4歳で父親が他界、母親は出稼ぎに行き1人で育った男性を…「僕の元で育てようと決めた」映画と現実で重なる“兄弟愛”
文春オンライン / 2025年1月31日 11時0分
ジン・オング監督 ©2023 COPYRIGHT. ALL RIGHTS RESERVED BY MORE ENTERTAINMENT SDN BHD / ReallyLikeFilms
マレーシア・クアラルンプールの富都地区にあるスラム街に暮らす、身分証明書(ID)を持たない義兄弟のアバンとアディ。その過酷な運命を描いた『Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり』は、これまでプロデューサーとして活動してきたジン・オングの監督デビュー作だ。
「監督として映画を作ると決めた時から兄弟愛を軸にしたい、その兄弟を通してマレーシア特有の社会問題を語りたいという構想を持っていました。中華系社会ではドライ・ブラザー(乾兄弟)という関係があります。血は繋がっていないけれど、深い繋がりを持つんです」
堅実な兄アバンと無鉄砲な弟アディ、母親代わりのトランスジェンダーのマニーは家族として支え合って生きているが、ある事件が起き、アバンはアディを守るため命懸けの決断をする。
「これは血縁とは何か、という問いでもありました。実は私は若い頃、マレーシアから台湾に出稼ぎに行っていたんです。そこで身寄りのない僕を気遣い、ケアしてくれたのはフィリピンの人たちでした。異国の地でお互いを庇い合い、支え合った経験から、血縁が全てではないと思うようになったんです。これは体験しないとなかなかわからないものですし、私も地元を離れたからわかったこと。映画の中にも色々な出稼ぎ労働者が出てきますが、これはアバンとアディだけの物語ではなく、みんなの物語でもあるんです」
音楽を手掛けた片山凉太は、映画の兄弟と似た境遇にあったという。
「片山さんは父親が日本人で母親がマレーシア人。でも4歳で父親が他界し、母親はオーストラリアに出稼ぎに行ったため、1人でマレーシアで育ったという過酷な生い立ちの人です。IDは色別に5種類あり、彼のIDは赤。居住権はあるけれど市民権がなく、色々と制限を受けています。親が外国人の場合そうなることが多く、長年マレーシアでも議論になっています。この映画がヒットしたおかげで、法改正の動きも出てきました。出会った時、彼はCDデビューしたもののコロナ禍で売れず失業状態でした。でもとても才能がある。元々私は音楽業界にいたので、片山さんを僕の元で育てようと決めたんです。もう弟のようですね」
聾唖のアバンを演じるのは台湾の人気俳優ウー・カンレン。この作品で台湾の金馬奨主演男優賞を受賞した。報われない人生を目と手話で語るモノローグは圧巻だ。
「彼はアバンを演じたいと自ら申し出てくれたんです。マレーシアの手話は独特なので大変だったと思いますが、彼の演技で現場がみんな泣いてしまい、カットと言うたびにティッシュを配るほどでした」
その視線の演技はどこかトニー・レオンを思わせる。
「香港の映画祭で、トニー・レオンさんが『僕はこの映画を切符を買って映画館で観て、感動しました。2人の演技を讃えたいです』とわざわざ言いにきてくれたんです。もう私たちは夢の中にいるようでしたよ」
Jin Ong/1975年、マレーシア生まれ。監督・脚本・プロデューサー。『分貝人生 Shuttle Life』、『ミス・アンディ』などマレーシア社会の複雑さを訴える映画をプロデュース。本作はイタリアのウディネ・ファーイースト映画祭はじめ20以上の映画賞を受賞した。
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映画『Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
1月31日公開
https://www.reallylikefilms.com/brother-pudu
(石津 文子/週刊文春 2025年2月6日号)
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