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「弱者男性」は有害? 外国人への「日本語お上手ですね」はほめ言葉? SNSで“正論を振りかざす”人々へのモヤモヤ

文春オンライン / 2025年2月2日 6時0分

「弱者男性」は有害? 外国人への「日本語お上手ですね」はほめ言葉? SNSで“正論を振りかざす”人々へのモヤモヤ

『モヤモヤする正義 感情と理性の公共哲学』(ベンジャミン・クリッツァー 著)

「文化とか信仰が違っても落としどころを見つけるために、敢えて自分の信仰とか文化を抜きにして、妥協点を探りつつ、コミュニケーションし合うことで理性的な見解が形成されるような社会を目指すというのがこの本を書いた目的です」

 現代のリベラリストの代表格であるジョン・ロールズのいうこの〈公共的理性〉こそが今最も必要とされている規範であると語るのは『モヤモヤする正義』の著者ベンジャミン・クリッツァー氏だ。日本人は〈日本人特権〉を考えることはめったにないが、京都生まれ、京都育ちの著者は、さまざまな特異な経験をする。

 本書にはキャンセル・カルチャー、ポリティカル・コレクトネス、マイクロアグレッション、アファーマティブ・アクション、トーン・ポリシングなど、一見知っているようだが理解しているとは言い難い理論や概念が、著者の人生経験も事例として挙げながら示される。単なる論考に終わらず、自分の考えを明確に述べ、さらに具体的な打開策を志向し、提言する度胸は称賛に値する。

「マイクロアグレッション」は、無意識の何気ない言動に「敵意」「侮辱」などが含まれていると告発する理論だが、マイクロアグレッションが厄介なのは、加害の基準の提示抜きで「被害を感じた」ことだけを根拠に他人を批判できてしまうことだ。外国人に対して「日本語お上手ですね」と誉め言葉のつもりで言ってもそれがマイクロアグレッションになる可能性があるというから、ことは単純ではない。

「弱者男性」はモテない男性への罵倒にもよく使われるが、それがもたらす有害な影響についても真正面から議論し、核心を鋭く突いている。

 極端で過激な言説が瞬く間に広がっていくのに、SNSの発達は無視できない。昨年米大統領選や兵庫県知事選でその影響力が注目された。SNSのおかげで社会に対する不満や言説を誰もが自由に言える時代にはなったが……。

「本来社会に対する不満を口に出すことは民主主義社会のあるべき姿です。でも自分の主張を正論であるかのように振りかざして相手を黙らせようとし、反論を受けつけないのは、世の中をよくするのとは真逆の方向に行っています」

 しかもこちらが顔出し実名で議論しているのに、相手は匿名だから始末が悪い。

「アメリカではXは実名、顔出しでやっている人が多いですが、日本は圧倒的に匿名でやっています。それが日本のネット状況を悪くしていると思います」

 さらに「例えば男性が、女性のあなたにはわからないと一蹴するのではなく、個々の立場を離れて、〈我々の社会はどうあるべきか〉という理念を提示した上で、相手の感情ではなく理性に訴えることが重要です」と著者は強調する。

 そもそもXでは文字数が少なすぎてまともな議論はできない。論文や本などフォーマルになるほど議論の精度が上がっていく。しかしフォーマルな議論の場であるはずの学界でもキャンセル・カルチャーは起きているという。

 自分の主張をまるで真実であり正義であるかのように振りかざす前に〈あえていうなら、主観や感情を批判するならまずはその矛先を自分に向けることからはじめるべきだ〉という著者の言葉は万人に当てはまるだろう。著者の提言を理想論として捉えるのではなく、自分でも実践できるものとしてていねいに本書を読めば、正義に対するモヤモヤする気持ちが晴れることは間違いないと思う。

Benjamin Kritzer/1989年、京都府生まれ。同志社大学グローバル・スタディーズ研究科修了。哲学者、書評家。哲学に、進化論・心理学・社会学などの知見を取り入れ、社会や政治と人生の問題を考察。著書に『21世紀の道徳』、論考に「感情と理性:けっきょくどちらが大切なのか?」(『群像』2022年7月号所収)などがある。

(大野 和基/週刊文春 2025年2月6日号)

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