「習い事としての需要は高いけど…」なぜ“バレエ鑑賞”のハードルは高いのか? もっと楽しく・わかりやすくする方法を「人気バレエ団」に聞いてみた
文春オンライン / 2025年2月1日 11時0分
YouTubeで人気動画を連発する老舗バレエ団「谷桃子バレエ団」の芸術監督に「もっとバレエを楽しく見る」方法について聞いてみた ©細田忠/文藝春秋
〈 なぜ「東京暮らし」「裕福な家庭」の子しかバレエを続けないのか? 日本人が知らない「プロバレリーナ」の“驚きのお金事情”「政府の助成金が下りても赤字」 〉から続く
「日本では、“習い事”としてのバレエの需要は高いんです。ただ、バレエを習ったことがある方でも劇場に足を運んでくださるかと言うと…」
なぜバレエ鑑賞のハードルは高いのか? 団員たちの金銭事情などに踏み込んだYouTubeの力で、初めてバレエを鑑賞する観客を増やしてきた「谷桃子バレエ団」の芸術監督・高部尚子さんに、バレエをもっと「楽しく・わかりやすく」する方法を直撃した。(全2回の2回目/ 最初から読む )
◆◆◆
「バレエ鑑賞」のハードルが高いワケ
――「子どもの頃にバレエを習っていた」という人は大勢いますが、それに比べて、バレエを鑑賞する人の数はぐっと少ない印象です。
高部尚子(以下、高部) 日本では、“習い事”としてのバレエの需要は高いんです。ただ、バレエを習ったことがある方でも劇場に足を運んでくださるかと言うと……。「セリフや歌がないからバレエはわかりづらい」というご意見をたくさん耳にします。
――2024年1月から谷桃子バレエ団ではイヤホンガイドの貸し出しを始めました。高部さんが主導しての試みだそうですね。
高部 私がなぜバレエを始めたかというと、踊りと音楽からひしひしと伝わってくるものを感じて、「セリフがないのに、なんだこれは!」と衝撃を受けたからです。言葉で説明しないことは、バレエ鑑賞のハードルの高さに繋がっている一方で、バレエの大きな魅力にも繋がっています。だからこそ「イヤホンガイドによる解説というのは、どうなんだろう?」という迷いがあったんですが……。
私は歌舞伎も好きで、よく行くんですが、イヤホンガイドで「なるほど。そういうことか」と理解する部分がけっこうあります。たとえば、『連獅子』という演目で、崖から落とされた子どもがじっと下を向く場面があるんです。「なぜ下を見るんだろう?」と不思議に感じていたのですが、あれは崖から見下ろす親の顔が水面に映るのを見ているそうですね。イヤホンガイドの解説でわかりました。
――歌舞伎での経験が、バレエに生きたんですね。
高部 私たち内側の人間は、「バレエでこういう手の動きは、こういう意味だ」といった知識を持っていますが、バレエを初めて観にいらっしゃった方にそれを自然に理解しろというのは酷ですよね。「言わなくてもわかってほしい」ではなく、わかってもらうための方法を提示していかないとダメなんだとハッとしました。
イヤホンガイドを導入した後、年配の男性から「バレエ好きな妻の付き添いで何度か来ているけど、内容がわからなくて毎回寝てしまっていた。でもイヤホンガイドのおかげで今回は全部わかったので、これからは自分もバレエを楽しめます」というご感想が届いて、印象深かったですね。
――イヤホンガイドのほかに挑戦した施策などはありますか?
高部 公演のオンライン配信や動画上映を始めました。いきなり舞台に行くのはハードルが高いという方も、これならもう少し気軽に楽しんでいただけるんじゃないでしょうか。
――高部さんご自身の経歴についても教えてください。
高部 1979年、中学1年生で谷桃子バレエ団の研究所に入所しました。高校2年生のときに「ローザンヌ国際バレエコンクール」で受賞。高校を休学し、スカラーシップ(奨学金)でイギリスの「ロイヤル・バレエ・スクール」に留学しました。帰国してからは高校に復学し、卒業後、晴れて谷桃子バレエ団の正式な団員になりました。
「100枚のチケットノルマ」があった時代も
――その後はプリンシパルとして、『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』、『ドン・キホーテ』などの公演で主演を飾ったんですよね。ダンサーを引退されたのは?
高部 ダンサーはケガがつきもので、私の場合、足の甲に7、8年間ほど痛みを抱えながら踊っていました。そして、45歳のときに「このあたりだろう」と引退を決断しました。股関節も悪くなり、一時は階段が上れないほどだったのですが、2年前に人工関節に置きかえて、今はもうスタスタいろんなところに歩いていけます。ステージでは華麗に踊っていても、ダンサーの身体ってボロボロなんです。
――壮絶……! ずっとバレエで食べていくことはできていたんですか?
高部 ありがたいことに当時はバブルで海外公演も多かったので、教え(バレエ講師)のバイト以外には、バイトらしいバイトをしたことはほぼありません。私は実家暮らしだったのが大きいですね。とはいえ決して裕福な家庭ではありませんでしたし、昔はチケットノルマも厳しかったので、楽をしてきたつもりはありませんが……。
――チケットノルマがあったんですね。
高部 チケットノルマが100枚なんて場合もありました。当時はSNSどころか携帯電話もありませんから、母と手分けして、「ぜひいらっしゃってください」というお手紙をほうぼうに送っていました。
――決して裕福な家庭ではなかったとのことですが、どんな環境で育ったのでしょうか?
高部 うちはごく普通のサラリーマン家庭でした。私がバレエをやるのに母親は協力的で、父親も応援してくれてはいたんですが、やはりプロを目指すとなると心配だったみたいです。「ローザンヌ国際バレエコンクール」に出場するにあたって、父親に「受賞できなかったらバレエは趣味でやってほしい」と頼まれ、夢のために必死でコンクールに挑みました。
留学後に高校に復学したのも、父親から「せめて高校は卒業してほしい」と言われたからです。今となっては父親があれだけ心配したのも理解できるんですけど、やっぱりバレエに打ち込むには、どうしても家族の理解がないと大変ですね。
家族の理解を得るためには、先生とのこ゚縁が重要です。自分の場合、来日した「キエフ・バレエ(現・ウクライナ国立バレエ)」の講習会に参加したとき、団長さんが私の親に「この子は才能がある」と言ってくださったのが非常に大きかったと思います。あれがなかったら、今ごろバレエとは全然関係ない仕事に就いていたかもしれません。
YouTubeで「有名バレエ団」になることの責任
――YouTubeチャンネルをきっかけに、谷桃子バレエ団は、バレエに全く触れたことがない人たちの“ジャンルの入り口”としての存在を増しています。その役割のやりがいや責任は感じていますか?
高部 初めてバレエを見に来られる方が本当に増えているので、責任は感じます。私たちの公演でがっかりさせてしまったら、その方はもうバレエ自体への興味を失うでしょうから……。「谷桃子バレエ団をきっかけに、ほかのバレエ団の公演も見に行くようになりました」という感想はすごくうれしいです。昔はうちのバレエ団のことだけで精一杯で、バレエ界全体をどうこうなんて目標は全く持っていませんでしたが、「もしも谷桃子バレエ団がジャンル全体に良い影響を与えることができるのだとしたら喜ばしいことだ」と今は感じます。
――多様なエンターテインメントが存在する現代で、あらためてバレエの魅力とは何だと考えていますか?
高部 劇場って異空間なんです。家の中でも楽しめる娯楽がたくさんある時代ですが、オーケストラの演奏を聞き、舞台上の踊りを見ることでナマの聴覚と視覚が刺激される体験というのは、やはり特別なものではないでしょうか。セリフはなくとも、伝わってくるものがあるはずです。
そして何千人もの観客がひとつの舞台を一緒に見て、拍手してくださるんです。舞台の側にいる私たちは、どれくらいの量の拍手が来るか毎公演ドキドキするし、スタンディングオベーションなんて涙が出るほど喜ばしい。舞台の上と下で一緒にひとつの時間と空間を共有して作り上げるのが、バレエ、ひいては舞台芸術の醍醐味だと思っています。
(原田イチボ@HEW)
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