平凡なタクシー運転手でも〈資産2億円〉中国流「成り上がり」テクとは?
文春オンライン / 2025年1月31日 6時0分
©AFLO
長らく続いた不動産バブルが崩壊し、今世紀最大の分岐点を迎えた中国経済。不動産さえ買えば誰もが富裕層になれた、“チャイニーズドリーム”はもはや存在しない。世界を翻弄する大国はどこに向かうのか。
ここでは、梶谷懐氏、高口康太氏による新刊『 ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界 』(文春新書)を一部抜粋、加筆編集して公開する。(全2回の1回目/ 後編を読む )
◆◆◆
「歴史のゴミ時間」……昨年夏に中国で流行したスラングだ。もう、なにもかもうまくいかない、がんばっても成果のえられないどうしようもない時代が歴史上、何度も出現している。中国は今、まさにその状態なのだ、という愚痴だ。
論理的な議論とは言いがたいが、そのぼやきは理解できなくもない。というのも、20世紀末から2020年まで、この20年間は平々凡々な人間であっても、簡単に大金を手に入れられる黄金時代だったからだ。
エリート研究者よりも豊かな人
「アメリカンドリームをつかみたい。北京の実家を売り払って、男は単身米国へとわたった。それから数十年もの間、必死に働いて男は成功者となった。老後は故郷でのんびり暮らそうと男は北京へと戻った。しかし、米国で稼いだ全財産を注ぎ込んでも実家を買い戻す金には足りなかったのであった……」
これは中国では有名なジョークだというが、現実も似たようなものらしい。中国政府は2011年から、海外の研究者を引き抜くプロジェクト、千人計画を行っていた。外国人の研究者も招聘しているが、主な狙いは中国人研究者の奪還だ。中国人のトップ研究者の多くは留学し、海外の大学、研究機関でポストを得ている。手厚い研究費や住宅購入補助金などの好待遇で彼らを呼び戻そうというわけだ。
ただ──。
「千人計画で引き抜かれるエリート研究者よりも、ずっと中国に住んでいる平凡な研究者のほうがお金持ちなんですよ」
中国の大学に勤める日本人研究者は話す。月給だけなら海外帰りのスター研究者のほうが一桁上でも、資産の点ではそうではない。中国国内の一等地にマンションを所有するベテラン教師にはとても勝てないのだとか。彼らの多くは何十年も前にマンションを手に入れているが、福利厚生住宅という名目で市場価格の数分の一で購入できたので、元手もかかっていない(この制度は十数年前に廃止された)。ベテラン教員は研究レベルは二流でも、保有資産は一流というわけだ。
月収を上回る住宅ローンを組んででも…
教員だけではない。価格上昇初期に不動産を購入できた人は、今ではみなが資産家だ。忘れられないエピソードがある。数年前、深圳市でタクシーに乗った時の話だ。おしゃべり好きの運転手が身の上話をし始めた。もともと人民解放軍の兵士として駐屯したのが深圳生活の始まりだった。除隊後、小さな左官屋を始めた。建設ラッシュに乗って仕事は拡大し何人も人を雇うようになったが、次第に競争が激しくなり、素人経営では太刀打ちできなくなり、会社を潰してしまった、と。今はタクシー運転手で日々の生活費を稼ぐのがやっとです……との言葉に、なんと返事をしていいのかわからず、しばらく沈黙の時間が続いたが、運転手は窓の外を指さして言った。
「高層マンションがあるでしょう? あそこに自宅があります。2部屋買いましてね。自分用と息子夫婦用です。価格ですか。今は1部屋2億円ぐらいかな(笑)。買った時の何十倍になりましたよ」
しんみりとした空気からのどんでん返しに思わず吹き出しそうになった。
「房奴(ファンヌー)」(住宅ローン奴隷)なる言葉が流行語となったのは2007年のこと。毎月の返済額が世帯収入の過半を超えるという、無理な住宅ローンを組んだ人々を指す。50%どころか、月収を上回るほどの過酷な返済計画で家を買ったというエピソードもしばしば伝えられた。こうしたニュースは「非理性的な住宅購入はやめましょう」というメッセージとともに報じられていたが、現時点で評価すれば「房奴」は勝ち組である。当時は無茶な買い物に見えたかもしれないが、不動産価格はその後安定して値上がりし続けた。無茶だろうがなんだろうが、早く買えば買うだけ得だったのだ。
中国不動産市場は2021年後半を境に下落し、今なお低迷が続いている。もう黄金時代は戻ってこない……との認識は広がっている。では不動産が生んだ「チャイニーズドリーム」はどのように変わっていくのか。 後編 でお伝えしたい。
〈 〈湾岸タワマンを2部屋大人買い〉中国“庶民”の意外な資金源 〉へ続く
(梶谷 懐,高口 康太/文春新書)
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