「シルバー民主主義」の限界を超えるには? 鬼才AIエンジニア・安野貴博が語る日本リブート戦略
文春オンライン / 2025年2月8日 10時0分
©AFLO
先の都知事選で15万票を獲得。マニフェストが大絶賛されたAIエンジニア・SF作家の安野貴博さんが、初のビジネス書『 1%の革命 』を上梓した。オードリー・タン氏も絶賛する日本のデジタル民主主義の旗手が打ち出す、超高齢社会における日本の活路とは?
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人口ピラミッドの構造がいびつな時代に
――都知事選のあとからメディアの大きな注目を集めていますが、なぜ今回、未来戦略本なのでしょうか?
安野 昨年、東京都知事選に出たさい、多くの方々から貴重な知見をいただきながらマニフェストを練り上げたのですが、これを一選挙の公約で終わらせるにはあまりにももったいないと思っていました。そこで、改めて「チーム安野」で追加リサーチを重ねつつ、思想的な部分も社会改革のビジョンとしてしっかりと掘り下げ、より多くの人に長くご参照いただけるような書籍をつくることには意味があると考えました。
東京にとどまらず、日本全体のリブート(再起動)戦略として普遍化できる刺激的な方法論を多く盛り込めたと思っています。
――本書の出発点における課題意識として、私たちが生きる超高齢社会 における「シルバー民主主義の問題」を挙げていますね。
安野 まず、今や国民の3割が65歳以上の超高齢社会というのは、日本が世界に先駆けて直面している非常にシビアな現象で、これは我々で解かなくてはならない問題です。少子高齢化社会では人口ピラミッドの構造が極めていびつで、最新の統計(総務省統計局「人口推計」2025年1月報)によると、現在の総人口1億2359万人に対して20~30代はわずか2594万人しかいません。一方、60歳以上は4383万人います。
その人口構造は、多数決をベースとした民主的な意思決定にも大きな影響を与えます。19世紀の政治思想家アレクシ・ド・トクヴィルが民主主義の根本的な欠点として挙げた「多数派の専制」が起こりやすくなってしまうわけです。個々人が自分にとって都合がよい選択が集積されたとき、どうしても短期目線の意思決定になりがちという根本的な問題もここにはあります。
――確かに政治の場面において「今だけ金だけ自分だけ」の短期的な意思決定が多すぎるように思います。
安野 個人にとって最適な選択と、長い時間軸でみた社会全体にとって最適な選択が食い違ってしまうのは、構造上仕方がないことです。「短絡的じゃないか」と個々の道徳性を批判したって意味がありません。私だって今、高齢者だったら全く別のものの見方になっている可能性が高いですし、どんな世代にだって利己的な人もいれば利他的な人もいる。私は、個人の善意をベースにするのではなく、民主主義というシステムそのものをアップデートすることによって、どういう人口ピラミッドの社会であってもうまく機能するように改革するほうが生産的だと思っています。
――ひとり一票という民主主義制度の中でそんなことが可能なんでしょうか。
安野 みんなが一票ずつ持つ平等性を「システムとしてどう表現するか」だと私は思っていて、長期的な時間軸で、一人の人間が生まれてから死ぬまでの間に意思表示の重さが平等に取り扱われるやり方もあります。個別のイシューすべてで必ずしもひとり一票でなくてもいいかもしれない。現時点でも、地方と都心部では一票の格差問題があって、2~3倍程度は許容されていることになっているのが現実です。
例えば現役世代により配慮が必要な問題に関して、一票の重さにパラメーター調整をかけるのはひとつの解決策でしょう。今後ネット投票が実現したらイシューごとに人口ピラミッドのバイアスがどの程度かかって意思決定されるかという統計的なデータが蓄積されるので、それを踏まえた上で合理的にパラメーターを調整するという次の段階に行けるのではないかと考えています。
「ブロードリスニング」で情報の流れ方を変える
――非常に興味深いアイデアですね。AIで民意を吸い上げる「ブロードリスニング」の試みも、若者や現役世代の声をもっと政治の場に反映させたいという思いがあるのでしょうか。
安野 おっしゃる通りで、まさに私が都知事選で実践したようなAIを活用した民意の可視化は、情報の流れ方を変えることで、今までになかった経路で若い世代も政治にコミットし、社会での意思決定が生まれる変化を狙ったものでした。
直接民主主義というパスも含めたその構想は本に詳述しましたが、デジタル民主主義が本格的に導入されると何が変わるのか? 合意形成コストが下がり、リスクが取れるようになります。
民主主義は市民の合意形成に時間も手間もかかるシステムで、おのずと国家の意思決定はなるべくリスクを避け、問題を先送りにしがちです。しかしテクノロジーの力で合意形成コストが下がれば、リスクをとれる許容量とスピードは確実に上がります。各分野の課題に関して、たとえばA地区とB地区で別々のルールを試してうまくいったほうを広域に広げようとか、特定の地域で先行してある戦略を試してみる、といった手法も採用できます。
「地図よりコンパスで」歩きながら考える
――小さく機敏に試してみるというアプローチですね。
安野 これはソフトウェアの開発手法から来ている発想で、この業界には、最初に要件定義をきっちり決めて上流から順次全体の工程を踏んでいく「ウォーターフォール型」と、機能ごとに小さく分割し、高速に設計・実装・テストを繰り返していく「アジャイル型」の2つがあります。いま世界的には後者のほうが主流ですが、先端技術が次々と出てきている不確実性の高い時代には、小さな試みを高速で繰り返してアップデートしていったほうが変化に対応できます。
これはそのまま社会システムにも応用できると思っていて、アジャイル的な手法で、小さなチャレンジをどんどん回しながら最適な戦略を探っていく――つまり「地図よりコンパスで」歩きながらこっちの方向にいけばいいんだと考えていくのが良いと考えます。
なぜなら現代社会において、この課題をひとつ解けば生産性が10倍上がります、というミラクルな突破口は少なく、どちらかというと、これを解けば生産性が10%くらい上がりますという課題が1万種類あるからです。課題そのものが多く、多様化、細分化しているのです。
こうした現実を前に、テクノロジーの力を活用することで、社会課題に対する民主的な意思決定の速度は上げられるし、改善も早いと考えています。
高度経済成長期を実現した下村治の思想
――エンジニアならではの視点が新鮮です。日本リブート戦略の中核にある所得倍増プランについてもお聞かせください。
安野 国民の所得を上げるのは非常に重要だと考えていますが、経済成長の方法は、突き詰めればシンプルに、人口が増えるか、天然資源を使うか、テクノロジーを使うか、の3つだと言われています。先の2つは日本では難しいので 、テクノロジーにかけるしかない、というのが私の基本戦略です。
これは現実味のない話ではなく、過去を振り返れば日本の高度経済成長期は非常にうまくいった例です。この時期、製造業を中心としたイノベーション――電気炊飯器、軽自動車、カラーテレビ、自動改札機など、テクノロジーを駆使した画期的な新製品が次々と生まれていました。もちろん人口ボーナスはありましたが、資源に乏しい日本がわずか7年で奇跡の「所得倍増」を実現できたのです。
計画をデザインしたのは、時の首相・池田勇人のブレーンだったエコノミスト、下村治です。海外に門戸を開くことで高い技術を導入し、国内投資を活性化させ輸出を増進させると同時に、国民の完全雇用を目指しました。「経済とは人が営んでいる」という思想のもと、国民一人ひとりにやどる「創造性」を下村は非常に重視しました。
つまり、ボトムアップのクリエイティビティこそが経済成長の重要な柱のひとつなのです。
――それは安野さんが訴える「AIを中核とした新産業による活性化」という経済戦略とどうつながるのでしょうか。
AIが経済の起爆剤になる理由
安野 順をおって説明しましょう。高度経済成長期とは対照的に、この失われた30年において日本は、世界中の人が「あったらいいな」と欲しがるようなサービスを、IT、ソフトウェア領域において作り出せませんでした。ソーシャルメディアも検索エンジンもスマートフォンもOSも乗り遅れました。
それに続く次のビッグウェーブは間違いなくAI産業ですが、これはかつてインターネットがもたらした情報化のインパクトよりもはるかに大きい影響を社会に与えます。具体的にはまず、知的労働の価値を激変させるでしょう。AIで一人当たりの生産性が爆増するなか、例えばGAFAMはもはやエンジニアの新規採用に消極的ですし、セールスフォースなども採用を止めている。まあこれはこれでテックジャイアントが抱えすぎていた優秀なエンジニアが他業界に流れていく良い面もありますが、ChatGPTやAIエージェントなどが出てくるなかで各業態は大きく変化しつつあります。
私がAIを経済の起爆剤にすべきだと考えるのは、イノベーション産業は付加価値が高く、自社での雇用や利益だけでなく、周辺産業を大きく活性化させるからです。たとえば自動車産業と結びついた自動運転技術は、人手不足に悩む物流やバス・タクシーなどの公共交通機関における画期的な解決になる可能性が高いでしょう。教育分野でも、教員が不足し、現場の働き方改革が求められるなかでAIは大きな手助けになることが見込まれています。
ボトムアップの増収増益が実現する世界
――周辺産業への波及効果が高いわけですね。
安野 興味深いことに、経済学者のエンリコ・モレッティは、とくにハイテク産業において都市の高技能労働者が増えると、他の分野の労働者の賃金も上昇することを指摘しています。教育レベルの高い人々との交流で、知識の伝播が促進され、まわりも生産的で創造的になるというのです。
これは何を意味しているかというと、新技術に明るい人材によって、その周辺で働くひともクリエイティブな刺激を受けるのです。たとえば他業種においてもDXが進んで生産性が上がったり、新しいアイデアやブランディングでこれまでになかった販路が開かれたりする。
これは従来からよく言われてきた、高所得者を作り出せば低所得者も恩恵に預かれるという「経済トリクルダウン」とはちょっと異なる話です。むしろ地域の創造性が刺激されることでボトムアップの増収増益が実現する世界で、まさに下村治のいうように「国民の創造力」によって経済成長が実現するのです。
これはとくに課題の種類が多い現代において合理的で、「現場の自分にしか見えていない」問題がたくさんあるわけです。これはトップダウンでは解決しづらく、ボトムアップのアイデアや解決策こそ有効です。
グローバルなビジネスネットワークにしたたかに接続する国家戦略と、ボトムアップの創造性の活性化という両輪でこそ、日本経済はリブートできると考えています。
――非常に説得のある戦略ですね。
安野 必要な意思決定を迅速に行い、小さなチャレンジがしやすくなる社会システムへの改革は、経済の底上げにも大きく寄与することでしょう。本書のタイトル『1%の革命』には、「最初に新しいことにチャレンジする1%の人」が社会を変えてきたという思いを込めています。この本が、日本に大きな変化を生む最初の1%の革新になることを願ってやみません。
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『1%の革命』刊行記念
「誰も取り残さない『未来』の話をしよう」
安野貴博 × 黒岩里奈
2月9日(日曜)14時~ 青山ブックセンターにて
申し込み
https://aoyamabc.jp/collections/event/products/2025-2-9
(安野 貴博/ライフスタイル出版)
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