「イチローはメジャーでは控え外野手だ」低評価に反して3089安打を放った“イチ流”の「自分を見失わない力」
文春オンライン / 2025年1月30日 11時0分
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イチロー(鈴木一朗氏)が日本選手として初めて米国野球殿堂に入った。3089安打という圧倒的な通算成績で得票率は99.7%(1人を除いて投票)だった。
だがプレーした2001~19年の米大リーグは、決してイチローの打撃スタイルが高く評価される時代ではなかった。渡米直後から万人に認められた守備力と違い、打撃では打ちまくることで年々評価を高めた。リーグのトレンドや周囲の評価に影響されず異端を貫く意志と、日々変化して対戦相手を上回る柔軟さの両方を持ち合わせ、最終的に誰もが認める3000安打という数字を残した。
昨年12月、マリナーズのスター外野手、フリオ・ロドリゲスがTBS系の番組でイチローから受けたアドバイスについて語っていた。「自分を見失わないこと」。これこそイチローのもっとも際立った資質であり、武器だった。
「メジャーでは控えの外野手」
イチローがオリックスで5年連続首位打者となり大リーグ挑戦が現実味を帯びてきた1998年11月、日米野球が開催され、その年66本塁打を放ったサミー・ソーサ(カブス)らオールスター級の選手が来日した。日本の報道陣だけでなく、米国の記者が伝えたのも「イチローはメジャーで通用するか」だった。
大リーグ選抜を率いたインディアンスのマイク・ハーグローブ監督は、イチローについて「ランナーとしては平均以上だし、ライトでは平均以上の肩を持っている。それでもメジャーでは4人目(控え)の外野手だろう」(ニューヨーク・タイムズ1998年11月20日)と率直に話した。初球から振りにいくアプローチや長打力の不足が物足りなく映ったのだろう。
1998年の大リーグはパワーが全てを凌駕したシーズンだった。マーク・マグワイア(カージナルス)がソーサと本塁打王を争い、70本のシーズン記録を達成して国民的英雄となった。8月にAP通信の報道で筋肉増強剤アンドロステンジオンの使用が発覚したが、バド・セリグ・コミッショナーが薬物使用を擁護する声明を出し、記録達成を後押しした。マグワイアは薬物使用を認めた最初の現役選手となり「公然の秘密」が「公認」となった。
「メジャーは、どの薬も禁止していない」
マグワイアの薬物使用発覚の約1カ月前に陸上男子砲丸投げの金メダリスト、ランディ・バーンズ(米国)が同じ薬物の使用で無期限資格停止処分を受けていたが、大リーグの盛り上がりには何ら影響がなかった。
日本のマスメディアも「薬物の使用問題もあったが(中略)大記録には、やはり『敬礼!』である」(朝日新聞「天声人語」)、「合法的な筋肉増強剤の一種を使っていると伝えられたが、本塁打は筋肉だけのたまものではない」(読売新聞「社説」)と薬物使用を擁護した。
年が明けて1999年2月、オリックスは業務提携を結ぶマリナーズのキャンプにイチローら3選手を送った。さながら大リーグを目指すイチローの展示会となったアリゾナ州ピオリアから、当時の大リーグの空気を物語る「イチローは今の体形で十分 薬物使用が盛んな米国」という記事(共同通信3月1日)が出ている。
マリナーズのヘッドトレーナーが「薬を使ったとしてもマグワイアにはなれないよ」と話したことを紹介し、イチローに筋肉増強剤は不要だと伝えている。トレーナーはイチローには薬物を勧めないと言いながら、一般論として「メジャーは、どの薬も禁止していない。個人の意思で使いたいなら正しい知識を与え、使うなという権利はない」と語る。これが大リーグの常識だった。
マグワイアの腕の太さは「前腕44.5センチ、上腕50.8センチ」(日刊スポーツ1998年9月4日)である。米国人が180センチ、71キロのイチローを見て「メジャーでは通用しない」と思っても、無理もないことだった。
この2年後、バリー・ボンズ(ジャイアンツ)が73本塁打を放った「ステロイド時代」の最盛期に、イチローはマリナーズ入りした。7年連続首位打者となった日本史上最高のヒットメーカーのパワー偏重の大リーグへの挑戦の始まりだった。
数でパワーをしのぐ
2000年11月、ポスティング制度でマリナーズがイチローとの交渉権を獲得した。11月10日付のニューヨーク・タイムズは入札球団はマリナーズ、エンゼルス、メッツ、ドジャースの4球団だったと伝えている。日本で7年連続首位打者の実績は驚異的だが、30球団中26球団は獲得に動かなかった。身体サイズが大リーグの平均からかけ離れており、長打が望めそうもないため、得点との相関が高いと重視されるOPS(出塁率+長打率)で高い数値が見込めないと判断されたのだろう。
多くの球団が見抜けなかったのは、圧倒的な単打の量で、長打に匹敵する数値を残せるということだ。イチローは「この細い腕でホームランは打てない。内野手、あわよくば外野手の間を抜いて二塁打、三塁打とできれば」(共同通信2000年12月6日)と抱負を語った。
その言葉通り、安打を重ねた。2001年4月2日のデビュー戦で2安打を放つと、4月22日から5月18日まで23試合連続安打。8月にも21試合連続安打を記録した。終わってみれば、リーグ最多の242安打で首位打者、新人王でMVPだった。
初対戦の投手がほとんどで、打ちにいくより球を見ることが多くなると思われた。しかしイチローの対応はまったく逆だった。初球からバットを振りまくった。初球打ちで記録した安打は全カウント中最多の43本で、初球打ちの打率は4割3分4厘。見るどころか、持ち味の積極性に拍車がかかった。2年目にルーキーシーズンを振り返り「相手がどんな球を持っているか分からないので、打てる球を打てるときに打たないと」(共同通信2002年5月27日)と早打ちの意図を説明した。
積極打法を解き放ったことで、オリックス時代にワンバウンドの球をヒットにした異次元のバットコントロールが大リーグでも生きた。平均を100として120でオールスタークラスと言われるOPS+は126。25本塁打、110打点だったチームメートのマイク・キャメロンを上回った。本塁打はわずか8本でも単打を量産することで、長打率4割5分7厘もリーグ平均を軽々とクリアした。
「体もそうですが頭がそれ以上に固くなっていく」
対戦相手はデータを基にチームを挙げて対策を練り、配球だけでなく守備位置なども工夫した。だがイチローはそれらを乗り越え、200安打、打率3割、ゴールドグラブ賞という、とてつもなくハードルが高い「イチローらしい成績」を10年間残し続けた。対策を立てられるということは、同じような成績を上げるには、自分が成長を続けなければならないということである。
大リーグ記録を更新する262安打を放った2004年11月、共同通信のインタビューに「何年もプレーした選手は体もそうですが頭がそれ以上に固くなっていく。自分がそれまでやってきたことを信じたい。それで前に進めなくなる。でも、常に何かを探していないと自分が驚くようなものは見つけられない」と語っている。逆説的な言い方になるが、自分らしくい続けるためには常に変化を厭わなかった。
ただ、これだけの成績を上げても、独自の打撃スタイルゆえ、理解を得られないことはあった。日米野球でイチローを「メジャーでは4人目の外野手」と評価したハーグローブ監督は、2005年にマリナーズの監督となり、選手の初球打ちを戒めたと報じられた。自身が選手時代にリーグ最多四球を2度記録した典型的な「待ち球」タイプの打者だったこともあるが、当時はリーグ全体に「待ち球」打者を重宝する傾向が強まっていた。三振が増えても「待ち球」打者の方が四球・長打が増えやすく得点につながるという統計があったからだ。
松井氏「イチローさんにしか分からない打ち方」
もっとも、イチローが持ち味の積極性を捨て「待ち球」に転じても好結果にはつながらなかっただろう。そこは自分の持ち味を知り、守り続けた。自分を知り、自分を見失わなかったのだ。
統計で有効性を示せない打撃スタイルには、いつまでたっても疑問が呈された。例えば2011年7月9日付のニューヨーク・タイムズは「イチローは四球にアレルギーがあるようだ」と打席での積極性をネガティブに捉え「しばしば物足りなさを感じてしまう」とまで書いている。10年連続で200安打を記録しても、異端に向けられる視線は変わらなかった。ただこの時期になると、批判的な記事にも「殿堂入りは果たすだろう」とは記されている。
ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏が引退後に語ったことがある。「イチローさんより足が速い選手はいくらでもいる。ミートがうまい選手もいる。でもイチローさんほどヒットを打つ選手はいない。イチローさんにしか分からないヒットの打ち方があるのだと思う。それは僕にも分からない」。誰にも分析できない打撃で、誰もが認める成績を残した先に、殿堂があった。
(神田 洋)
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