京王線“ナゾの終着駅”「調布」には何がある?
文春オンライン / 2025年1月20日 6時10分
いささか地味な印象を抱かれているきらいがあるが、個人的には京王線というのはなかなかスゴい通勤通学路線ではないかと思っている。
というのも、京王線の特急は新宿駅から1時間に6本。さらに各駅停車が6本、相模原線直通の特急も3本。そこに笹塚駅からは新線新宿・都営新宿線方面から直通してくる快速橋本行き・区間快速京王多摩センター行きが3本ずつ加わる。
つまり、笹塚~調布間には、1時間に都合21本もの電車が走っているというわけだ。それもラッシュアワーの話ではなく、真っ昼間だからスゴい。複々線でもなく、上下それぞれ1本ずつ、計2本の線路にこれだけの電車がひっきりなし。京王線は、他ではなかなか見ることのできない、とてつもない通勤路線なのである。
そんな京王線にあって最大の要衝といえば、調布駅である。八王子・高尾方面に向かう京王線と、多摩センター・橋本方面に向かう相模原線が分かれるターミナル。1日のお脚は実に11万5507人に及ぶ(2023年度の乗降人員)。京王電鉄全線では、新宿・渋谷・吉祥寺に次ぐ、第四の駅だ。
上位3駅がいずれも他路線と接続するターミナルだから、中間の京王単独駅では調布がいちばん、ということになる。
そうなれば、調布駅とはいったいどんな駅なのか、気になるではなかろうか。
京王線“ナゾの終着駅”「調布」には何がある?
調布駅は、地下にホームを持つ駅だ。もちろんもともとは地上にあって、2012年に地下に潜った。いわゆる連続立体交差事業である。ホームは上層・下層に分かれる二層構造。地下の中にあるからなかなかわかりにくいが、かなり規模の大きな駅といっていい。
そんな地下のホームから階段を登って登って改札を潜り、さらに登って地上に出る。もちろん地上はかつて線路が通っていて駅があった場所。それがまるごと地下になったのだから、地上は実に広々としている。中央部に大きな広場があって、東と西には「トリエ京王調布」という京王系列の駅ビルが建つ。
駅ビルはA館・B館・C館とあって、A館にはレストランやスーパー、B館はビックカメラ、C館には映画館が入っている。至れり尽くせりの駅ビルだ。さらに、南北それぞれにあるバス乗り場の向こう側にも商業ビルが並んでいる。いちばん目に留まるのは、北側のバス乗り場の向こうのパルコだ。パルコの奥にも西友とドン・キホーテ。
南側も負けてはいない。グリーンホールという文化施設があって、その裏には調布市役所が建つ。
まっすぐ伸びる目抜き通り沿いには金融機関から東急ストアまでが勢ぞろい。もちろんそれらの合間合間にはおなじみのチェーン店も軒を連ねる。ドトールコーヒーを愛用する筆者にとっても、南北どちらにもドトールがあるのだから、これほど助かる町はない。
メインストリートっぽい旧甲州街道沿いを進む。あれは…
と、まあとにかく活気に満ちた調布の町。駅の周りはどこもかしこも賑やかだから、どこが中心なのか、かえってわかりにくくなっている。それでも調布の中心地を定めるとするならば、駅北側のパルコの先、旧甲州街道なのだろう。
旧甲州街道沿いは、わかりやすいくらいの商店街だ。それほど幅広の道でもないのにクルマ通りが絶えないのは、まさに調布のメインストリート。駅方面と旧甲州街道を結ぶ路地も小さな商店街になっていて、中には歓楽の要素が強い路地まであった。だいたいどの都市も、古くからの中心地は旧街道沿いにあるものなのだ。
旧甲州街道から北に抜けると、現在の甲州街道(国道20号)がある。旧道からは天神通りという商店街がまた甲州街道へと続く。
天神通りから甲州街道を渡った向こうには、その名の通り天神さま。布多天神社というお社が、参詣客を待ち構えている。布多天神社の隣には電気通信大学だ。つまり、調布の町はただのベッドタウンなどではなく、天神さまの門前町、そして電通大の学生街という側面も持ち合わせているのである。
宿場町だった「調布」を揺さぶった中央線の開通
調布は、甲州街道とともに発展してきた町だ。江戸時代、甲州街道におけるこの一帯の宿場は、国領・下布田・上布田・下石原・上石原の5宿をまとめて「布田五宿」と呼ばれていた。
現在の京王線国領駅付近から飛田給駅付近にかけて、長~く宿場町が形成されていたというわけだ。調布駅近くの旧甲州街道は、上布田宿・下石原宿あたりに該当する。
ただ、布田五宿は江戸からそれほど離れていなかったこともあり、規模はそれほどでもなかったらしい。さらに、街道筋から少し離れれば不毛の地。武蔵野台地は水を容易に得ることができず、稲作には不向きだったのだ。まだ京王線が通っていなかった明治初期、いまの調布一帯には桑畑が広がっていた。
さらに、明治半ばには現在の中央線が開通する。中央線は新宿から一直線に西を目指したので、甲州街道沿いからは離れたところを通った。そのため、調布の町も一時は廃れてしまったという。ようやく都市としての形が整うようになるのは、大正時代に入って甲州街道沿いに現在の京王線が通ってからのことだ。
戦後になると、人口の急増も手伝って急速に郊外の住宅地として発展してゆく。戦争を挟んだ10年間で人口は倍増。1955年には深大寺門前町の神代町と合併し、調布市が誕生する。1975年には人口が10万人を突破、2000年には20万人を上回り、いまではすっかり東京を代表する住宅都市になった。
それもこれも、甲州街道という町の原型があったところに京王線が通り、調布駅が開業したからだ。調布駅は、調布の町の発展の核といっていい。
実は、開業した当初の調布駅はいまよりもほんの少しだけ西にあった。ビックカメラが入っている駅ビルのB館、その北側に「調布銀座」という細い路地商店街がある。
いまの様相から見るにつけ、駅前の一等地とは言い難い。だが、かつてはこの調布銀座の正面に駅の出入口があったという。古き調布の名残の商店街なのである。
「調布」は“東の宝塚”だった
ところで、そんな調布を歩いていると、そこかしこで「映画のまち」なる文字を見かける。調布駅の駅名板も、映画のフィルムをイメージしたデザインになっていた。いったい、どういうことなのか。
現在の京王電鉄、かつての京王電軌は、1913年に調布駅を開業した。それから3年後、調布駅から多摩川の河川敷近くまでの支線を開業させている。現在の京王相模原線の原点である。
いまでこそ、京王相模原線は多摩ニュータウンに通じる通勤路線だ。だが、大正時代に開業した当時は、通勤路線というよりは多摩川の砂利を運ぶ産業路線、そして多摩川のほとりに築いたレジャー施設への輸送を担う行楽路線としての性質が強かった。
京王は、支線終点の多摩川原駅(現在の京王多摩川駅)前に大浴場や大食堂、遊園地などを集めたレジャー施設「京王閣」をオープンさせる。ちょうど関西では阪急の宝塚が私鉄沿線のレジャーランドとして名を馳せつつあったご時世。その向こうを張った京王閣は、言うなれば“東の宝塚”であった。
「調布」は“ただの住宅街”ではない
そして、昭和の初めには多摩川原駅の近くにもうひとつの施設がオープンする。京王が土地を提供して誘致した、日本映画の撮影所だ。
自然が豊かでロケーション場所にことかかず、フィルムの現像に必要な水に恵まれていたことで、撮影所の建設地になったという。日本映画はほどなく倒産し、撮影所は日活が承継。近くの京王閣では、日活の所属俳優によるショーも行われていた。
戦後は大映の撮影所になるが、日活は日活で新たに調布市内の多摩川沿いに撮影所を建設。日本映画の黄金時代と言われる昭和30年代には、大映と日活に加えてもうひとつ独立系の撮影所も生まれ、さながら“東洋のハリウッド”と言われるほどの映画町になった。これが、「映画のまち」の理由である。
いまでも大映の撮影所は角川大映スタジオとして、日活は日活調布撮影所として続いている。だから、調布はいまもって現役バリバリの映画町というわけだ。
そして、もうひとつ多摩川沿いを彩った京王閣は、戦時中に軍部に接収されて戦後は連合軍。その後、競輪場となっていまも続く。映画と京王閣が、調布にただの住宅都市とは違った一面を与えてきたのである。
地下に潜った調布駅とその前後の線路の跡は、京王線も相模原線も遊歩道になっている。京王多摩川方面から相模原線の地上線跡を歩く。その途中には、ちっちゃなガメラの像があった。
ガメラといったら大映が1965年に世に送り出した日本映画を代表する怪獣だ。日比谷のゴジラ(あちらは東宝です)ほどデカくはなくて、というかだいぶちっちゃいのがちと残念なキモするが、これも映画のまちならではといったところか。
駅のホームで聞こえてきた“あのメロディ”
そして、調布の町中で、もうひとつ気になるものがあった。駅前から布多天神社に向かう天神通りの商店街。そこには、『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターがところどころに飾られていた。なんでも、ゲゲゲの妖怪たちは布多天神社の裏の林で暮らしている、という設定らしい。作者の水木しげるも調布に暮らしていた。
自然豊かな郊外から、住宅都市へと変貌した調布の町。そういう歴史を抱えているからこそ、映画のまちであり、鬼太郎の暮らす町であり、あらゆる商業施設が集まる駅前風景であり、そういうものが形作られたのだろう。
調布駅のホームに戻り、電車を待っていると聞こえてきたのはいきものがかりの『ありがとう』。締めくくりは、ゲゲゲのメロディであった。
写真=鼠入昌史
(鼠入 昌史)
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