米朝首脳会談、厳戒のセントーサ島に「週刊文春」記者が潜入!

文春オンライン / 2018年6月14日 7時0分

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セントレジスホテルのロビー ©文藝春秋

「その場を立つな! スマートフォンを仕舞え!!」

 6月10日午後3時40分、シンガポールのタングリン・ロード沿いの五つ星ホテルの1階ロビー。宿泊客がソファや入口付近のバースペースに佇む中、突然、現地警察の怒号が響いた。米朝会談の“場外乱闘戦”の幕開けだった。

テレビ局スタッフが警察官に見つかり……

 12日にシンガポールで開催されたトランプ米大統領と金正恩・朝鮮労働党委員長の歴史的会談。

 冒頭の場面はその2日前、金正恩氏が滞在先のセントレジスホテルに到着した際の出来事だ。複数の護衛や武装した警察に囲まれた正恩氏は落ち着いた様子で客室へと消えていった。

「何とか正恩の姿を捉えようと、複数のマスコミが1泊10万円もする同ホテルの部屋を押さえ、ロビーで待ち構えていました。しかし、スマートフォンで隠し撮りをしようとしたテレビ局スタッフが警察官に見つかり、首根っこを掴まれていました」(その場にいた記者)

 記者もホテル前で取材していたが、周辺は厳しい交通規制が敷かれ、世界中から集まったマスコミと、スマホを構えた地元住民らでごった返していた。

車を囲むように走る黒スーツ姿の護衛たち

 金正恩氏がリムジンでホテルに入る直前、現地警察官とともに、金日成・正日バッジを胸につけた護衛が群集の前に出張り、正面からカメラを向けると睨み返された。

 リムジンがホテル前でスピードを緩めると、車を囲むように約10名の黒スーツ姿の護衛たちが足並みを揃えて走り出した。

「あれは米国のシークレットサービスの真似です。正恩氏が去った後のホテルロビー内では、北朝鮮から国内宣伝のために随行したカメラマンたちが、楽しそうに現地セキュリティスタッフと記念撮影をしていた」(前出・記者)

 ホテルの隣にあるショッピングモールのスーツ店主人は諦め顔で、「警察の規制でまったく人が通らず商売は上がったり。でも平和のためだからしょうがないよ」と語った。

 一時はトランプ大統領の意向で開催も危ぶまれた今回の会談だが、なぜシンガポールが選ばれたのか。

「まず米朝双方の中立国であることが最大の理由です。シンガポールは北朝鮮と人的交流があり、反北朝鮮のアレルギーが少ない。今でこそシンガポールは国連の経済制裁に加わっているが、北朝鮮の外貨稼ぎの重要拠点でもあります。また領土が小さいため、セキュリティを管理しやすく、米国大統領にとっても国際会議などでよく訪れる場所でもある。シンガポール政府は、『歴史上最大のプレスイベント』としてセキュリティなどに約16億円の開催費を投じ、積極的に受け入れました」(現地の警察関係者)

 シンガポール政府によると、世界中から約3000人の報道関係者が取材を申請したという。

北朝鮮側は盗聴などを警戒

 会場となったセントーサ島は、シンガポール南端のハーバー・フロントから約600メートルの距離にある。車やモノレールなどでアクセスできる他、遊歩道を歩いても渡れる全長2キロの小さい島だ。島内にはユニバーサルスタジオやカジノ、ゴルフ場など、多数のレジャー、アミューズメント施設がひしめき合っている。

「戦時中は英国軍の基地があり、日本軍捕虜の収容所でもあった場所です。会談当日はシンガポール海軍が海上を警備していました。会場のカペラホテルは周囲を森林に囲まれ、ゲートから建物までも500メートルほど離れています」(前出・現地の警察関係者)

 会談前、記者が徒歩でカペラに向かうと、車の往来こそ通常通りだが、周辺の至る所に新設の監視カメラが設置されていた。ゲート前まで来てホテルに向かおうとすると、警備担当者からこう怒鳴られた。

「クローズ、クローズ!(閉鎖中だ!)」

 金正恩氏は当初、セントレジスではなく、シンガポールのシンボルであるマーライオンからも目と鼻の先の別のホテルに宿泊するとみられていた。

「盗聴などを警戒した北朝鮮側は『欧米系以外のホテル』を希望。当初はシンガポール資本のフラトンホテルに内定し、金正恩氏の執事役と言われる金昌善・国務委員も視察に訪れています。しかしトランプ氏の滞在ホテル周辺が『特別行事区域』に設定されたため、そこから近いセントレジスに変更したそうです」(現地記者)

 同ホテルは金ファミリーと因縁もあった。

「実はセントレジスホテルは昨年2月にマレーシアで暗殺された金正恩氏の異母兄・金正男氏のシンガポールでの定宿でもありました。正男氏は生前、セントレジスに滞在しながら、マリーナベイ・サンズ屋上のバーやKTV(カラオケバー)を頻繁に訪れていたのです」(前出・現地記者)

 今回正恩氏が宿泊した20階の「プレジデンシャル・スイート」は1泊約80万円。室内はキングサイズベッド、水晶のシャンデリアや大理石の床、金や銀の装飾で彩られている。

ロビーには筋骨隆々の白人男性が

 一方、トランプ大統領が宿泊したのはシャングリラ・ホテルだ。

 トランプ大統領の到着前、同ホテルを訪れると、ロビーには筋骨隆々の白人男性がポロシャツに短パン姿でたむろしていた。「米軍関係者やシークレットサービスが警備のために前乗りしていた」(米国人記者)という。

 会談前日の11日は、トランプ、正恩両氏とも夜の予定が入っておらず、「サプライズの夕食会を開くのではないか」との観測も流れていた。だが正恩氏は一日中、ホテルにこもり切り、夜になっても現れる気配がない。

 だが、午後10時過ぎ、気温30度の蒸し暑さのなか、金正恩氏が動いた。専用リムジンを中心に車列を走らせ、妹の金与正氏とともに、市内観光に繰り出したのだ。

 車列がマーライオン付近を通過した後、正恩氏は植物園に降り立ち、シンガポールのバラクリシュナン外相らと記念撮影をしながら散策。その後、屋上プールで世界的に有名なマリーナベイ・サンズの「スカイパーク」を見学した。

「正恩は前髪を少し下ろしたり、居合わせた観光客に手を振ったりするなどリラックスムードを演出していました。翌朝9時から開かれる首脳会談を前に、すでに会談の下地作りが友好的に済んでいることを印象付けようとしたのだと思われます」(前出の現地記者)

 記者も午後10時半ごろ、スカイパークから1階エントランスに降りて来た正恩一行に追いついた。百人以上の人だかりの中から「ウォーーッ!」と歓声が上がる。スマホを頭上に掲げる人が何重にも重なり、もはや正恩氏の後頭部しか見えない。正恩氏に何とか声掛けを試みたが、揉みくちゃにされただけだった。

米国人記者たちから失笑が漏れた

 肝心の米朝首脳会談はどうだったのか。

 翌12日午前9時よりスタートした会談では、当初こそ、正恩氏の顔が緊張で紅潮し、キョロキョロと落ち着きのない様子が目立ったが、終わってみればトランプ氏が「今後も多く会うことになるだろう」と語るなど、友好ムードが演出された。

 トランプ氏は会談後にカペラで行われた会見で、正恩氏について「彼は才能のある人物だ」「北朝鮮は3、4カ月前とは違う国だ」とべた褒め。正恩氏を「若い」と言いかけた後、一瞬、「失言した」という表情になり、「北朝鮮の人々にとって素晴らしい」とも付け加えた。

 シンガポール市内のF1ピットに設置された各国報道関係者が集まるメディアセンターでもこの様子は生中継された。トランプ氏が日本の安倍晋三首相について「アベはこの前、米国から日本に帰った。いい奴だ」とだけ触れた際には、その場にいた米国人記者たちから失笑が漏れていた。

 今回の会談について、デイリーNKジャパンの高英起編集長はこう語る。

「例えは悪いですが、敵対していた巨大暴力団組織の親分と若い田舎ヤクザが、いざ個人的に会ってみるとお互い馬が合い、意気投合したようなもの。トランプ氏は、自分の子どもような年齢の正恩を可愛がっている節すらある。

『非核化』は正恩の本気度次第でしょう。もし本当に取り組んでも完了までには10年、15年かかります。今回は似たもの同士のリーダーがとりあえず『会った』というだけで、そもそも二人とも、問題の細かい内容までは分かっていないはず。あとは実務者任せです。金正恩は社会主義のこともよく知らないのです」

安倍首相は「グッドマン」?

 一方、この間、終始、暗い表情だったのが日本政府関係者だ。

 トランプ大統領が滞在するシャングリラ・ホテルには、谷内正太郎・国家安全保障局長と外務省の金杉憲治・アジア大洋州局長の姿があった。

「米朝会談後の日米電話首脳会談に備え、安倍首相がトランプ氏のお目付け役として派遣した。だが元々、日本は米朝関係に関しての情報収集に苦戦していることもあってか、谷内氏らは記者らの問いかけにも『第三国の立場から話せることはない』と、言葉少なでした」(大手紙記者)

 会談で日本の拉致問題はトランプ氏側から問題提起こそされたが、合意文書すら盛り込まれていない。

 トランプ氏は安倍首相と韓国の文在寅大統領を「グッドマン(いい奴)」と形容し、今後のプロセスついては「日本と韓国が手伝ってくれるだろう」と語っている。

“親分”同士が大枠だけ話をして、面倒なカネや実務のツケが日本や韓国に回ってくることにはならないか。

(取材:齋藤史朗)

(「週刊文春」編集部)

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