晩餐会でオバマに笑い物にされ…「じっと座って怒りに耐えていた」トランプが、復讐のために大統領選への出馬を決意した“屈辱の夜”
文春オンライン / 2025年1月30日 6時0分
20年の大統領選挙でトランプ陣営にボランティアとして潜入し、支持者たちを取材した横田増生さん 著者撮影
〈 冗談のネタ→信用できるビジネスマンに…トランプのイメージを変え「大統領になるための武器となった」日本人は知らない“リアリティ番組” 〉から続く
2024年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプが圧勝し復活を遂げた。
遡って16年、最初に大統領に就任した際にトランプは“オバマケア(医療保険制度改革法)”をはじめとした、オバマ政権の政治的遺産をことごとくひっくりかえした。トランプがそれほどオバマに憎悪を抱いているというのは、アメリカ国民の間では有名な話だという。
ここでは22年に刊行され、トランプ復活を機に新書化された、ジャーナリスト・横田増生さんの『 ルポ 「トランプ信者」潜入一年 』(小学館)から一部を抜粋。トランプがオバマに嘲笑され、復讐のために16年の大統領選挙に出馬しようと決意した経緯とは――。(全4回の4回目/ 最初から読む )
◆◆◆
オバマの出生陰謀論
テレビのリアリティ番組で場数を踏んできたトランプは、オバマが再選をかけた12年の選挙に打って出ようとした。選挙戦に斬り込むための切り札としたのが、オバマはアメリカ以外で生まれているので大統領になる資格がない、という陰謀論だった。
アメリカ合衆国憲法は、「出生により合衆国市民である者、または、この憲法の成立時に合衆国市民である者でなければ、大統領の職に就くことはできない」と定めているので、もしも、オバマが海外で生まれて、後にアメリカの市民権を得ていたのなら、大統領になる資格はない。
このオバマの出生に関する陰謀論は、すでに右派がネット上で展開していたものをトランプが探り当て、全国ネットのテレビに出演し、喧伝することで、全米に知れ渡った。
オバマはすでに、簡略版の出生証明を公開していた。ハワイ州が発行した証明書には、オバマがホノルルで生まれたことが明記してある。
にもかかわらず、トランプはオバマの出生には疑いがある、として猛然と嚙みついた。トランプはテレビのトーク番組やニュース番組に精力的に出演して、有権者の歓心を買うことに努めた。
「なんでオバマは、なぜ正式な出生証明書を見せないのか。そこには、何かオバマに不利になるようなことが書いてあるんじゃないか」(ABC)
「オバマは、弁護士に何百万ドルも使って、この問題を揉み消そうとしてきた。俺がこの問題を取り上げるようになってから、突然、いろんな事実が表に出てきたんだ。そうして、俺はオバマがアメリカで生まれたのかどうかを自問自答するようになった」(FOXニュース)
「3週間前に俺がこの問題を調べ始めるまで、オバマはおそらくアメリカで生まれたんだろうと思っていたが、今は大きな疑問符がつく。簡略版の出生証明というのは、だれも書類にサインしてないんだ。もし、オバマがアメリカで生まれていないとしたなら、アメリカ史で最大のいかさまを働いたことになる」(NBC)
「ケニアに住むオバマの祖母が『彼はケニアで生まれました。私はその場に居合わせて目撃したんです』と話すのが録音されている」(MSNBC)
こうした発言の裏には、初の黒人大統領に対する差別意識が潜んでいる。ケニア生まれの父親を持つオバマは、本当のアメリカ人だろうか、と疑問を投げかける。しかし、08年に共和党の大統領候補となったジョン・マケインや、トランプ自身には同じ問いかけは起きない。トランプは、この騒ぎを起こした時、自分の出生証明を公表すると言いながら公表していないが、それは問題にはならない。ドイツ人とスコットランド人を父母に持つトランプは、建国の父たちに似た主流派のアメリカ人であるWASP(ワスプ)のように見えるからだ。
トランプはオバマの出生地に関する陰謀論の発信源となることで、大統領選の事前調査で支持率を高めることができた。これを踏み台に、今回は、共和党から正式に大統領選への出馬表明をしようと目論んだ。
機は熟したかにみえた。
オバマ政権は当初、この陰謀論を深刻にとらえていなかった。すでに、略式の出生証明で決着がついている問題に再び大統領自身が関わるのは、大統領職の威厳を損なうことにならないか、と危惧していた。
しかし、オバマが4月中旬に、予算に関する演説をしたとき、記者からの質問が出生地問題に集中したことから、ようやく重い腰を上げた。ホワイトハウスは、ホノルルから署名入りの正式な出生証明を取り寄せた。
トランプは4月下旬、大統領選緒戦の重要州であるニューハンプシャー州までヘリコプターで飛び、重要な発表があると言って記者団を集めた。
しかし、トランプがニューハンプシャー州に向かったタイミングを見計らって、ホワイトハウスは、オバマの正式な出生証明をメディアに公表した。トランプが記者会見用のマイクの前に立つ直前に、オバマ自身が、ホワイトハウスの記者団の前でこう話した。
「ホワイトハウスが先ほど、私の出生地についての追加の情報を発表した。実際に私は、1961年8月4日、ハワイのカピオラニ産婦人科病院で生まれた」
それは簡略式の出生証明と同じ内容だった。
オバマに出し抜かれた格好のトランプは、集まった記者団に対し、
「俺は俺自身を誇りに思うよ。それまで誰もなしえなかったことを成し遂げたからだ。ヘリコプターでの移動中に、大統領がとうとう出生証明書を公開したと知らされた。よく見てみる必要があるが、本物だと信じたい。これで、やっと本当に大切なことについて話し合うことができるからな。マスコミも、この件で俺に質問するのをやめるだろう。けれど、オバマはもっと早く出生証明を公表するべきだったな」
と強がってみせた。自分で焚きつけた出生問題の責任をマスコミやオバマに押し付けようとしたのだ。
トランプはこの後、12年の大統領選挙には出馬しないとの声明文を発表する。
オバマにおちょくられる
出生問題に片が付いた数日後、ホワイトハウス特派員協会が主催する恒例の晩餐会が、ワシントンのホテルで開かれた。百年近い伝統を持ち、報道関係者のみならず各界の著名人が正装で出席し、その模様はテレビでも生中継される華やかな催しだ。式典の目玉は現職大統領のスピーチで、時事ネタや毒舌、冗談を交えながら、聴衆を笑わせるのがお約束だ。
トランプはその年、ゲストの1人として晩餐会に招待されていた。トランプは黒のスーツと白のシャツ、黒の蝶ネクタイという姿で現れた。
この日のオバマのスピーチは、初めからトランプをおちょくるのが目的だった。
オープニングのビデオには、「私は本物のアメリカ人(リアル・アメリカン)」というプロレスラーであるハルク・ホーガンの入場テーマ曲を使った。会場のスクリーンに映し出された星条旗を破って出てきたのは、オバマが公開したばかりの出生証明書だった。
その後も、アメリカの紋章である白頭鷲やラシュモア山に彫刻された4人の大統領の顔、カウボーイの後ろ姿やアンクル・サムなど、アメリカを連想させるイメージショットの間に、出生証明書を挟み込む。
オバマはこう話し始めた。
「アメリカ国民の皆さん、マハロ(ハワイの言葉で、ありがとう、の意味)。今日の晩餐会に出席できて大変光栄に思っています。それにしても、なんという1週間だったでしょう。皆さんはすでにお聞きになったかもしれませんが、ハワイが私の正式な出生証明を公表しました」
ここで聴衆が手を叩いて喜び、後方のテレビカメラが独特の髪型をしたトランプの姿をとらえる。
オバマがトランプへの直接の口撃を始める。
「ドナルド・トランプが今日、この場に来ています。最近、彼はいろいろと非難を浴びたようですが、この出生証明の問題が片付いたことを最も誇りに思っているのはドナルドなのです。というのも、これで、ようやく本当に大切なことに取り組めるからです。たとえば、月着陸はウソだったのか、というような問題です」
ここまで聴衆は大笑いしながら聞いている。口撃の矛先は、トランプの看板となったテレビ番組におよんだ。
「冗談はさておき、われわれは、これまでのドナルドの立派で幅広い経歴を知っています」
として、最新の『アプレンティス』(編注:04年から10年間、トランプが出演していたリアリティ番組)の放送に触れた。
その回は、男性チームと女性チームが、ステーキハウスで即興の料理を提供した。だが、男性チームが敗北に終わる。その負けた原因を、男性の俳優のリーダーシップが欠けているとトランプが判断を下し、番組は大団円を迎える。
そこでオバマが真面目な顔で言う。
「こうしたことが心配になって、私は夜も眠れないのです。しかし、あなたの判断は間違っていませんでした」
聴衆が再度、爆笑した。
最後にもう一押し。
「もしトランプ氏が、ホワイトハウスの住人になれば、たしかに変化をもたらすでしょう」
そう言って、「トランプ・ホワイトハウス・ホテル・カジノ・ゴルフコース」と文字を入れたホワイトハウスのイラストを会場のスクリーンに映し出した。カジノで何度も破産しているトランプへの強烈な当てこすり。
トランプは満座の中で笑い物にされた。
オバマの毒舌と聴衆の笑い声に、サンドバッグのようにめった打ちにされた。トランプ、完敗である。
それまで1カ月以上にわたり、トランプが渋面を作って並べ立ててきた陰謀論を逆手に取り、そのすべてを笑いに変換するオバマの話術はトランプより一枚上手だった。役者が違った。古今東西、笑いの前で怒りはその力を失うものだから。
上機嫌で会場に入ってきたトランプは、しかし、オバマがスピーチを始めると、表情が固まり、それから、頭から湯気が出そうなほどに怒気を含んだ表情へと変わった。
復讐を誓った夜
この日、たまたまトランプの近くに座っていた雑誌ニューヨーカー誌の記者は、こう書く。
「トランプが受けた屈辱はあまりに絶対的で、私がこれまで見たこともないほどだった。さらし台に首を乗せられた男のように、笑いの波が襲ってきたときも、表情を変えることがほとんどなかった。うなずくことも、手を叩くことも、元気なふりをすることも、気弱に笑ってみせることもしなかった。トランプはあごを引いて、じっと座って怒りに耐えていた」
トランプはなによりも、物笑いのタネになるのを嫌った。
姪で、心理学者のメアリー・トランプは、叔父のトランプを描いた『世界で最も危険な男』で、トランプの無謀な誇張癖や分不相応な自信の裏には、病的な弱さと不安を隠しており、そのために、笑われたことは何年たっても執念深く覚えている、と指摘している。
この時の恥辱を受けたことが、トランプが16年に立候補する原動力となった、とニューヨーク・タイムズ紙は書く。
「あの夜、公の場で受けた屈辱は、トランプを政治の世界から遠ざけるのではなく、政界で確固たる地位を手に入れようとする獰猛なまでの努力を加速させた」(16年3月13日付)
トランプの政治アドバイザーであるロジャー・ストーンは、テレビ番組で直截にこう語っている。
「トランプはあの夜、(16年の)大統領選に出馬しようと決意したんだ、と考えています。笑い物にされたことで、やる気になったんでしょう。大統領選挙に立候補して、皆に目にもの見せてやろうと」
それはトランプにとって究極の復讐を誓った夜となった。次の16年の大統領選挙で当選して、現職大統領のオバマから、直接、ホワイトハウスの鍵を受け取る。それによって、今までトランプを馬鹿にしてきた政界関係者やマスコミ、批評家たちに一泡吹かせよう、と固く決心した。世界で最大の権力者である大統領の座に就くことでしか、トランプの受けた恥辱を拭い去ることはできなかった。
そう、トランプは復讐を果たすために大統領になることを決心したのだ。
翌12年11月、共和党の大統領候補だったミット・ロムニーが、現職大統領のオバマに敗れ去るのを見届けると、トランプは、ロナルド・レーガンが1980年に選挙に用いた「アメリカを再び偉大な国に!」というスローガンを商標登録して、16年の大統領選挙での雪辱を誓った。
(横田 増生/Webオリジナル(外部転載))
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