけのわからない時代に出てきた、わけのわからない女優だと思って警戒していたでしょうから、肩透かしを食らった気分になったかもしれません。「おや? 秋吉は意外と何も言ってこないぞ。逆にやりづらいな」と。当時の私は世間的には生意気だとか、とっぽいイメージがあったようですが、自分では真面目で、素朴な人間だと思っているんです。わかりやすく言うと、画家の山下清さんのような。渥美清さんにも最初は「秋吉さんはヤンキーなんですか?」と聞かれて驚きましたが、撮影をご一緒するうちに「トンボを追いかける少年のような人ですね」と言われるようになりました。私の中に息づく山下清的なものに気づいてくださったのかもしれません(笑)。

 渥美さんをはじめ、松村達雄さんや笹野高史さんら共演者の方々、撮影の高羽哲夫さんらスタッフの方々とご一緒できたのもすばらしい経験になりました。物語の終盤、隆子がとらやに寅さんを訪ねるシーンの撮影では、倍賞千恵子さんや前田吟さんに囲まれて「さくらだ!」「博がいる!」と大興奮。寅さんは不在で再会は叶わなかったけれど、隆子と寅さんは「一夜の縁」なので仕方がないですね。

 それにしても、最後にとらやで寅さんに再会するわけでもなく、結婚や婚約などのめでたい報告をするわけでもないマドンナって隆子のほかにいないんじゃないでしょうか。そうしたニューシネマ的な要素はラストまでブレない一方、『男はつらいよ』ならではのウェットな部分は生き別れの母子が再会することで補完される。それでいて、最後の最後に隆子にとっての救いも用意してくれているんです。甥の満男に「人間は何のために生きてんのかな?」と訊ねられた寅さんが、「生まれてきてよかったなって思うことが何べんかあるじゃない、そのために人間生きてんじゃねえのか」と答える台詞。あの言葉は、疑似家族として幸せな一夜を過ごし、それぞれ別の場所に向かう3人への餞(はなむけ)でもあります。あらゆる要素をジグソーパズルのようにはめ込み、『男はつらいよ』という国民的映画にまとめ上げる監督の技量に感服しました。その後、ふたたび監督とご一緒する機会に恵まれていないのは、私と監督も「一夜の縁」だったからなのかなあ、なんて思っているんです。

(岸良 ゆか/週刊文春 2025年1月2日・9日号)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください