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「爪も黒くなるし、皮膚もボロボロになる」と…ステージ3乳がんの梅宮アンナ(52)が語る、つらい抗がん剤治療と母に切ってもらった髪《独占取材》

文春オンライン / 2025年1月31日 7時0分

「爪も黒くなるし、皮膚もボロボロになる」と…ステージ3乳がんの梅宮アンナ(52)が語る、つらい抗がん剤治療と母に切ってもらった髪《独占取材》

梅宮アンナさん 

〈 「パパのとこに行けるなら、もう別にいいかな」と…ステージ3乳がんの梅宮アンナ(52)が明かす、父への想いと闘病への決意《独占取材》 〉から続く

 ステージ3の乳がんを公表した梅宮アンナ。7月に主治医から病名を聞かされた時は「やっと私の番が来たか」と思ったという。計6度のがん手術をした父・辰夫ら家族への想い、闘病への決意を90分、赤裸々に明かした。(全2回の2回目/ 最初 から読む)

初出:「週刊文春」2024年8月29日号

◆◆◆

 19歳でモデルとしてデビューし、パパと一緒にたくさんテレビにも出させていただきましたが、振り返れば芸能界も自分が望んだわけではなく、スカウトされ成り行きで入っただけ。“親の七光り”と言われることもあり、自信がもてず、「この仕事を選んだのは間違いだったかも」という思いを抱えてきました。

 だから乳がんを宣告された時は、「ようやくこのプレッシャーから解放される」と思って、その日は何年かぶりにぐっすり眠れたんです。不思議な感覚でした。

 パパのつらい闘病生活を見ていたからこそ、「死ぬのが怖い」とは思いませんでした。むしろ「パパのとこに行けるなら、もう別にいいかな」って。長生きしたいわけでもないし、髪が抜けるようなつらい抗がん剤治療をしなければならないなら、このまま運命を受け入れてもいいかもしれない、そう思いました。

自分のやるべきことがわかった

〈── そんなアンナの後ろ向きな思いを変えたのが、ある女性の言葉だった。〉

 幼い頃から姉のように慕っている女性にだけ、自分の気持ちを正直に打ち明けました。すると彼女は、「あなた、百々果ちゃんのお母さんだよね。母親が治療を諦めて死んでいった時の、彼女の気持ちを考えたことある?」と猛然と怒りだしたんです。彼女は現在63歳で、幼い頃から何度も手術を乗り越えてきた小児がんのサバイバー。

 今もがんとともに生きる彼女の言葉はとても重く、その一言で、「私、諦めていられない。がんを治さなきゃ」と、前を向くことができた。そうして病気と向き合うことに決めたら、「我慢してまで生きても仕方ない」というパパの考え方とはまったく違う、私の世界が開けました。

 最初にしたのは、ウィッグ探し。髪が抜けてしまうのが怖いなら、それに備えよう! と。いざ探し始めたものの、日本の医療用ウィッグは黒や茶が多く、なかなか私らしい色のものが見つからない。「髪色なんてなんでもいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、私にとっては、今までと変わらない自分でいることが、治癒を諦めないモチベーションにもなる。

 その時に私はようやく自分のやるべきことがわかった気がしたんです。ウィッグや化粧品など、抗がん剤治療中の患者さんが安心して使えて、自分らしくいられるアイテムを紹介できれば、私の経験が少しでも役に立つんじゃないか。今回、SNSでがんを公表したのも、そういう気持ちがあったから。がんになって、新しい世界が開くのは皮肉ですが、このワクワクが治療を頑張る力をくれています。

「私がバリカンやってあげるよ」

〈── アンナの闘病生活は始まったばかり。抗がん剤治療の後には、右乳房の全摘手術も控えている。〉

 抗がん剤治療の効き目は人それぞれで、数カ月で終わる人もいれば、何年もかかる人もいるそうです。

 私はすでに2回、抗がん剤治療を受けましたが、気持ち悪くなってしまい、精神的にも落ち込みました。いつまで治療が続くのだろうかと不安な気持ちもありますが、今日ここへ来る途中、車の窓から「とんかつ」って看板が見えて、食べたいと思えたことがすごく嬉しくて。この食欲が次の抗がん剤に備える自分の武器になる。主治医からは「好きなことをやっていいよ」と言われていますが、自分で「違うな」と感じることはやめたり、自然体で過ごしています。

 一方で、すでに抗がん剤の副作用も出始めています。実は、今朝、シャンプーをしていたらごっそりと抜けた髪の毛が頭の上でドレッドのように絡まってしまって取れなくなったんです。突然のことに思わず、「わー!! 大変!」ってママを呼んでしまいました。いくらリンスをしても取れず、結局、ママに髪を切ってもらいました。そうしたら頭頂部がフランシスコ・ザビエルみたいになって(笑)。だから今日は用意していたウィッグを着けてきたんです。

 アメリカで暮らす娘が今度帰国してくれることになり、「私がバリカンやってあげるよ!」と、頼もしいことを言ってくれ、私も楽しみにしていたのですが。

パパがママと結婚した理由がやっと分かった

〈── クラウディアさんも、「がんと聞いた時もショックでしたが、今朝、髪の毛を切った時が一番悲しくて、涙が溢れました。私が代わってあげられたらいいのにといつも思っています」と語る。家に一人でいると不安になるので、アンナの通院にはいつも付き添っているという。しかし――。〉

 そんなことを言っていますが、病院で抗がん剤治療について「爪も黒くなるし、皮膚もボロボロになってしまう」という説明を聞かされている時、「ひどいね、ママ」と横を見たら、なんとこの人、寝ていたんですよ(笑)。でも、その時、パパがママと結婚した理由がやっと分かった気がしたんです。パパがもし生きていたら、医師からの説明を前のめりに聞いていたと思うんです。過保護のパパのことだから、私の電話も鳴りっぱなしだったかも(笑)。

 でも、病気の人からするといつも気を張るのは疲れちゃう。ママのようなフワフワした人が横にいてくれると、それが癒しになってちょうどいい時もある。ああ、パパはきっと、ママのこういうところに救われていたんだって、自分ががんになって気づきました。

 娘が帰ってきたら、女3人と犬たちとの共同生活が始まります。娘とママはジェネレーションギャップもあって、何かと喧嘩になりがちなので、ドタバタな日々がやってきそう(笑)。でも、家族で力をあわせて、明るくやっていけたらいいですね。天国のパパが、安心できるくらいに。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2024年8月29日号)

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