妻アンジーが語ったデヴィッド・ボウイ秘話「イキたがってる観客のためにサビで一緒に大合唱できる曲を書くように言ったの」【『デヴィッド・ボウイ 幻想と素顔の狭間で』】
文春オンライン / 2025年1月18日 6時0分
デヴィッド・ボウイ
ボウイの透き通る瞳に吸い込まれそうになる
「何より彼の外見に魅了されたね。ガラスの義眼かな、と思った」
彼は、美しい。名曲「スターマン」を歌う顔のアップ。左右の瞳の色が違う。黒目の大きさも違う。少年の頃けんかで受けたケガが元らしい。でも、それがいい。透き通るような瞳に吸い込まれそうになる。初期のアルバムに参加したセッション・ミュージシャンが語る。
「地球が青いとか、宇宙から来たとか、そんな曲をやる奴なんだけどさ、何て言うか……一発で夢中になった」
そう。デヴィッド・ボウイは、その姿を見つめているだけでありがたい。手を顎に当て、斜め下を見下ろす姿のぞっとする色気。でもね、この映画の本当の価値はそこじゃないんだ。
“伝説の妻”アンジーの貴重な証言
「人間ってとんでもないことをするもの、本当に!(笑)他人が見てなければね」
映画冒頭で登場する女性が“アンジー”だと気づいた時の驚き。ボウイの最初の妻だが、その名から真っ先にイメージするのはローリング・ストーンズの曲。「アンジー、アアイイ~ンジ~~」とタメをつけたミック・ジャガーの歌声が印象的なバラードだ。この曲のアンジーはボウイの妻のことだと噂された。ミックの相棒キース・リチャーズは否定したけど、僕らの記憶にはそう染みついている。ミックが愛を歌った“伝説”のアンジーがしゃべる姿を初めて見た。ボウイとの馴れ初め、彼を売り出すための道。貴重な証言を「へ~」と思いながら観ていると、ボウイの出世作について皮肉の利いた言葉が飛び出す。
「『スペイス・オディティ』はいい曲だった。コミックソングみたいだけど。売れると思った。ちょうどいい塩梅に反米的で。わかる? BBCの音楽担当がかけたくなるようなね」
ストーンズの曲のイメージとは裏腹に、現実のアンジーはサバけた姐さんのようだ。
観客はイキたがってる……アルバム『ジギー・スターダスト』へ至る道
「私はカトリックを捨てた人間なの。15歳の時、女の子と関係を持って追放された。イカすでしょ、わかる?」
わかるよ、イカしてるよ。そんな彼女の発言は容赦ない。初期のボウイのライブについてうんざりした表情で語る。
「とにかく退屈だった。これ以上ないくらいつまらなかった。曲は素晴らしいんだけど」
そこで彼女はショーの後、バンドのメンバーたちに提案した。
「あのね、もうちょっと演劇的な演出を入れたらね、めちゃくちゃクールになると思う」
メンバーにド派手な衣装を身に付けさせるための策略だったという。こうしてバンドはきらびやかなグラム・ロックの世界へと導かれた。それが大人気アルバム『ジギー・スターダスト』へと結実する。異星から救世主としてやってきたバイセクシャルのロックスター「ジギー」の物語。ボウイはジギーになりきり、その栄光から没落までを演じ切った。このアルバムにある「5年間(Five Years)」という曲についてのアンジーの話も興味深い。
「あれは私が書いてってリクエストした曲なの。代表歌みたいに盛り上がる曲が最後に必要だと思ったから。観客はイキたがってるようだけど、そうさせる曲がなかった。一緒にサビを大合唱できたらいいんじゃないかと思ったの」
「イキたがってる」という字幕の部分でアンジーは実際に「come」としゃべっている。やっぱりサバサバ系の姐御だ。そして出来上がった曲は狙い通りライブの定番となった。
音楽というより演劇だったんだ
僕のボウイ初体験は高校1年の時、NHKの『ヤング・ミュージック・ショー』だった。田舎のロック小僧が海外のスターの演奏を観ることのできる数少ない機会だ。コカイン漬けだったボウイの闇が垣間見える「ステイション・トゥ・ステイション」、ベルリン時代の「ヒーローズ」「美女と野獣」。そしてアンジーの発案で生まれた「5年間」も演奏され、客席は盛り上がった。テレビの前の僕も。ボウイの成功はアンジーなしにはあり得ない。
バックバンドとしてボウイを支えたメンバーたちが映画で証言しているのも興味深い。バンド経験のほとんどなかったボウイをいかに盛り立てたか。フォーク志向だった彼の曲をいかにロックに変えていったか。観客が投げつけるビール瓶を防ぐため、ステージの前に柵が立てられたという話も面白い。映画『ブルース・ブラザース』の世界そのままだ。
スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』や『時計じかけのオレンジ』からの影響も語られる。
「音楽というより演劇だったんだ。舞台で見せたのはジギーの物語だ」
突然の解散
『ジギー・スターダスト』をひっさげてのアメリカ・ツアーは最初、会場に観客が200人しか来なかった。ところが3か月のツアーを終える頃には1万人の会場が2日間満席に。メンバーみんなが手ごたえを感じた、まさにその時、ボウイは突然「ジギー」の終焉を宣言、バンドも解散する。恨み節を漏らすメンバーもいる中で、映画はエンディングに。「えっ! これで終わり?」と驚かされた。
でも考えてみれば、これしか終わりようがなかったのだろう。なにせこの映画はボウイが主役なのに彼自身の発言はほとんど出てこない。スターダムにのし上がるボウイをそばで支えた人たちが彼を評した作品だ。いわばボウイの“欠席裁判”。ジギー終焉はメンバーには不満だったろうが、その後の展開を考えればボウイにとっては賢い選択だったとBBCのプロデューサーも認めている。メンバーの一人、ドラマーのウッディ・ウッドマンゼイが語る言葉が余韻を残す。
「ゴールに着いた時より、ゴールをめざす時間が幸せなんだ」
意味合いは少し違うが、似たようなことを私も体感している。「特ダネを取れそうだ」と思う時、取ったらどうなるかと考えている時は楽しい。実際には特ダネにならずに終わることが多いけど、取れるかも、と思っている時が一番幸せなんだと。
ボウイの語らない、ボウイのアナザー・ストーリー
ウッディはみんなで一緒に暮らしていた頃を振り返る。
「朝起きて、コーヒーを飲んで、下の階でドラム叩いて、そのまま皆でジャムって、その後朝食で……ってね。過去を振り返ればあの時が一番楽しかったと気づけるけど、その瞬間はほとんど気づかない」
幸せは、その瞬間にはわからない。ボウイが語らない、ボウイのアナザー・ストーリー。それがこの映画の醍醐味なんだな。
『デヴィッド・ボウイ 幻想と素顔の狭間で』
監督:The Creative Picture Company/出演:デヴィッド・ボウイ、スパイダーズ・フロム・マーズ(以上、アーカイブ)、トレヴァー・ボルダー、ウッディ・ウッドマンゼイ、アンジー・ボウイ、ティム・レンウィック、ハービー・フラワーズ/2007年/イギリス/64分/配給:NEGA/©SHORELINE ENTERTAINMENT/全国順次公開中
(相澤 冬樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
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