「Kōki,はきっと国際的なスターになる」アイスランドの映画監督が語る、美しいだけではないKōki,の“別の顔”
文春オンライン / 2025年1月24日 6時0分
バルタザール・コルマウクル監督
〈あの思い出が昼も夜も心の中にある。いつまでも忘れることのない、あの甘く大切な思い出〉
人は誰しもかけがえのない思い出を胸の裡に秘めている。それは家族と、友人と、あるいは最愛の人とのかけがえのない日々の記憶だ。人生の黄昏時を迎えたとき、過ぎ去りし日への追憶はより深まり、時に人を苦しめる。
クリストファー(エギル・オラフソン)もまた、身を焦がした恋の残影を追いかけている。老境に差し掛かり、初期の認知症と診断された彼は、その記憶さえ揺らぎだす恐怖に駆られながら。「人生でやり残したこと」はひとつだけだ。
もう一度、彼女に会いたい。あの日、突然消えてしまった彼女に――。
コロナパンデミックが世界に広がり、国境は閉じられようとしている。もはや一刻の猶予もない。アイスランドで20年続けてきたレストランを閉め、娘の制止を振り切り、彼は旅に出る。彼女と出会ったロンドン、そして彼女が生まれた国、日本へ。
映画『TOUCH/タッチ』で、「愛についてのロマンティックなストーリーを語りたかった」と、バルタザール・コルマウクル監督は語る。作品には自身が経験し、肌身に感じた思いが投影されている。
「6年前に離婚をして、家族が崩壊する経験をしました。自分は何を間違ったのだろうか、その愛にきちんと向き合っていなかったのではないか、過ぎたことばかり考えるようになりました。でも人生の残り時間はどんどん減っていく。自分で決着をつけないといけない。そんな思いを抱えているときに、原作小説に出会って、やっと見つけたと思いました。自ずと自分がすべきことがわかりました」
ふたりは恋に落ちる
時は遡って1969年。クリストファーはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの学生だったが、過激な政治思想から学業を捨て、近くにあった日本料理店で皿洗いの仕事を始めた。そこで出会ったのが、日本人女性のミコ(Kōki,)。日本人への恨みがいまだに残る時代のロンドンに来た移民で、流暢な英語を話し強く生きるが、どこか憂いを帯びている。移民という複雑な事情を抱えた女性を演じたKōki,を、「彼女には、無邪気さと強さの一方、傷つきやすく繊細な面があった」とコルマウクル監督は評する。
「外から来た人の方がクリアに見えるものです。私は彼女がこれまでどういったことをしてきたか知らなかった。早い時期にキャスティングディレクターが送ってくれた3人のうちの1人で、強く印象に残っていたのがKōki,でした。彼女だったら、ふたりはきっと恋に落ちると。単に美しいだけではない、別の顔を持っている。カメラに愛される俳優、きっと国際的なスターになると私は思います」
若き日のクリストファーには、コルマウクル監督の息子であるパルミ・コルマウクルが抜擢された。
「他のふたりの息子と違って、彼は俳優にならないと思っていたので、監督と俳優としてプロフェッショナルな仕事がともにできたのは嬉しかった。何より、Kōki,との相性がよかった。ふたりがとてもいい関係を築いてくれたことで、作品を高めてくれました」
多くの人生を変えた
知的で礼儀正しい彼を、ミコの父で店主の高橋(本木雅弘)は親しみをもって受け入れるが、ふたりが将来を考えだすにつれ、娘を守るために頑なな態度をとる。実は、ミコは胎内被爆者であり、いわれなき差別を受け、故郷を離れざるを得なかった生い立ちがあったのだ。クリストファーにすべてを打ち明けた翌日、ミコは父とともに忽然と姿を消してしまう。
コルマウクル監督が向き合ったもう1つのテーマ、それが被爆者であった。被爆者は傷や病気に苦しんだだけではなく、まるで感染病患者のように見られ、差別され、社会から追われた。臆測や偏見による情報が錯綜したコロナ禍の絶望と重なるようでもあった。
「デリケートな問題であり、日本人ならどう表現するか、助言もいただきましたが、私は、正面から向き合おうと思いました。何もかも破壊された広島のことを私たちは知っている。どれだけ多くの人の人生が変わってしまったのか。折しも被団協がノーベル平和賞を受賞しました。いまこそ将来同じことが起きないように、考え続けていくことが大事。しかし、いまだにあの爆弾を使おうとする人間がいることに驚きを隠せない。こういったとても大きなテーマを、とても小さなふたりの宇宙から描いたことが、この作品の魅力でもあると思います。日本のみなさんに見てもらえることを心から願っています」
Baltasar Kormákur/1966年、アイスランド生まれ。1990年にアイスランド芸術アカデミーを卒業、俳優として活躍。映画製作会社Blueeyes Productions / Sögnを設立し、2000年、長編映画『101 Reykjavík』を製作。Variety誌の「注目すべき監督10人」に選ばれた。主な監督作品に、『湿地』(06)、『エベレスト 3D』(15)、『殺意の誓約』(16)、『アドリフト 41日間の漂流』(18)、『ビースト』(22)などがある。
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『TOUCH/タッチ』
1月24日(金)公開
出演:エギル・オラフソン、Kōki,、パルミ・コルマウクル、本木雅弘、奈良橋陽子、ルース・シーン、中村雅俊 他
配給:パルコ ユニバーサル映画
https://touch-movie.com/
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年1月30日号)
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