乃木坂46時代は“MVクイーン”だったが…「プレッシャーを感じやすいんです」西野七瀬が新作映画で見せた俳優としての『THE FIRST TAKE』
文春オンライン / 2025年1月18日 17時0分
西野七瀬さん演じる柏原美紀 『君の忘れ方』公式Xより
西野七瀬は、こんなに素晴らしい演技ができる役者だったのか。1月17日から公開の坂東龍汰主演映画『君の忘れ方』を試写で鑑賞した時、長編2作目となる34歳の作道雄監督と、若い俳優たちの清新な相互作用に心を打たれたのをよく覚えている。
中でも、監督から長い手紙を送られてヒロイン役を受けた西野七瀬は、同じく監督からオファーされた主演の坂東龍汰が「ヒロインが西野七瀬さんならいいなと思っていたら、本当に実現して嬉しかった」と語る通り、映画の中で映像と声、まったくちがう2種類の素晴らしい演技を見せていた。
よくある「悲恋映画」ではない?
タイトルと予告から持っていた「この映画は邦画の定番である死別悲恋映画なのだろう」という先入観は映画の冒頭から裏切られる。西野七瀬演じるヒロイン柏原美紀は、ほとんどスクリーンの中で言葉を発さないまま序盤でこの世を去ってしまう。ではこれは、愛する人を失った遺族のグリーフケア(悲しみの治療)をテーマにした映画なのか。確かに原案となったのは一条真也による『愛する人を亡くした人へ』という書籍だが、物語はグリーフケアの共同体に触れつつ、そこにもなじみ切れない主人公の違和感を描いていく。
美しい映像と音楽で映画を埋め尽くし、自分の才気を証明したいという新進気鋭の若手監督によくある気負いとは正反対に、映画序盤の作道雄監督は愛する人を失った日常の耐え難い凡庸さ、生きるに値しないと思えるような醜悪な退屈さを淡々と描いていく。
『光を追いかけて』『ALIVEHOON アライブフーン』などの脚本作品で、作道雄監督のひと筋縄ではいかないストーリーテリングの才能を良く知っていた筆者でも、涙のラブストーリー、あるいは社会派といった、日本の商業映画で成功するための「型」を次々とすりぬけていくような序盤の展開に、中盤までは映画の着地点すらつかめず、試写室の客席で行き先のわからない飛行機に乗ったような不安を覚えたものだ。
だが映画は、坂東龍汰演じる主人公が失意の中で帰った故郷の街で出会う、一人の奇妙な男をきっかけに思わぬ展開を見せる。その男には死んだ妻の姿が今も見えているというのだ。
未見の観客に対してこの映画を説明することはとても難しい。前述したように物語のストーリーが邦画の型にはまっていないこともあるが、映画の演出、シーンとシーンの接続によって「遺族にしか見えないもうひとつの世界」を表現する映画の構造が類を見ないほど優れているからだ。
しいて言えば、その「死者との距離」の描き方は、山田太一が原作を書き、大林宣彦監督によって映画化された不朽の名作『異人たちとの夏』を思わせるところがある。当時の主演である風間杜夫をカウンセラー役として出演させているのは、オマージュの意味もあるのだろう。だが、『君の忘れ方』の構造は死者との幽霊譚、怪異譚ともまた違うのだ。遺族にだけ見える死者は存在するのか、それとも幻影なのか。その主観・客観の在り方そのものを問いかけるように、映画は中盤以降そのテーマを深めていく。
言葉を発さず伝える西野七瀬の表現力
驚かされたのは、こうした映画の構造がCGやAIといった新しい映像テクノロジーによってもたらされたのではなく、繊細で丁寧な脚本とカット割りの演出、そして俳優の演技という半世紀前から変わらないヒューマンスキルによって達成されていることである。それはいわば接着剤を使わず、繊細な手技とバランス感覚のみを頼りに、トランプのカードで高い塔を組み上げるような繊細な作業だ。
映画全編を通じ、愛する人の喪失と虚無に揺れる主人公を演じた坂東龍汰の演技が素晴らしいのは言うまでもない(彼自身が実母と幼い頃に死別した経験があるということを鑑賞の後で知った)。南果歩、岡田義徳、津田寛治といった俳優たちもその実力で映画のリアリティを見事に支えている。だが、なんといってもこの映画を見終えた観客の心に残るのは、中盤以降に再登場する柏原美紀を演じる西野七瀬の鮮烈な表現力ではないだろうか。
詳細を書くことは控えるが、序盤でこの世を去り、中盤以降に再び主人公の前に現れる美紀は言葉を発さない。何よりも愛する人を求める主人公のすぐそばに立つようで、それでいて決して手の届かない美紀は、この世のものでないような美しさでスクリーンに映る。序盤であえて描かれた「愛する人を失った現実の日常の耐え難い醜さ」は、中盤以降に登場する美紀の「彼岸の美しさ」と鮮明に対比されるためにあったことがわかる。
だが西野七瀬による「彼岸の美紀」の表現が素晴らしいのは、国民的アイドルグループの中でも最も人気のある1人だった彼女の美しさだけが理由ではない。
乃木坂46時代「MVクイーン」だった理由
日本のアイドル史で絶頂を極めたと言ってもいい動員数を誇る乃木坂46に在籍し、最も多くセンターをつとめた西野七瀬は、グループのミュージックビデオにおいても「MVクイーン」だった。柳沢翔監督が演出し、アイドルMVの歴史に残る傑作と名高い『サヨナラの意味』をはじめ、多くの監督が西野七瀬を中心にMVを撮影してきた。
西野七瀬が在籍した時代の同グループには、「女性がなりたい顔」ランキングの常連である白石麻衣、ドイツ生まれで才能に恵まれた生田絵梨花ら綺羅星のごとくスターがいいた。その中で、西野七瀬は、必ずしも美貌や歌唱力でナンバーワンだったわけではない。それでも多くの監督が魅入られるように西野七瀬を中心におかずにはいられなかったのは、彼女のたたずまいや眼差しに物語を喚起する謎めいた魅力があったからだ。
内向的で声も大きくない彼女が、ステージやカメラの前である瞬間、スポーツ選手が「ゾーンに入る」と呼ぶような、自意識を振り切った輝きの表現を見せる。その2つの顔の落差が西野七瀬の魅力でもあった。
アイドルたちのグループ卒業後の進路はさまざまだが、西野七瀬が女優として演技の方向に進んだのは、そうしたMVでの輝きを知る多くのファンが納得するところだったろう。多くの人気作品、人気ドラマに出演し、在日コリアンの姉役を演じた『孤狼の血 LEVEL2』の演技で第45回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞・新人俳優賞を受賞するなど、その活動は順調と言っていい。
『あな番』ではバッシングを受けたことも…
だが、本人が「プレッシャーを感じやすいんです」(『ウーマンタイプ』インタビューより)と語るように、俳優としての活動に苦労がなかったわけではない。「元アイドルだから演技は下手だろう」という視線は常にSNSの評判につきまとうし、秋元康が原案企画した『あなたの番です』のテレビシリーズ最終回では、そのいささか強引な結末の身代わりになるように犯人役・黒島を演じた西野七瀬がネットでバッシングを受けたこともあった。
役者としての西野七瀬は、真面目すぎるところが長所でもあり短所にもなっているように思えた。大物俳優に囲まれた現場では「迷惑をかけないようにがんばらなくては」という緊張と必死さが顔に出てしまう、真面目さが表現を固くしていると感じることがあった。
だが『君の忘れ方』で見せた、この世のものではないヒロインの輝きを演じる西野七瀬は、映画を完全に把握し自分のものにした、「ゾーンに入った」時の彼女を見せていた。これまでの出演作で最も西野七瀬が輝いていたのは『恋は光』での幼馴染役だったと思うが、今作『君の忘れ方』はもうひとつの西野七瀬の魅力、裏の代表作と呼んでいい傑作かもしれない。
もちろんそこには作道雄監督の徹底的に計算された演出がある。美しい音楽がある時に息をのむように止まる静寂、決定的な場面でヒロイン美紀の「首から下」だけを映すというカメラワークが意味する不吉な隠喩、そうした映画の魔法がヒロインを輝かせたのも事実だ。
だが、魔法を使ったのは監督だけではない。今作のインタビューで西野七瀬は「あえて監督にも相談せず、美紀を演じる時は瞬きをしないことをこころがけた」という意味のコメントをしている。それは監督たちに乃木坂のミューズとして撮影されたアイドル時代のMVにはなかった、主体的な俳優としての西野七瀬が見せたクリエイティビティ、演技の魔法である。そしてその魔法は、間違いなくこの繊細な映画を支えている。
「THE FIRST TAKE」のような1分の長台詞
もうひとつ、観客としてこの映画を見ながら息を飲んだシーンがある。それはクライマックスで、それまで映画の中で言葉を発さなかった美紀のモノローグが流れるシーンだ。それまで映像としての美紀を演じてきた西野七瀬は、映画の最も重要な場面でそれまでとはまったく違う「声の演技」に挑んでいる。1分近くにも及ぶその長台詞が流れる間、作道雄監督はあえてセンチメンタルな音楽を流すことをしていない。
「プレッシャーを感じやすい」西野七瀬が、劇伴音楽の力すら借りずにこの長台詞を演じ切ることができるのか、と思わず観客として固唾を飲んだ。それは「美紀は西野さんしかいない」という手紙を書いてオファーした作道監督が、高く積み上げた壊れやすい塔の最後のパーツに、西野七瀬の声、生きた演技力に映画のすべてをゆだねるような演出だった。
試写を見終えたあと、ロビーで挨拶をしていた作道雄監督に思わずあれこれと映画について聞かずにはいられなかったのを覚えている。音楽の演出は作道監督が自ら編集したのか、坂本美雨の素晴らしいエンディングテーマはどのような経緯で、などの質問の後、「あの西野七瀬の長台詞は、いったい何テイク録ったんですか」と質問したのは、その1分にわたる西野七瀬のモノローグがあまりに素晴らしかったからだ。映画の中で映像として現れた美紀の冷たい美しさとは対照的に、生きている人間の温かさ、そして限りある命の悲しみが伝わるような演技だった。「テイクは2つのみ、その最初のテイクが映画に使われています」というのが作道雄監督の答えだったと記憶している。
歌手の世界に「THE FIRST TAKE」という企画がある。歌唱力に自信のある歌手が挑戦する、一発撮りの歌唱力をみせる企画だ。伴奏音楽もなしに1分間の長台詞を演じきった西野七瀬の演技は、いわば俳優としての「THE FIRST TAKE」と言っていいだろう。それは単に鮮烈なイメージを残すミューズとしてだけではなく、人間的なことすべてを演じる俳優としての西野七瀬の成長、未来を感じさせる演技だった。
「音声の収録が終わった時、西野さんは一筋の涙を流していました」ということも作道雄監督は答えてくれた。カメラの前で何秒で泣けるか、というのはしばしば女優としての能力として語られることがあるが、音声だけの収録で、その涙は演技として流す必要のない涙であるはずだった。だが、カメラのない場所で静かに流れた西野七瀬の涙は、声の演技の中にこめた感情があふれたひとしずくだったのかもしれない。この世のものとは思えない冷たい美しさの映像表現と、生きて成長し変化する人間の温かい声。2つの表現力を手にした西野七瀬の演技は、新しい監督によって撮影された新しい映画を祝福しているように思えた。
(CDB)
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