オバマ支持だったイーロン・マスクは、なぜ“意識高い系”を嫌ってトランプ支持に変容したか?〈橘玲氏が解説〉
文春オンライン / 2025年1月20日 6時0分
トランプ次期大統領(右)とイーロン・マスク氏 ©AFP=時事
1月20日に就任式を迎えるトランプ次期大統領。その新政権で要職に就くのが実業家のイーロン・マスク氏だ。その思想や行動基準について、橘玲氏が分析した。
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反リベラルになった契機
周囲の者がみな反対したにもかかわらず経営不振に苦しむツイッターを買収したのは、「自由な言論空間を守る」という大義名分はあったものの、(本人も認めるように)さびしいからだろう。成功の実感、すなわち「自己実現」をもたらしてくれるのは数十兆円の富ではなく、社会的な評価(1億5000万人のフォロワー)なのだ。
マスクはもともと政治にさしたる関心がなく、民主党とオバマ大統領を支持していた。だがツイッターを始めるようになって、徐々に「ウォーク(Woke:目覚めた者)」への批判を強めていく。
ウォークは日本でいう「(社会問題に)意識高い系」のことで、人種問題やジェンダー問題などで「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ:政治的正しさ)」の旗を振りかざし、不適切な言動をした者を社会的に抹消(キャンセル)する「キャンセルカルチャー」を主導している(「SJW=社会正義の闘士」とも呼ばれる)。
ウォークたちは、経済格差こそがすべての社会問題の元凶で、マスクのようなビリオネアは、その富がたとえ正当な方法で(合法的に)得たものであっても、存在そのものが「不道徳」だとしている。これは全財産を失うリスクをとって(さらには「1日23時間」仕事に没頭して)誰もが不可能だとあざけった事業を成功に導いたマスクにとって、許しがたい侮辱だった。
マスクと最初の妻との子どもゼイヴィアはその後、女性にジェンダー移行して「ヴィヴィアン」と名乗り、父親を「資本主義者」と批判するようになった。マスクはこれを、「ウォークマインド・ウイルス」に感染したからだと考えているらしい。
決定的なのは、法学者から民主党の上院議員になったエリザベス・ウォーレンにツイッターで「税金を納めていない」と批判されたことで、これに猛反発したマスクはテスラ株のストックオプションを行使して110億ドル(当時の為替レートで約1兆2500億円)を納税し、「(IRS〈米内国歳入庁〉に立ち寄ったら)クッキーでももらえるような気がする」と皮肉った。
ツイッターやフェイスブックは中立な言論プラットフォームを装っているが、リベラル派の投稿を優先し、保守派(右派)の投稿を削除しているのではないかとずっと疑われてきた。ツイッターでウォーレンのような「左派(レフト)」から攻撃されたマスクが買収を決めたのは、この「不正」をただそうと考えたからでもある。
トランプのアカウントを復活
マスクは買収後に、これまでの「コンテンツモデレーション(節度ある投稿管理)」のファイルをジャーナリストに開示した。これによって、ツイッターがバイデン政権に忖度し、トランプを支持する投稿を抑制していた事実が明らかになり、保守派の疑惑に一定の根拠があることが示された(ただしこれは、ツイッターの社員の大半が民主党支持者だったからで、ディープステイト=闇の政府による陰謀ではない)。
マスクは自らを「リバタリアン」だと述べている。リベラリズムと同じく「自由(Liberty)」から派生した言葉で、「自由原理主義者」をいう。リベラリズムはもともと「自由主義」のことだが、「リベラル」を自称する政党やメディア、知識人はいつしか平等を過度に重視し、それによって自由が抑圧されていると不満を抱く者たちが「リバタリアン」を名乗るようになった。日本ではティーパーティーのようなキリスト教保守派の運動だと思われているが、じつは現在、リバタリアニズムの最大の拠点はシリコンバレーだ。彼らは「テクノ・リバタリアン」と呼ばれている。
マスクのようなIT起業家がリバタリアンなのは、国家の規制や介入のない自由な環境こそがテクノロジーを進歩させることを考えれば当然のことだ。逆にいえば、自由のない世界では「とてつもなく賢い」者たちは自らの才能を活かすことができず、死に絶えてしまう。
リバタリアニズムは国家を最小化し、自由を最大化することを目指すが、現代のリベラリズムは逆に、社会福祉などで国家を最大化しようとする。国家が介入する範囲が広がれば広がるほど、自由の領域は狭まっていく。リバタリアンからすれば、口先で「権力」を批判しながら自由を壊死させようとするリベラルは「国家主義者」なのだ。
そしていま、リバタリアンの最大の敵は、「社会正義」の名の下に言論・表現の自由を蹂躙する「ウォーク」になっている。これは右派(リバタリアン)と左派(ウォーク)の対立とされているが、このような旧態依然とした枠組みでは、それが「自由」をめぐる政治思想の闘争であることがわからなくなってしまう。
ツイッターは連邦議会議事堂襲撃事件でトランプのアカウントを「永久追放」したが、マスクはそれを復活させたうえで、FOXニュースの元看板司会者タッカー・カールソンによるトランプのインタビューをXでストリーミング配信した。これもマスクが「右派」になった証拠とされたが、トランプが次期大統領選の共和党の候補者争いで独走状態にあることで、言論プラットフォームからトランプを排除する正当性は揺らいでいる。
「民主主義」でもっとも重要なのは議論であり、対話だとされる。だとしたらなぜ、大統領選挙の最有力候補を議論に参加させないのか。トランプは現在、保守派のSNS「トゥルース・ソーシャル」で活動しているが、このような状況こそがアメリカ社会の分極化を招いているとのマスクの指摘にはじゅうぶんな理がある。
※本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「 橘玲のイーロン・マスク論 」)。 記事全文 (17,000字)では、さらに下記のテーマについて深堀りしています。
・私はアスペルガー
・他人に共感ができない
・国家主権から“自己主権”へ
・政府なんていらない
・危険すぎる「独立自由国家」
「文藝春秋 電子版」(初月300円から)では、下記の記事が読み放題です。
・「 インフレに克つ 臆病者の資産防衛術 」橘玲
・「 臆病者のための『新NISA活用術』 」橘玲
・「 臆病者のための『資産防衛術』 」橘玲
・「 教育無償化は税金のムダ使いだ 」橘玲
・「 橘玲のイーロン・マスク論 」橘玲
・「 リバタリアンが世界を支配する 」橘玲
(橘 玲/文藝春秋 2023年11月号)
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