なぜ「東京暮らし」「裕福な家庭」の子しかバレエを続けないのか? 日本人が知らない「プロバレリーナ」の“驚きのお金事情”「政府の助成金が下りても赤字」
文春オンライン / 2025年2月1日 11時0分
老舗バレエ団「谷桃子バレエ団」の芸術監督が語る「バレエで生きること」の厳しさとは―― ©細田忠/文藝春秋
1949年に設立された老舗バレエ団「谷桃子バレエ団」は、団員たちの苦しい金銭事情まで赤裸々に明かすYouTubeチャンネルがバズり、いまや公演のチケットが完売する人気となっている。ただ、公式チャンネルの“ぶっちゃけ路線”への方針転換にあたっては、内部でも葛藤があったようだ。新刊『 崖っぷちの老舗バレエ団に密着取材したらヤバかった 』(渡邊永人/新潮社)でも注目を集める、バレエ団の芸術監督を務める高部尚子さんに舞台裏を聞いた。(全2回の1回目/ 後編を読む )
◆◆◆
ほとんどのバレリーナが「バイト生活」
――谷桃子バレエ団のYouTube動画は、どれも衝撃的な内容でした。谷桃子バレエ団の団員に限らず、プロのバレリーナでもステージ一本で食べていける方はほんの一握りで、ほとんどがバイト生活なんですね……。
高部尚子(以下、高部) ヨーロッパでは、バレエ鑑賞は当たり前の娯楽として存在していて、そのぶんプロのダンサーもバレエ団から十分なお給料をいただいています。一方、日本で安定したお給料を団員の方々に支払えるバレエ団となると、トップの3組くらいではないでしょうか。
――厳しい現状ですね……。やっぱり人気のバイトとなると、バレエ教室の講師ですか?
高部 そうですね。せっかくならバレエに関わる仕事ができるのが一番ですし、誰かに教えることは自分の学びにもつながりますから。とはいえ、マクドナルドの店員さんなど、バレエと全く関係のないバイトをしている若い方もたくさんいます。スケジュールの調整が効いて、ケガをする危険性が低くて……と、いろいろ注意しながらバイト先を選んでいるようです。
――「バレエはお金がかかる」とよく聞きますが、具体的に何にお金がかかるのでしょうか?
高部 女性ですとトゥシューズですね。値段が1万円くらいしますが、完全に消耗品なので、1か月に何度も買い替えないといけません。
――バレエの世界は、たとえプロのダンサーになったとしても実家が裕福じゃないと活動を続けにくい現状があるのでしょうか?
高部 残念ながらそうですね……。ご実家が東京にあればまた違うのでしょうが、地方から上京して一人暮らしとなると、どうしても生活が大変です。金銭的な事情でバレリーナの道を泣く泣く諦めることになった団員はこれまで大勢いました。「家族が病気になったので、自分が家庭を支えないといけなくなった」など、ご家族の事情が多かったですね。
1公演にかかる費用は3000万~4000万円
――バレリーナ個人だけでなく、バレエ団側もカツカツだと聞きました。公演にお金がかかるのでしょうか?
高部 ひとつの公演をやるのに、劇場のレンタル代、オーケストラ代、装置代、スタッフの人件費など全部で大体3000~4000万円が必要です。なので、政府の助成金が下りるかどうかは死活問題ですが、助成金が下りたからといって、公演は基本的に赤字です。ただ、現在ありがたいことに赤字が減ってきました。ひとつの公演のステージ数を増やして、そのぶんチケットを売ることができれば収益も増えるので、団員たちに少しずつ還元していければと考えています。
――公式YouTubeチャンネルでは、こういったバレエ業界の金銭事情にも踏み込んでいます。動画の方向性が変わると聞いたとき、どのように感じましたか? 担当ディレクターの渡邊永人さん(株式会社Sync Creative Management所属)は、有名キャバクラ嬢に密着するなど、ひとつの業界の舞台裏を赤裸々に明かすような企画で実績のある会社に所属する方です。
高部 初めに「団員の自宅で撮影することもあります」などと聞かされて、やはり少し躊躇はしました。でも稽古場での練習風景だけを公開していても知名度は上がらないというのは実感していたので、「大きくやり方を変えなければいけない時期なんだ」と覚悟を決めました。
――本格的にヒヤヒヤするようになったのは、いつ頃だったのでしょうか?
高部 10万人くらいの方々が動画を視聴してくださるようになり、ありがたいと感じると同時に、「この発言をそう受け止めてしまったのか」という予想外の反応が来て戸惑うこともありました。あとは動画のサムネイル画像もなんだか大げさに感じられて……。ただ、最初に覚悟を決めた以上、基本的には「ディレクターの渡邊さんにお任せします」というスタンスでいました。
――では高部さんのほうで企画にストップをかけたことは一度もない?
YouTube制作者との「すれ違い」が起きたことも…
高部 私が泣いた動画があったでしょう? 渡邊さんに「団費が欲しいから団員を入れるのか」と質問されて、あまりの悔しさにプッチーンときて涙が出てしまったのですが、あの動画だけは「公開しないでください」と頼みました。そこからせっかくの機会なので、サムネイルなど前から引っかかっていたこともお伝えして、お互いお腹を割って話をさせていただきました。
でも渡邊さんに「高部さんが思うようなきれいな動画を出してみてもいいけど、たぶんそれだと視聴者は減りますよ」と説明されて、もう何も言えませんでしたね……(苦笑)。
――谷桃子バレエ団の運営会社からYouTubeチャンネルのテコ入れを依頼されて、渡邊さんは自分なりのやり方でベストを尽くそうとしていたのだと思いますが、お互いのカルチャーが全く違うせいで、どうしてもすれ違う場面が出てきてしまいますよね。いろいろ葛藤も抱えながら、「それでもYouTubeをやっていてよかった」と感じたのはいつ頃ですか?
高部 昨年の新春公演『白鳥の湖』で公演がひとつ完売して、その後の6月公演では全公演がソールドアウトになったときですね。犠牲とまでは言いませんが、動画撮影のために我慢していた部分が少なからずあったのも事実です。私だけでなく、ダンサーみんないろいろな姿を撮られてきましたから、「みんなで頑張ってきてよかった」と素直に感じました。
今ではYouTubeディレクターも「団員のひとり」
――火花が散るような瞬間も経て、ディレクターの渡邊さんとは現在どのような関係なのでしょうか?
高部 今はもういるのが当たり前の存在ですね。最近だとダンサーたちも渡邊さんが撮影しやすいように進んで協力しています。また、渡邊さんは渡邊さんで以前はなんでも遠慮なくズバズバ聞いていたけど、私たちのことを知るにつれて、「この質問はしづらいな」と葛藤を抱くようになったのが伝わってきます。もはや渡邊さんは、ひとりの団員のような感覚でしょうか。
――お互いリスペクトする関係性にたどり着いたんですね。谷桃子バレエ団では、イヤホンガイドの導入や応援グッズなど新しい試みがいろいろ始まっています。YouTubeチャンネルの方針転換を皮切りに、バレエ団全体にチャレンジ精神が広がっているような印象を受けます。
高部 そうですね。以前は何か新しいことを始めるとなったら、おっかなびっくり取り組んでいましたが、今は「お客さんに喜んでもらえるなら、なんでも率先してやってみようじゃないか!」という空気ができてきました。
――現在、谷桃子バレエ団の団員は何名ですか?
高部 150名ほどが所属しています。本隊とセカンドカンパニー、アプレンティス、ユースと4つのクラスに分かれており、ユースは本公演でまだ踊れず、アプレンティスも多少程度なので、現役で踊っているのは大体90~100名くらいでしょうか。
――過去に動画で、「新国立劇場バレエ団などのオーディションに落ちたダンサーがうちに来る」のように自虐していましたが、今は「なんだか楽しそう!」と最初から谷桃子バレエ団志望でやってくる団員も出てきたのでは?
高部 少しずつ増えてきている印象ですね。
〈 「習い事としての需要は高いけど…」なぜ“バレエ鑑賞”のハードルは高いのか? もっと楽しく・わかりやすくする方法を「人気バレエ団」に聞いてみた 〉へ続く
(原田イチボ@HEW)
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