「飯沼一家」「Q」「変な家」…現代ホラーの「怖さ」はどこから生まれるのか? ヒントは20年以上前の2ちゃんねるに眠っていた
文春オンライン / 2025年1月24日 6時0分
※写真はイメージ ©tamarinイメージマート
YouTubeチャンネル「フェイクドキュメンタリーQ」や、2024年末に話題を呼んだ『飯沼一家に謝罪します』、さらに映画『変な家』といった、現代のホラーの怖さはどこから生まれるのか。ネット怪談を民俗学の視点から紐解いた書籍『 ネット怪談の民俗学 』から一部抜粋し、現代ホラーの特徴や、その先駆けとも言える「これって何?」について見ていく。(全2回の1回目/ 後編 を読む)
◆◆◆
ネットホラーのトレンドは「実写」「アナログ」「素人」
現代のネットホラーに関わる3つの概念を、まずは説明しておこう。ファウンドフッテージ、アナログホラー、モキュメンタリーである。いずれも映像創作ジャンルである。
「ファウンドフッテージ」(found footage)は、直訳すると「発見された映像の断片」という意味で、何らかの理由で行方不明だった(あるいは存在が知られていなかった)映像が見つかり、再生してみると、撮影者たちに恐ろしいことが起きていたことが分かる──という設定のものが多い。フィクション作品に形式的な現実感を持たせるための技法として、21世紀に入ると多用されるようになった。なかでも、1999年に公開された映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』に連なるホラー映像作品のジャンルが中心を占めている。The Backrooms(Found Footage)も、タイトルどおり、このジャンルの作品である。
The Backrooms (Found Footage)がそうであるように、ファウンドフッテージは素人が撮影した古い映像という設定が多い。2020年代現在の古い映像といえば、VHSや8mmなどの素人も扱えるアナログテープである。日本でもYouTube チャンネル「フェイクドキュメンタリー『Q』」(2021年8月22日~)が、アナログ風の映像を多用して、ファウンドフッテージ型ホラーを立て続けに発表している1。
「アナログホラー」(analog horror)は、基本的にはデジタル映像が一般的になる前の時代(おおよそ1990年代半ばまで)に記録されたという設定のアナログ画質の映像のなかに、どこか不穏だったり、異常なことが起きていることを示唆する情報が入っていたりするデジタル作品を指す。一つ一つの動画は短いことが多く、断片的だったりノイズが強かったりして、全体像が見えず、視聴者側の考察に任されるのが特徴的である。先述のThe Backrooms(Found Footage)は、コロナ禍におけるアナログホラーの代表作でもある。
「モキュメンタリー」(mocumentary)は「フェイクドキュメンタリー」(fake documentary)とも言い、ドキュメンタリー映像の形式を模した創作である*。ファウンドフッテージの中身は、定義としては創作物も入るのだが**、大半は現実世界を撮影したものという設定になっており、その意味で、ファウンドフッテージを内容に含む作品は同時にモキュメンタリーであることが多い。
現代ネットホラーの先駆け「これって何?」
いずれのジャンルも、再媒介化の2つの側面──複媒介性と無媒介性──を存分に利用している。フィクションとして分析するならば明らかに複媒介性を主張しているが、ファウンドフッテージなら「自分が作ったものではない」、モキュメンタリーなら「写されているのが現実である」、アナログホラーなら「デジタル的な加工編集が難しい」とする認識にも寄りかかっているため、映し出されるものは無媒介性を同時に強調している。そのため、こうしたジャンルの作品は成功すればするほど、視聴者に「これは事実なのだろうか?」という思いを抱かせる***。視聴者によっては本当に起こったことではないかと受け取り、たとえ初出のメディアではネットホラーとして受容されていたとしても、再媒介化(転載や切り取り動画など)が繰り返されることにより、ネット怪談に変質してしまうこともある。こうした再媒介化がほとんど誰によっても可能になっているインターネットでは、そうした変化はよく見られるものである。第1章では、作者の存在が認識される創作ジャンルとしての「ネットホラー」と、共同構築される伝説ジャンルとしての「ネット怪談」を区別したが、実際上、このあたりの線引きは微妙なのである。本章がファウンドフッテージやモキュメンタリー、アナログホラーを取り上げるのにはこうした理由がある。したがって、概念的に近ければネットホラーのみならずネット怪談にもこれらの用語を使うことがある。
ここではまず、古い映像にまつわるネット怪談をとおして、現代のインターネットで流通している「怖さ」というものを見てみたい。
撮影したはずのない「謎の映像」が続々と集まり……
「これって何?」は、今ではほとんど知られていないが、ファウンドフッテージ型のネット怪談である。最初にオカルト板にスレが立ったのは2003年10月26日未明で、そのときのタイトルが「これって何?」だった2。投稿した報告者によると、映画を録画していたはずのビデオを再生したところ、表示されたのは自分が歩いている姿が延々と映っている映像だった。しかしそんなものを撮影した記憶はまったくないのだという。ほかの参加者たちは報告者にいろいろと質問を繰り返すが、要領を得ない。
謎が謎を呼び「恐怖」が生まれていく
その後、再生中のテレビを撮影した画像がアップロードされたが、砂漠か平野のような場所であること以外は何も分からない(図30、報告者の姿が黒塗りされている)。さらに、報告者が最初に見たときはあったはずのシーンが失われ、いつの間にか別の暗くて何が写っているのか分からないシーンや、見知らぬ男性の顔が写ったシーンが追加されているという怪奇現象も起きる。参加者のなかには、自分も同じように、ビデオカメラさえ所有していないのに砂漠のような景色を歩いている映像が録画されていたと投稿する者も現れた(177番目の書き込み)。その後「これって何?まとめサイト」ができ3、情報が集約されたが、6番目のスレが11月10日に1000レスまで到達し4、何も謎が解かれぬまま、騒動は終わる。
これって何?は、実写映像は撮影者が外界を撮影したものという常識を前提として、その過去に不気味さや不穏さを与えることで成立したネット怪談である。映っているもの自体は超自然的ではないが、映された経緯に分からないものが多すぎる。ファウンドフッテージの概念もまだ広まっていなかったこの時代にあって、これって何?は孤立した存在であり、実際、その後のネット怪談言説においても話題になったことはない。また、現在の観点から見るならばいかにもアナログホラー的だが、当時はVHSや8mmテープなどのアナログメディアが現役だったので、そうした印象は時代錯誤である。むしろ、出所不明のメディアがネット上で共有され、匿名の人々の集合知によって考察が進められていく──共同構築されていく過程の初期の一例として見ることができる。
◇◇◇
* 近年の日本におけるモキュメンタリーについては、吉田 2024a; 朝宮 2024 にて作家たちが語っている。
** 映画『リング』(1998)における「呪いのビデオ」もファウンドフッテージということはできる。ただし「呪いのビデオ」は現実の景観を撮影したものではなく、山村貞子がイメージを念写した創作物である。
*** The Backrooms (Found Footage) を、とある大学の講義で見せたとき、本物の記録映像かもしれないと思ったという学生がいた。
1. 「フェイクドキュメンタリー「Q」」 (2021年4月1日チャンネル登録)
2. https://hobby4.5ch.net/test/read.cgi/occult/1067094469/
3. http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/6880/
4. 「【最終】これって何?其の六【決戦】」
〈 「明日の犠牲者はこの方です。おやすみなさい」深夜、テレビ放送終了後に流れる謎の映像――怖すぎる「ネット怪談」の世界 〉へ続く
(廣田 龍平/Webオリジナル(外部転載))
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