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〈頑固で独善的な性格〉でも〈妄想的な心の病〉でもなく…韓国・尹錫悦大統領が戒厳令に踏み切った「最も大きな原因」

文春オンライン / 2025年1月24日 17時0分

〈頑固で独善的な性格〉でも〈妄想的な心の病〉でもなく…韓国・尹錫悦大統領が戒厳令に踏み切った「最も大きな原因」

尹錫悦大統領 ⒸAFP=時事

現役大統領が逮捕される事態となった韓国。そもそも戒厳令騒動は、なぜ起きたのか。その思惑とは? 韓国駐在して40年になる、産経新聞ソウル駐在客員論説委員の黒田勝弘氏が分析した。

◆◆◆

夫人の「バッグ事件」に苛立った

 それにしても尹大統領はなぜ勝ち目のない「季節はずれ」の戒厳令に踏み切ったのか?

 戒厳令談話に出てくる、議会を支配した野党の横暴による国政マヒという主張はあたっている。しかしその解決手段が戒厳令というのは的外れである。この錯誤はどこからきたのか?

 野党にいじめられ続け、人事も予算もままならず、野党陣営による虚実とり混ぜた“ストーカー政治”あるいは“魔女狩り”にも見える夫人に対する執拗な疑惑追及……ストレスと苛立ちが昂じての判断ミスか。あるいは頑固で人の意見に耳を貸さず「思い込んだら一途」の独善タイプのせいか。韓国メディアには「妄想的な心の病」などという医学的分析さえあった。

 実際のところ、予算でいえば、たとえば検察・警察・軍隊などの治安関係の活動費や人件費など日本円で約4000億円が野党の勝手で政府案からカットされていた。人事では大統領弾劾の前に閣僚など要職17人が弾劾の対象にされている。

 しかし、筆者の見立てでは、夫人問題での苛立ちが、錯誤に陥った最も大きな原因ではなかったか。いわゆる“夫人疑惑”として世論をひどく刺激し、支持率低下を招いたのは「ブランド物バッグ事件」だが、この真相は親北朝鮮系の在米韓国人牧師と野党系ユーチューバーが仕組んだワナだった。彼らは夫人の父親の友人だったと称して接近し、夫人にディオールのバッグをプレゼントする場面を隠し撮りし、それを「ワイロを渡した」と言って暴露したのだ。明らかに陰謀である。

 夫人はむしろ“被害者”だったのに、野党陣営とメディアはこれを“権力疑惑”として大々的に非難キャンペーンを展開。世論は長く沸騰した。後に検察捜査で法的に嫌疑無しとなったものの疑惑イメージは残り続けた。

「反国家勢力」とは何か?

 こうした心痛、苦境を乗り越えるために、戒厳令という腕力に頼ったのは明らかに政治力喪失である。文在寅(ムンジェイン)政権後、保守層の待望論に押されて、急に政界に飛び込んだアマチュア政治家の限界だったか。対日外交は「一途な決断」で成功したが内政ではうまくいかなかった。

 尹大統領は日ごろ「反国家勢力」の存在を強調してきた。戒厳令談話の中でも「従北反国家勢力」と言っている。野党勢力は「北朝鮮につながり(従北)、韓国の自由民主主義体制を破壊しようとする反国家勢力」というわけだ。

 いささか大げさな表現で彼が好んだ右翼強硬派の主張そのままだ。こうしたレトロ(復古的)な「北脅威論」に現在の韓国世論の大勢が共感する雰囲気はないが、ただ彼がそう思い込む理由はなくもない。

 たとえば「共に民主党」をはじめ野党勢力の核心部分に存在し、今回も弾劾集会デモの先頭に立った韓国最大の全国的労働組合組織「民主労総」は幹部らが北朝鮮のためのスパイ活動で検挙されている。あるいは歴史上の人物で、共産主義者の大物の胸像が、抗日独立運動の経歴を理由にいつの間にか陸軍士官学校の校庭に建てられていたり。

 歴史でいえば、歴史教科書など学校教育や博物館展示、メディア報道などは近年、左翼偏向が目立つ。北朝鮮の侵略(朝鮮戦争)から国を守った初代大統領李承晩(イスンマン)や、高度経済成長を実現し国力で北を凌駕した朴正熙、オリンピック開催で東西冷戦終結に寄与した全斗煥、盧泰愚など保守政権の業績は無視、軽視され、左派勢力などによる反政府・反体制運動ばかりが歴史を飾っている。

 ノーベル文学賞のハン・ガン氏の代表作に『別れを告げない』がある。1948年、韓国南端で起きた共産主義勢力の扇動による反政府暴動「済州島四・三事件」を舞台に、鎮圧過程で多くが犠牲になった島民の話だ。現在の韓国社会では、小説と同じく事件のきっかけは無視ないし軽視され、犠牲者中心の歴史観が大勢になっている。

 歴史認識の左傾化は90年代以降の民主化で始まった。左翼革新系の金大中・盧武鉉(ノムヒョン)政権(1998-2008年)の後、保守系の李明博(イミョンバク)政権が誕生したが、経済人出身の彼はイデオロギーには無関心で、次の朴槿恵(パククネ)政権は左傾化阻止に取り組んだが弾劾で途中退陣を余儀なくされた。朴槿恵の挫折後、次の文在寅政権下で左翼系は大復活し、左翼全盛時代となっていたのだ。

 尹大統領からすれば、こうした歴史理解の背後には「反国家勢力」の陰謀があり、この際、戒厳令でもって一掃したかったのだろう。これは彼にとって「歴史内戦」になるが、レトロな戒厳令発想では歴史認識は変えられない。先に「ノーベル文学賞に負けた」と書いたのはその意味である。

※本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「 尹錫悦大統領の自爆で日韓どうなる 」)。全文では、戒厳令当日の所感、前回の戒厳令への評価、同時期に話題となったハン・ガンのノーベル文学賞受賞、「韓国のトランプ」と呼ばれる人物の実態などについて語られています。

 

※《緊急特集》崩れゆく国のかたち

尹錫悦大統領の自爆で日韓どうなる(黒田勝弘)  この記事

混迷するドイツ、リベラル派の罪(斎藤幸平×マライ・メントライン)

イスラエルは神を信じていない(E・トッド)

(黒田 勝弘/文藝春秋 2025年2月号)

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