「バーで親しくなった多くの米兵と肉体関係を…」ホステスのふりをして在日アメリカ海軍の情報を聞き出した“若い女性スパイ”の正体
文春オンライン / 2025年2月12日 6時0分
![「バーで親しくなった多くの米兵と肉体関係を…」ホステスのふりをして在日アメリカ海軍の情報を聞き出した“若い女性スパイ”の正体](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_76771_0-small.jpg)
©AFLO 写真はイメージ
スパイやテロリストの行動を追尾し、不正な情報漏出や破壊活動を防ぐ「外事警察」と呼ばれる警察部門が存在する。中でも、警視庁の公安部外部課はドラマ『VIVANT』(TBS系、2023年7月~9月放映)に登場したことでも注目を集めた。
ここでは、警視庁公安部外事課のOBであり、『VIVANT』の公安監修者を務めた勝丸円覚氏が「カウンターインテリジェンス」の世界について明かした『 公安外事警察の正体 』(中央公論新社)より一部を抜粋。スパイの手法「背乗り」が用いられた、過去の2つの事件とは——。(全4回の1回目/ 続き を読む)
◆◆◆
同情を装って
ロシア・スパイの接近術が巧妙に発揮されたのが、2000年に摘発されたボガチョンコフ事件だ。GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)機関員とみられる在日ロシア大使館付海軍武官ボガチョンコフ大佐が、日ロ防衛交流によって知り合った海上自衛官から自衛隊内の秘密文書を入手していた事件で、文書を渡していた自衛官Hは自衛隊法違反(秘密漏洩罪)で検挙された。
Hには息子がいたが、気の毒なことに、白血病を患っていた。おそらくボガチョンコフはこのことを途中で知ったに違いない。見舞金として現金を渡すなどHの息子に関することも含めて取り込んでいった。
また、Hは息子を助けたい一心で、新興宗教に入信していたのだが、ボガチョンコフは、Hが祈りに行くときに同行し、息子のために一緒に祈るほどだったそうだ。死に至る病に冒された息子のために、一緒に祈ってくれる人に、心が動かない人がどれくらいいるだろうか。さらに、亡くなったときには香典を渡し、一緒に涙を流したという。
こうした接近術により、Hは、ボガチョンコフと一緒に過ごす時は安らぎを感じたのだろう。Hは、ボガチョンコフから現金等を受け取り、その見返りとして自衛隊内の秘密文書や内部資料を渡してしまった。結局は受け渡しの現場を警察に押さえられ、Hは逮捕される一方、ボガチョンコフは外交官の身分を持っていたため、逮捕を逃れて出国してしまった。
“背乗り”したロシア人スパイ
人の心を手玉にとるような手法ばかりを使うわけではない。ゾッとする事件のひとつが、「黒羽・ウドヴィン事件」である。
これは、スパイが正体を隠すために実在する他人の身分・戸籍を乗っ取り、偽装して活動する“背乗り”という手法がとられた事件である。
事件のあらましはこうだ。1995年、アメリカのCIAから、黒羽一郎を名乗るロシアのスパイが、日本国内でアメリカの軍事情報、日本の産業情報を収集している、という極秘情報がもたらされる。
そこで、警察当局が黒羽という人物について徹底的に調査したところ、1930年福島県生まれで、母子家庭に育ち、成人してからは歯科技工士として生計を立てていた。28歳の時、耳の不自由な女性と同棲を始めたが、入籍はせず、しばらくのちには折り合いも悪くなっていたらしい。それから7年後の1965年、35歳のときに、黒羽は「友達と山に行く」とパートナーに言い残して、そのまま姿を消してしまった。
捜索願いが出されたが、当時警察は事件性なしと判断した。
ところが、である。事件発覚後に調査したところ、「黒羽」は翌1966年の冬、東京・赤坂の宝石会社に勤務し、真珠のセールスマンとして働きだしたのである。英語、ロシア語、スペイン語を操るやり手セールスマンで、得意先は各国の大使館。福島で暮らしていた歯科技工士の黒羽とは、まったく別人である。朝鮮系ロシア人の男が、失踪した歯科技工士の「黒羽一郎」になりすましたのだ。
この「黒羽」は、在日米軍の情報や、当時最先端の半導体情報、カメラのレンズ技術などを収集していた。都内を転々としていた「黒羽一郎」をサポートしていたのが、KGB(旧ソ連時代のソ連国家保安委員会)の諜報員だったウドヴィンだった。
「黒羽」を名乗るスパイは、情報提供がなされた1995年の時点で、すでに中国へ出国し、その後も海外で諜報活動をしていたのだが、97年、在オーストリア日本大使館でパスポートの更新手続きをする。このときに提出された顔写真は、福島で生活していた線が細く弱々しい黒羽とは全く違う別人のものだった。たくましい顎の、体格の良さそうな男だったのである。
これで、黒羽がロシアのスパイに背乗りされているというウラが取れた。他人の旅券を勝手に更新したということで、旅券法違反で立件することになった。
妻にもスパイ教育
1997年7月、旅券法違反で黒羽の逮捕状が出される。これにより、練馬のマンションを家宅捜査すると、部屋の中から乱数表、短波ラジオ、換字表(普通の文章を暗号へと変換する表)などが発見される。モールス信号によって送られてくる数字を短波ラジオで受信し、乱数表を使って翻訳していたのである。
実は、1995年の発覚以後、警視庁は「黒羽」の日本人妻を24時間体制で監視していた。ウドヴィンも黒羽の住むマンション周辺で何度か目撃されている。そして、驚くべきことに、妻もスパイの教育を受けていた。
尾行する捜査員にある時点で気がついた彼女は隠しカメラで撮影しており、部屋の中には、捜査員の大量の顔写真があった。尾行技術に絶対的な自信を持っていた捜査員は、かなりショックを受けた。家宅捜査から二週間後、警視庁外事課はウドヴィンに事情聴取のための出頭を命じたが、無視して直ちに帰国してしまった。
結局、黒羽に背乗りしたスパイの名前もつかめなかった。本物の黒羽がどこへ行ったかも分からない。生きている可能性はもはやないだろうが、失踪時に殺害されたのか、それとも何らかの手段で失踪を知り、戸籍を奪ったのか、それすらわからない。
米兵を手玉に取った中国人スパイ
背乗りといえば、はるか昔の1950年代に、中国共産党も日本で使っていた。私が生まれる前の事件だが、劉香英事件というものが記録されている。横須賀に置かれている在日アメリカ海軍司令部のスパイ活動を、中国人が背乗りして行っていたのである。
米兵相手の「ロッキー」というバーでホステスをやっている、中川英子という女性がいた。若くてすれた感じのない彼女は、米兵たちの人気者だったらしい。完璧な日本語を使い、米兵には流暢な英語で話しかけていた。
ところがこの中川英子こそ、中国人スパイ・劉香英だった。本物の中川英子は、満州在住の日本人の娘だったが1952年に病死しており、中国共産党は女優を目指していた劉香英という女性を「中川英子」に仕立て上げたのだ。劉は、北京のスパイ訓練所で日本語や英語はもちろん、日本人の習性、護身術、変装術、拳銃の撃ち方、暗号の組み立て法などを学び、日本へやってきた。そして、バーで親しくなった多くの米兵と、肉体関係を持った。
とりわけ親密になったのが、通信隊のバーロー兵曹、そして保険会社のヘンダーソンだった。バーローからは、第七艦隊の動きや、当時最新鋭の原子力潜水艦「ノーチラス」の構造、装備などを聞き出していた。
艦隊の動きや、最新鋭の潜水艦の情報を兵士から聞き出すのはわかるが、なぜ保険会社社員のヘンダーソンと親密になったのか。実は、彼からは米軍艦船の修理予定表を入手していたのである。
ヘンダーソンは、横須賀基地に勤務する米軍人や第七艦隊の乗務員を上得意にしており、基地内の艦船修理部にはフリーパスで入ることができた。彼は、基地に入って艦船の修理予定表を盗写して「中川」に渡していたのである。艦船修理予定表には、各艦の行動予定海域、修理予定の艦名、修理箇所が書かれていたらしい。
商魂たくましき中国人…というオチ
ちなみに、この劉のスパイ活動は、意外なところで綻びを見せ、終わりを迎える。彼女は、入手した情報をある米兵相手のクリーニング店に送っていた。このクリーニング店の男も中国のスパイだったのだが、アメリカ海軍情報部が、ある不審な動きに気が付いた。
横須賀に米軍艦船が入港すると、市内のクリーニング店は多忙を極める。当時はまだ軍艦のなかに洗濯機などない時代である。店は、臨時雇いを入れなければならないほど忙しくなるのだが、あるクリーニング店だけは、まるで艦船の入港予定がわかっているかのように、臨時雇いを準備していた。そう、劉が情報を送っていたクリーニング店は、彼女のもたらしたスパイ情報を、なんと商売に使っていたのである。
ここから、アメリカ海軍情報部は劉とクリーニング業者の関係を突き止め、神奈川県警に通報した。1955年7月、刑事特別法により、劉らは一斉に逮捕された。
なんとも商魂たくましい中国人らしいオチのつきようだが、背乗りはこのように、ロシア・スパイの専売特許ではない。中国人スパイの活動がさかんな現代において、いまだ彼らがこの手法を使っていないという保証もないのである。
〈 「これはお国にとっても重大なことだから」と3人の男に説得され…吉田茂邸に住み込みで働いていた“純朴なお手伝いさん”の驚くべき正体 〉へ続く
(勝丸 円覚/Webオリジナル(外部転載))
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