「ありがた山の鳶がらす」は実はフライング…? 大河ドラマ「べらぼう」が史実に忠実なところ、アクロバティックに歴史改変したところ
文春オンライン / 2025年2月2日 17時0分
横浜流星が演じる蔦屋重三郎 「べらぼう」公式サイトより
アッ、うまいことやりよった! クソッ、そうきたか! エエッ、これはないだろう!
日曜の宵、我が家は物情騒然、それというのもNHK大河ドラマ「べらぼう」を毎週欠かさず観ているから。呆れた妻は第2回から別室へ移り、ネット配信でこの番組をみるようになった。第3回からは愛猫までもが姿をくらました。
それでも私はテレビに向かって雄叫びをあげるのを止めない。
何しろ私は蔦屋重三郎の生涯を小説、選書、夕刊紙連載さらにその単行本化と、のべ4回も手を替え、品を替えて描いてきた。
書店に並ぶ同工異曲の本はすべて商売敵の心構えでいる。ましてや、大河ドラマに至っては「相手に不足なし」、ついファイティングポーズをとってしまう。
「ありがた山の鳶がらす」はもしかしてフライング?
そんな私だが、感心してしまったのは蔦重をはじめ皆の放つ「地口」だった。これが格好のスパイスになっている。
地口というのは江戸ならではの洒落言葉、古典落語でしばしば耳にするが、江戸時代どころか昭和の下町でもけっこう使われていた。
「ありがた山の寒がらす」
「そう、うまくは烏賊(いか)の嘴(くちばし)」――これらは初回放送の蔦重のせりふ。
「呆れがとんぼ返りで礼に来る」は平賀源内が2回目で披露。
「それだけは、いうておくれな小夜嵐(さよあらし)」を口にしたのは3回目の駿河屋次郎兵衛。
とはいえ、蔦重が2回目で「ありがた山の鳶(とんび)がらす」と口走っていたのはちょっと気になった。
この地口の初出はおそらく恋川春町の黄表紙『金々先生栄花夢』。となれば『金々先生栄花夢』の開板は安永4(1775)年、蔦重が吉原細見『細見嗚呼御江戸』と関わる第2回は安永3年の話だから、明らかなフライング……。
でも、春町が書く以前から有名な地口だったという解釈なのかもしれない。
春町という文と画をこなす才人は、いずれ重要人物として登場してくる。彼は黄表紙つまり江戸のコミック本あるいはライトノベルの元祖で一大ブームを巻き起こした。そのうち春町と黄表紙つながりで朋誠堂喜三二や山東京伝こと北尾政演ら時代を彩る文人たちが「べらぼう」を賑わせるはず。
春町を黄表紙に起用した大手板元は鱗形屋孫兵衛。この本屋、蔦重を吉原細見の販売や改所(編集プロダクション)として便利づかいするだけでなく、蔦重が築いた吉原の販売テリトリーも手にしようと奸計をめぐらせている。
「気風がよくてべらんめえ」という江戸っ子像ができたのは蔦重の時代
日常的に地口を使っていた江戸っ子の、「気風がよくてべらんめえ、宵越しの金をもたねえ」というテンプレートは、蔦重の時代にできあがった。
徳川家康の江戸開府から150年以上、3代にわたって江戸で生まれ育った人たちの心意気は「粋と通」に代表される。反対に「無粋や野暮」はサイテー扱いだ。
当時の江戸は人口100万人を超え、京や大坂どころかロンドンやパリをも凌駕する大都市だった。もちろん日の本の政治、経済の中心地でもある。それでも江戸っ子の常套句は「地口」といわれたし、蔦重が扱う黄表紙や細見、遊女名鑑などは「地本」、酒だって「地酒」、女房や娘たちまで「地女」と呼ばれていた。
「地」には田舎のニュアンスが色濃く、上方からみた江戸への蔑視が込められている。
しかし蔦重の時代には、そういった京・大坂至上主義に翳りがみえ始める。上方から「下ってくるもの」が上質&上等で、江戸の産物はバッタ物、つまり「下らない物」という価値判断が通用しなくなっていく。
江戸の産物は格段にレベルアップ、江戸っ子のプライドも高くなってきた。地本が愛されたのも当然の成り行き――蔦重はそんな機運に乗じて江戸っ子を魅了する。吉原から日本橋へ、江戸でいっち(一番)の本屋へのし上がっていくのだ。
「百川」は日本橋の高級料亭で、江戸のセレブが集う名店
「べらぼう」の展開はめまぐるしい。コミックさながら、次々にシーンが変わっていく。そこに新しい大河ドラマへの意気込みが感じられる。
でも、展開の早さゆえに、伏線を張りながら回収しきれていないところ、解説不足な点もチラホラ見受けられるのはもったいない。初回で廓の顔役たちが宴席をはったシーン、その食膳にのぼった「百川」は好例。
意味ありげに写されたひょうたん型のトレードマーク。これに関しては何の説明もなされなかった。
百川は日本橋にあった高級料亭で江戸のセレブたちがこぞって足を運んだ名店だ。同名の落語になっているし、蔦重と深い関係の大田南畝も贔屓にしていた。
南畝といえば、黄表紙と共に天明期(1781~89)のトレンドとなった狂歌の頭領格。
蔦重は南畝を取り込むことで狂歌師たちを掌握、天明文壇というべき文芸サロンのパトロンに収まる。で、南畝と有名料亭の関係だが――彼は「山手連」なる狂歌のグループを率い、毎月のように百川で狂歌の会を催していた。宴席には蔦重だって何度も顔を出したことだろう。
思いっ切り振り切ったなぁ、と感心したのは平賀源内の扱いだ。
史実で明確になっている蔦重と源内の接点は吉原細見『細見嗚呼御江戸』の序文くらい。その以前も以降も、さほど親密な間柄にはなっていない。でも「べらぼう」での源内は、スタート時からキーパーソンとして、頻繁に、濃密に蔦重と関わってくる。
おかげで源内が男色家ということまで暴露されてしまった。
しかし、彼がホモセクシャルだったのは歴然とした事実。吉原細見で徹底した遊女のリサーチをこなした蔦重に負けじと、陰間茶屋(男娼を置く妓楼)のガイドブック『男色細見』において、江戸の葭町(よしちょう)で67人、湯島天神の42人ばかりか上方へも触手を伸ばし京の宮川の85人、大坂の道頓堀は49人と三都の陰間を詳細にリサーチしてみせた。
源内が、恋人と噂された女形役者の2代目瀬川菊之丞を主人公に、BL小説『根南志倶佐(ねなしぐさ)』まで書いていることも附記しておこう。
それにしても、源内役の安田顕はおいしい役をゲットした。飄々たる怪演ぶりが愉しみでならない。
実際の田沼意次は陳情者に「人とも思わぬ態度」で接した?
源内は、田沼意次による政治工作のキーパーソンでもある。私は「べらぼう」における源内の重用が「田沼意次を登場させるフック」に他ならないと睨んでいる。
というのも、近年になって歴史学者の間では、貨幣経済への移行や商業振興といった面での田沼再評価が盛ん。賄賂政治家のレッテルを貼られがちだった田沼像に新解釈を与えることが、大河ドラマのお手柄になる可能性はある。
それに“国際俳優”の渡辺謙に田沼役をオファーした以上は人物造形を蔑ろにできるはずがない。昭和の時代劇の悪代官みたいな設定では受けてもらえまい。さらに、田沼絡みで将軍に御三卿、大奥を巡る陰謀策謀を描けば、先行する蔦重を描いた映画や数多の出版物との差別化も図れる。
「べらぼう」の脚本家は「JIN‐仁‐」「大奥」といった江戸の時代物を自家薬籠中の物としているだけにこれぞ、一石三鳥。NHKにすれば「これしか中橋(なかばし)」、かくいう私は「恐れ入谷の鬼子母神」。
田沼がらみといえば――初回で蔦重が田沼に直訴するシーンは「時代改変」「ありえない」と物議を醸した。歴史ファンにすれば、吉原のチンピラが時の老中に談判なんて噴飯物でしかあるまい。
コミックなら許される荒唐無稽も、大河ドラマではまだ批判されるようだ。でも、この手法は「どうする家康」や「光る君へ」などでお馴染みではある。となればNHKは確信犯で、時代改変路線を伝家の宝刀にするつもり?
参考までに田沼の屋敷での陳情がどんな様子だったか、“歴史的事実”を紹介しておこう。平戸藩9代藩主の松浦清(まつらきよし)が『甲子夜話』第二巻に書いたエピソードだ。
松浦の殿様は田沼に取り入ろうと彼の上屋敷を何度も訪れた。だが、田沼屋敷は同じ思惑の大名や旗本で千客万来、30人はゆったり座れそうなスペースに、来客が何列にもぎっしり並んでいる。それどころか、座敷に入りきれぬ者は廊下にまで溢れ、田沼が現れても顔すら拝めなかったらしい。もちろん、田沼に群がった面々は「心を尽くしたる」献上物を手にしていた。
そして、田沼は陳情者に対して人とも思わぬ態度で接したという。
蔦屋重三郎は「風流も文才もない」が「諸才子に愛された」人?
肝心の主人公・蔦重の一生は判然としていない部分が多い。
まず、彼の出生から少年期はわからないことだらけ。形がみえてくるのは20歳を過ぎ、貸本屋になる頃からだ。
蔦重は数え48歳で逝き、死後に建立された墓碣銘に略歴が刻まれた。もうひとつ、蔦重の母の顕彰文にも少しだけ人となりが記されており、いずれも「ポジティブでアイディア豊富」「太っ腹」とか「律儀」などと讃えられている。
しかし前者は狂歌師の宿屋飯盛こと石川雅望(まさもち)、後者が南畝という蔦重と極めて親密な関係にあった人物が筆をとっている。彼らが故人の悪口を書くわけはないから、文言を鵜呑みにはできない。
あとは曲亭馬琴の『近世物之本江戸作者部類』などの蔦重評が参考になるくらい。馬琴は蔦重について「風流も文才もない」と手厳しい。ただ、「諸才子に愛された」キャラで「出した本はトレンドにマッチし」「江戸でトップを争う本屋になった」と証言してくれている。
「豪胆な性格」「一代で大成功をおさめた」さらに「吉原で身を持ち崩すのが定番だけど、蔦重だけは吉原から立身出世してみせた」とも――。蔦重が稀代のビジネスマンだったことは間違いない。
それでも、蔦重が大河ドラマの主人公と発表された時、知名度の低さ、武将や英傑でない点を憂慮する声は少なくなかった。確かに、その意味では「大河ドラマ向き」とはいえないだろう。だが、蔦重は前述した面々や喜多川歌麿、東洲斎写楽、十返舎一九らスター文化人たちを陰で支えた張本人。
蔦重がいなければ化政文化のドアは開かなかった。
大河ドラマが市井の人、しかも商売人を取り上げる例は珍しい。
過去には「黄金の日日」で海外飛躍した堺商人の呂宋助左衛門、日本に資本主義をもたらした「青天を衝け」の渋沢栄一がいたけれど、蔦重とはポジショニングが異なる。
蔦重は大所高所からものをいわず、あくまで庶民レベルの視線を崩さなかった。ポップカルチャーだった戯作や浮世絵で世間を賑わせ、出版統制や綱紀粛正を強いる御上に対しては反骨ぶりを発揮、徹底的に揶揄したところに妙味がある。
おまけに、蔦重が世に問うた戯作は時代改変、人物のキャラ変なんぞお手の物。
寛政の改革をおちょくってキツいお咎めを喰らった『文武二道万石通』(喜三二)、『鸚鵡返文武二道』(春町)、『天下一面鏡梅鉢』(唐来参和)の三部作はその代表作、時代設定から登場人物までやりたい放題だ。松平定信や11代将軍家斉(いえなり)、田沼に当て擦って源頼朝に醍醐天皇、菅原道真、源義経たちが入り乱れる。
蔦重が「べらぼう」のことを知ったら、きっとこういうはずだ。
「令和に私のドラマとは、ありがた山の、かたじけ茄子(なすび)。どうぞお好きにつくってください。おもしろけりゃ極上々吉。大当たりのコンコンチキを期待しております」
(増田 晶文)
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