各地でマドンナに出会い…寅さんの稼業、「テキヤ」とはなんだったのか
文春オンライン / 2025年1月31日 16時0分
廣末登(ひろすえのぼる)1970年、福岡県生まれ。社会学者。専門は犯罪社会学。龍谷大学矯正・保護総合センター嘱託研究員、保護司。著書に『テキヤの掟』、『闇バイト』など。
〈 寅次郎は今どこに? 妹・さくらは「ローマの町をほっつき歩いているかも」 〉から続く
寅さんがマドンナと出会えたのは、稼業がテキヤだったがゆえ。テキヤ経験のある研究者、廣末登氏がその稼業の虚実を語る。
◆ ◆ ◆
テキヤとヤクザは稼業が違う
寅さんは、テキヤで一本の稼業人(親分を持たない旅人(たびにん))である。全国を旅し、「遅ればせの仁義、失礼さんでござんす。私、生まれも育ちも関東、葛飾柴又です。渡世上故あって、親、一家持ちません。姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」などと、土地の同業者にアイツキ(つきあいの転倒語)し、祭りの一角にコロビ(地面にゴザなどを敷き、商品を並べて売る)の商売を許されている。アイツキと返答ができてはじめて一人前とみなされる。粗相があれば、ゴロ(喧嘩)になりかねない、緊張の場面でもあった。
しばしば混同されるが、テキヤとヤクザは稼業が違う。暴力団は博徒で縄張り争いをするが、テキヤは商売人。庭(ニワ)場(バ)を巡り抗争などすれば商売ができなくなる。
祭り当日。寅さんのタンカバイ(啖呵売。バイは商売)は、見せ場のひとつだ。
「色即是空、空即是色。ひとは全部、死ねば骸骨になる。たとえばこのキレイなお嬢さん。このお嬢さんだって死ねばこの骸骨のようになってしまう。それを承知で世間の馬鹿な男どもはこの娘さんに惚れるんだよ。告白しますとね、私も今まで数々の色の道では苦しんでまいりました。いやお兄さん笑っているけどもね、あ、あなたは近々結婚したいという女性がいるでしょう? いや、います。(略)当たるもはっけ、当たらぬもはっけというじゃないか。ちょっと手に取ってみて」
と、売るのは易断本(暦)。ほかに古本、スカーフ、瀬戸物、鞄、ぬいぐるみと多種多様。巧みな口上でありきたりな品物を売っていくのだ。
もっとも、寅さんのように旅するテキヤは現実には多くない。テキヤといえば、祭りでお馴染みのたこ焼きや焼き鳥の屋台(サンズン。三尺三寸のサイズの組み立て売台)を想像するだろう。
社会から排除された人々を受け入れる懐の深さ
筆者は40代の頃にテキヤ稼業を経験した。年末年始のバイ、十(とお)日(か)恵(え)比(び)須(す)神社(福岡市博多区)の十日恵比須祭りなどでタンカバイを満喫したが、傍から見るほど楽なものではない。肉体的には過酷だ。祭りの数日前から小屋組みを行う。年末の寒風吹き荒ぶなかでは、手がかじかんで動かず、紐は口で結える。当日は、十数時間立ちっ放しで、イカを焼き、焼きそばを作り続けた。食品を扱う際は、食中毒を防止するため、細心の注意が求められる。祭りの後は、深夜まで片付け清掃。場所を貸してくださった神社への礼儀を欠いては、テキヤ稼業は続かない。
テキヤの世界は、事情を抱えた人、なかには前科者など様々な人々が集まり、共同生活をしながら、商売をしていた。そこには、社会から排除された人々を受け入れる懐の深さがあった。現代社会において、こうしたある種の「セーフティネット」の必要性はますます高まっているように思う。
たとえば、闇バイトに手を染めてしまった若者をどう更生させるか。全国の少年院での調査で、家庭で虐待を受けた経験がある子どもは約6割に及ぶ。親との関係が悪く、悩みを相談することもできない。両親が離婚もしくは死別している子は5割を超える。闇バイトで逮捕された子は居場所がない。銀行口座も作れないので、社会復帰からして難しい。彼らが更生するための家庭すらないのだ。
テキヤは厳しい。独特の文化があり、符丁も多く、丁寧に仕事を教えてもらえるとは限らない。だが、規範意識、礼儀作法を学び、社会復帰への第一歩を踏み出せると、私は考えている。
映画はテキヤの世界を多分に理想化している。だが、その根底には社会から疎外された人々への温かい眼差しがある。テキヤの寅さんは、人間と社会のあり方を問いかけているのだ。
〈 寅さんの恋の行方は…? 「高嶺の花」から「膝枕」まで、マドンナ像の“驚くべき変化” 〉へ続く
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年1月2日・9日号)
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