大震災から30年を経た街で、双極性障害(躁うつ病)を抱えながら生きる道を模索する女性の魂の再生の物語【『港に灯がともる』】
文春オンライン / 2025年1月25日 6時0分
阪神・淡路大震災から30年となる1月17日、甚大な被害に遭った街に生きる人々を描いた作品が公開された。震災の直後に神戸市長田区に生まれた女性が、いくつもの悩みや苦しみを感じながら、自分の生きる道を見出していくドラマだ。震災当時、現場で取材にあたっていたジャーナリスト・相澤冬樹が、自らの記憶とともにつづるドキュメンタリー・シアター特別編。
◆◆◆
帰化を目指す姉に反対する父
「はー、はー、はーー……」
浅い呼吸をせわしなく繰り返す。海面で揺らぐ波の合間から湧き上がってくるように。心が追い詰められているのだろう。これから始まる物語を暗示している。
30年前の阪神・淡路大震災。大都市直下の大地震で6434人が亡くなった。主人公の金子灯(あかり)は、その直後に神戸市長田区で生まれた。直接の被災体験はないが、両親は家も仕事も失い、家庭も崩れかけている。父親の「震災さえなければ」の言葉が重い。
灯の姉に結婚話が持ち上がる。まだ相手に会ってもいないと怒り出す父親に姉は、
「会って何話すん?『在日韓国人ですけどいいですか』って言うん? 絶対やめてな」
姉は帰化を目指している。父親は「家族が壊れる」と反対だ。灯は普段在日であることをほとんど意識しないが、弟がスマホで何かを検索しているのに気づく。「在日特権」に関するサイトだ。実在しない“特権”への誹謗が、立場の危うさを物語る。
「震災」「在日」「双極性障害(躁うつ病)」
灯は精神科クリニックに通っている。双極性障害だ。かつて「躁うつ病」と呼ばれたが、うつ病とは違い、躁とうつとを繰り返す。成人式の後は、気前よくケーキを買うなど「躁」状態だった。しかし両親の折り合いは悪く、家庭に冷たい空気が漂う中、次第に「うつ」の症状が重くなり、職場を辞めることになる。
「震災」「在日」そして「双極性障害」。一つだけでも重たい現実が、灯の人生に3つのパワーワードとなってのしかかる。そこからどのように自分の生きる道を見出していくのか? 物語はそこを軸に描かれる。
うつ状態が改善した灯は、再び就職をめざす。しかし「療養のため退職」という経歴がネックになってなかなか採用が決まらない。友達の家を訪れ相談にのってもらう場面で、テーブル上の買い物袋がチラリと映る。白黒の格子模様に「ikari」の文字。「いかりスーパー」の袋だと、神戸の人ならすぐわかる。同時に、この家は経済的にゆとりがあることもわかる。「いかり」は神戸の「成城石井」なのだ。こういう細かい描写に神戸愛を感じる。
「生きとったらいろいろあるわな」
神戸市中心部の元町にある設計事務所。灯はここで採用面接を受ける。事務所のサイトにあった「それぞれの暮らしやすさに寄り添う」という言葉にひかれたからだ。
「私もいろんな出来事に直面して、暮らしやすさ、生きやすさって本当に人それぞれだと思うので、そういう安心できる場所を作る仕事ができたらなと思いまして」
病気のことも、友達のアドバイス通り率直に打ち明けた。すると設計士の男性は、
「まあ、生きとったらいろいろあるわな(笑顔)」
この言葉に灯は救われる。観ている僕も救われた。僕自身NHKに勤めていた時、双極性障害と診断され、計2年間休職したことがある。「人生いろいろあるさ」と考えられれば、どれほど救われることか。
こうして灯はこの設計事務所で働き始めた。通勤途中に映る南京町(元町の中華街)が懐かしい。先輩と仕事終わりに訪れた居酒屋。設計士の男性が来ないのはなぜだろう? 灯が尋ねると、その理由が明かされる。なるほど、だから彼は「人生いろいろ」と実感込めて語れるのか……。
奇跡的に生き残った丸五市場のそば焼き屋で
「震災を背負わなくても、知らない人がいてもいい。それぞれの居場所を作るのが大事。大事なものは時間がかかる」
仕事の合間に語られる設計士の言葉に灯は癒されていく。そこに大きな仕事が舞い込んだ。駅前に等身大(設定上の高さ18メートル)の鉄人28号の像がそびえる神戸市長田区。地震直後の大火災で甚大な被害を被ったが、その一角の「丸五市場」は奇跡的に生き延びて営業を続けてきた。とはいえ100年以上の歴史とともに建物のシャッターはゆがみ、老朽化が進んでいる。ここで長年そば焼き屋を営む店主の女性から、市場の再生計画について相談が寄せられたのだ。
灯は設計士とともに市場に通って調査を進め、再生後の模型を作り上げた。ところが折からのコロナ禍で計画は中断。灯は店主に「一部だけでもなんとかなりませんか」と掛け合う。その晩、事件は起きた……。
舞台となる丸五市場は長田区に実在する。物語の核となるそば焼き屋「いりちゃん」も。本物の店主が撮影に立ち合い、キャベツたっぷりの「そば焼き」と、そこにご飯を混ぜる「そばめし」を調理したそうだ。灯を演じた富田望生(みう)さんについて店主は、
「映画のまんま。気さくで気取らない普通の子で、めっちゃ感じいい。撮影中いつもお昼はここに来てそば焼きやそばめし食べてたわ。今でも時々来ますよ」
災害は30年経っても終わらない
映画公開は1月17日、震災から30年の日だった。その前日、丸五市場の居酒屋に富田さんや監督の安達もじりさんの姿があった。公開を前に出演者やスタッフが集まっての“同窓会”だ。この席で、作品の監修にあたった精神科医が語った。
「災害支援は1週間以上続けるべきではない。自分の心と体が壊れる」
その瞬間、僕の記憶は30年前に跳んだ。NHK神戸放送局で兵庫県警担当の記者だった自分。取材者であり被災者だった。震災発生から連日、県警本部に泊まり込み被害情報を伝えた。1週間がたった時、上司が言った。
「相澤、これは数日数カ月で終わる災害じゃない。10年単位で取材は続くんだ。今、根を詰めて取材してもキリがない。いったん休め」
そして神戸と大阪を結ぶチャーター船で僕を大阪へと送り出した……。そうだ、あの言葉は正しかった。災害は30年たっても終わらないし、僕の心に震災の痛手は残っている。
一番難しかったエンドロールの演技
灯は震災を体験していないが、両親が体験した重荷に苛まれている。在日の重み、沈む心の重みも背負っている。灯役の富田さんは初日の舞台あいさつで語った。
「震災、在日、双極性障害と凄いパワーワードが飛び込んでくるんですけど、普通の女の子が様々な揺らぎを抱えている中での出来事だと。それに気づいて腑に落ちました」
一番難しかったシーンはエンドロールだったという。灯が道路沿いにたたずむ姿を5分余り、カメラを回しっぱなしの「ワンカット」で撮り切っている。
「灯のこれまでの人生を5分という時間で表現してほしいっていうオーダーが一番難しかった。撮影後、監督に『違う、もう1回』って言われたのを鮮明に覚えてます。『わかってるよ』ってちょっと言い返したりしましたね」
エンドロールの直前、灯が父親に電話する場面も10分以上の長いワンカットだ。港をはるかに臨む高台の公園。電話を切ってしばらく、灯の呼吸の音が聞こえてくる。だが冒頭のせわしない呼吸とは少し違う。心境の変化が息遣いに表れている。そこに響く船の汽笛。いかにもミナト神戸だ。こうした『音』と、間を作る『無音』が、この映画の隠れた見どころ(聴きどころ)かもしれない。
『港に灯がともる』
1995年の震災で多くの家屋が焼失し、一面焼け野原となった神戸・長田。かつてそこに暮らしていた在日コリアン家族の下に生まれた灯(あかり)。在日の自覚は薄く、被災の記憶もない灯は、父や母からこぼれる家族の歴史や震災当時の話が遠いものに感じられ、どこか孤独と苛立ちを募らせている。一方、父は家族との衝突が絶えず、家にはいつも冷たい空気が流れていた。ある日、親戚の集まりで起きた口論によって、気持ちが昂り「全部しんどい」と吐き出す灯。そして、姉・美悠が持ち出した日本への帰化をめぐり、家族はさらに傾いていく――。
監督・脚本:安達もじり/出演:富田望生、麻生祐未、甲本雅裕、伊藤万理華/2025年/日本/119分/配給:太秦/©Minato Studio 2025/全国順次公開中
(相澤 冬樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
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