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「お父さん、ナベツネさんと喧嘩したらあかん。あの人は怖い人や」球界再編騒動でナベツネに抗ったサラリーマンの熱い実話

文春オンライン / 2025年2月7日 6時0分

「お父さん、ナベツネさんと喧嘩したらあかん。あの人は怖い人や」球界再編騒動でナベツネに抗ったサラリーマンの熱い実話

『サラリーマン球団社長』清武 英利(文春文庫)

 長きにわたりメディアと球界に絶大な力を持ち続けた渡邉恒雄・読売新聞主筆が昨年末、亡くなった。彼は約20年前に球界再編とプロ野球1リーグ制を唱えた人物でもあった。

 その渡邉氏の球界支配や球団危機に抗ったサラリーマン社長や球団本部長がいた。いずれも会社員から野球界に転身した異端者である。

 文春文庫『 サラリーマン球団社長 』は、自らの情熱を頼りに球界と球団の改革に身を投じた彼らの献身を描く。本書の著者であり、かつて彼らの同志として改革に挑んだ清武英利氏が当時を改めて振り返る。

◆◆◆

本当の野球ファンは残念がるよ

「お父さん、ナベツネさんと喧嘩したらあかん。あの人は怖い人や」

 阪神タイガース社長だった野崎勝義さんは、妻の艶子さんからそんな言葉を繰り返し聞かされた。2004年のことだ。プロ野球の1リーグ制を牽引した読売新聞グループの総師・渡邉恒雄氏に盾突くな、というのである。

 球春到来を告げる12球団のキャンプが今年も始まった。熱心なファンの間にもプロ野球は2リーグ制、12球団で戦うことが当たり前のように思われているが、それを1リーグにしてしまおうという渡邉氏が昨年末に亡くなったこともあり、私は約20年前、兵庫県の野崎家で交わされた会話を懐かしく思い出した。

「喧嘩したら絶対に負けるよ」

 野崎さんは面と向かって艶子さんに言われ、眼を伏せて聞くこともあった。

「ろくなことないで、ナベツネさんと衝突したら」

「大丈夫や。世論がバックアップしてくれてる。心配することないよ」

 タイガースのような人気球団の社長や家族にとっても、巨大新聞社と球界を牛耳る渡邉氏は恐ろしい存在だったのである。しかも、上司である阪神電鉄会長の久万俊二郎タイガースオーナーは渡邉氏の盟友であった。「東のナベツネ、西のクマ」と呼ばれた実力者だが、「巨人は強い。しかもわがままであるからいけない」とぼやきながら、その後ろにくっついてきた。

 あんまり怖がるので、野崎さんは妻にきちんと説明する必要があった。

「わしは正しいことをしているのや。渡邉さんに反対せんでいて、いまのプロ野球の2リーグ制が1リーグになってまうと、ものすごくプロ野球の縮小になるんや。球団だけが減るんやなくて、選手もぎょうさん減る。本当の野球ファンは残念がるよ。プロ野球そのものに影響あることなんや」

 

10球団になったら広島(カープ)は1年で破綻します

 サラリーマンはどこを向いて仕事をすればいいのだろうか。お客さんか、上司か、権力者かーー。大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併話に始まる球界再編騒動。それを阻もうという野崎さんの闘いは、球団サラリーマンの矜持と力をつくづくと考えさせる出来事であった。

 野崎さんは妻に語りかけた後、タイガース球団や電鉄本社、そして久万オーナーの説得にかかる。1リーグ制を志向すれば、球界は負のスパイラルに陥る、と考えたからだ。

 球団の数を12から10、さらには8つに減らして縮小均衡を保ったとしても、ファンの総数は減り、新たな不入りのカードや弱小球団が生まれる。巨人のような強者は常に残るが、球界は後戻りできないジリ貧状態となる。

 そう考える野崎さんや擁護する役員に対し、タイガースの球団役員会でビジネス優先の発言をした幹部もいる。

「何が正しいかよりも、一番損をしないようにということか」

 野崎さんが、「10球団になったら広島(カープ)は1年で破綻します」と指摘すると、久万オーナーは淡々とした口調で言い返した。

「そうなると広島は存在すること自体に無理がある。潰れても仕方がない。しかし、当球団はそうか否か。必ずしも10億円の減収を恐れない」

 10億円の減収とは、1リーグ制になった場合、セ・リーグの球団からパ・リーグ球団に流出するであろう巨人戦の放映権収入である。野崎さんはその広島カープや中日ドラゴンズなどを次々と巻き込んで、ファンや選手たちの支持を得ていった。

 やがて同志となるカープの鈴木清明球団副本部長(現・本部長)はこの年から睡眠薬と降圧剤を飲みだした。彼は野崎さんと同様に12球団実行委員会のメンバーであった。

 当時のカープは1991年以来、優勝がなかった。巨人戦の放映権料頼みの経営に追い詰められていたところに、1リーグ制論議で球団自体が死ぬか生きるかの分かれ目に差し掛かった。

 その行方は、文春文庫にて刊行された拙著『サラリーマン球団社長』を読んでいただきたい。

 彼らには難問が待ち受けていた。鈴木さんは広島から4時間かけて新幹線で上京し、12球団で唯一、近鉄・オリックス合併そのものに反対論を唱えて孤立した。そのかたわらで「強固な赤ヘル復活」を目指し、松田元オーナーとともにマツダスタジアム建設とチーム革新に乗り出す。

 一方、2リーグ制維持に奔走した野崎さんは、渡邉氏から目の敵にされ、巨人にくっついていこうとする久万オーナーからもこう叱責される。

「君が喧嘩するのであれば勝手にやればいい。渡邉オーナーは怒っていた」。彼も孤立し、前からも後ろからも弾が飛んできた。

 あなたならこんなとき、どうするだろうか。

 情熱を頼りにナベツネ支配や球団危機に抗ったこの2人の物語は、長い時間をかけて彼らから聞き取った実話である。編集者や本屋さんには叱られそうだが、立ち読みでもいいから、彼らの苦闘を知ってもらいたいと思う。

 意地を貫いた鈴木さんは、黒田博樹投手や新井貴浩選手(現監督)らとともに、2016年から球団初のリーグ3連覇を果たした。「ありがとう!」というファンの声が道を覆う広島の平和大通りを、晴れ晴れとパレードした。そして70歳の今年もカープのキャンプ地に立っている。

 野崎さんは83歳。昨年12月、元球団関係者としては唯一、日本プロ野球選手会から「球界再編20周年シンポジウム」に招待された。1リーグ制に激しく抗議してファンの心をつかんだ選手会に「抵抗の功労者」として認められたのだと私は思う。

 彼は直言居士なので、タイガースOB会の行事にも招かれることがないが、するだけのことはした、という満足感がその顔にあふれている。 

(清武 英利/文春文庫)

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