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【声優・緒方恵美のいる時代】「地上波」で培った“伝え方”が、世代を越えたファンを生んだ

Business Insider Japan / 2021年10月26日 16時10分

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「エヴァンゲリオン」シリーズのグッズ 撮影:吉川慧

2022年にデビュー30年を迎えるのを前に、声優の緒方恵美さんが初の自伝本『再生(仮)』(KADOKAWA)を出版しました。生い立ち、表現の世界に惹かれ、挫折しながらも、やがて声優やライブ活動に邁進——これまでの人生を、自らの私生活や仕事での困難・葛藤も合わせて赤裸々につづっています。

緒方恵美さんが長く支持され続けている理由はどこにあるのか、『再生(仮)』の構成に携わったアニメ文化ジャーナリストの渡辺由美子さん

が辿る連載。後編では、90年代初頭に「男装の麗人」的な役柄で支持を獲得した緒方さんが、本来の個性をどのように発信していったかを分析します。

緒方恵美が長く支持され続けている理由はどこにあるのか。後編では、90年代初頭に「男装の麗人」的な役柄で支持を獲得した緒方が、本来の個性をどのように発信していったかを追う。

ラジオや音楽活動など、本人の個性を伝える“インフラ”も整い始めた時代ではあったが、まだまだ若手女性声優=「アニメのアイドル」的な立ち位置を求められた時代でもあった。

「男装の麗人」から、新たな顔を見せたラジオ

【前編】で、緒方恵美の特異性は、異なる性を行き来するところにあると書いた。

1993年のデビュー作『幽☆遊☆白書』蔵馬役では、男子高校生役という低音域の「青年」を演じ、『美少女戦士セーラームーンR』天王はるか役では「男装の麗人」的な役どころを演じた。

この二役が、「緒方恵美」を、“異なる性を行き来する存在”という立ち位置に押し上げた。また、視聴者やファンといった「観客」からも、そのような目線で見られることとなった。

女性でありながら、男性役も演じ、女性ファンを獲得していた。

自伝『再生(仮)』では、通っていた女子校でバレンタインデーにチョコレートを大量にもらったこと。デビュー作『幽☆遊☆白書』のイベントで、会場の九段会館からタクシーで移動する際に大量の女性ファンに囲まれてしまったエピソードが登場する。

こうしたエピソードからは女性ファンの熱い支持とともに、女性ファンから見た緒方が「男装の麗人」的なポジションであったことがうかがえる。

緒方は数年間、そのファン層のほとんどが「男装の麗人」を期待する女性ファンだったと語る。そこから新たな顔をファンに見せたのが、ラジオだった。

緒方のラジオ『銀河にほえろ』(96-98年)は、笑えるトークから深刻な相談までを扱う文化放送の人気番組になった。

気さくで熱い、下ネタも飛びかうトーク、深刻な相談にも真摯に答える緒方は、「漢(おとこ)八段」なる愛称で呼ばれるようになる。

すると、それまで少なかったという男性ファンがどっと増えたという。

「(投稿ハガキは)それまでのラジオではほぼ女子だったのに、なぜか突然、投稿が男子6割くらいになりました。イベントもラジオ関係だと、男子がめちゃくちゃ多い」

(『声優Puremiamu』/綜合図書 緒方恵美インタビューより)。

男性リスナーにとって、緒方は「面白くて頼りがいのある“アニキ”的な先輩」という存在になっていく。

緒方だけでなく、90年代以降の若手声優は、ラジオという場を得て、本音をまじえたキャラクターではない自分自身の人となりを、アニメファンに知ってもらう機会を得た。そして、緒方の場合はこれまでの女性ファンに加えて、男性ファンの増加にも繋がった。

アニメ・声優ファンは、実在の声優・人物を「キャラ化する」傾向がある。つまり「この声優はこんなキャラクターだ」ということをつかむ(ファン同士で共有する)と、その声優は「売り出し中のアイドル」「アニメキャラを演じている人」から、「本人というキャラクター」的な存在へと変化を遂げるのだ。

緒方の場合は、女性ファンから「男装の麗人」、男性ファンから「兄貴」というキャラクターをとして支持を得た。男性と女性を行き来する特異な声質も相まって、他の女性声優以上に「若い女性アイドル像」から切り離されれて、チェンジすることができたのだ。

90年代は、まだマスコミもファンも芸能人に「年齢」というモノサシをあてがい、ジャッジする時代であった。特に「女性」で「アイドル」という要素が合わさった若手女性声優は、「若い」ことがマストであった。

緒方は、早々に独自の「本人の個性」をファンに認知されたことで、アイドルの“枷(かせ)”を早々に飛び越えたのだった。それが後年、息の長いファンを生み出していくことになる。

「若い女性」でありながら、消費のされ方が若い女性のそれではない。そうしたあり方を、早々に確立したのが緒方恵美の特異性である。

全国区の基礎票を持つ〜メディアが注目しないところにもファンがいる強み

緒方恵美さんの自伝エッセイ『再生(仮)』 緒方恵美さんの自伝エッセイ『再生(仮)』 撮影:吉川慧

緒方のファン層は、現在に至るも年齢層が幅広い。その理由のひとつは「全国ネットの地上波育ち」という点にある。

90年代までは、アニメが全国ネットのゴールデンタイムに放送され、お茶の間の核として機能していた。

人気アニメの視聴率が20%を超える時代に、緒方は人気キャラクターを演じていたのだ。

現在のアニメコンテンツにおいては、「幅広い層に届ける」ということが難しくなっている。それは視聴環境の変化にある。地上波放送は時間帯が深夜になり、放送局も絞られている。ファンのアニメの出会い方は、かつてのような“偶然の出会い”ではなくなった。

代わりに、ネット配信が普及した。公式Twitterの告知やSNSの口コミを参考に、熱心なアニメファンが、作品を追いかけるようになった。“偶然の出会い”から“めがけて視聴する”ものになったのだ。

さらに、現在のアニメはメディアミックス展開によって、地域によってコンテンツの温度差が大きくなった。コンテンツは、イベント、ステージ、コラボショップと同時展開されるが、大都市とそうではない地域で、ユーザーへのアプローチに差が付きやすくなってしまったのだ。

現在のアニソン・声優ライブのファン層も、ライブにアクセスしやすい首都圏や大都市圏に固まりやすい。

コンテンツの送り手側も「本当ならライブやイベントを全国各地で展開したいが、そこまでの予算がない」という事情があり、なかなか津々浦々で仕掛けることが難しいのが現状だ。

ちなみに今のコンテンツで地方を含めたファンがついているのは、YouTuber、VTuberなど動画中心のコンテンツとも言われている。配信動画時代にも、ネットサーフィンのような“偶然の出会い”はあるが、コンテンツの膨大であるため、かつてのTVの全国ネットのようなマスの数にはなりにくい。

現在のアニメコンテンツがアプローチしにくい全国各地域のファンと、マスの知名度を有しているのが、90年代の地上波ゴールデンタイムで人気を博した声優たちなのだ。

アニメ『幽☆遊☆白書』等でついた、緒方の第一世代のファンは全国に存在する。しかも人生の中で仕事や子育て、介護などのライフイベントが最も忙しくなる40代を迎えている。大都市のライブやイベントには行きづらい環境にいるかもしれない。

そうした中で、緒方が出演するアニメ、音楽、ゲームなどのソフトを購入し、ラジオや動画(コロナ禍以降はライブも)視聴する形で応援を続けている。

緒方恵美のTwitterのフォロワー数は40万を超えた。イベントには顔を見せないけれども、熱心なファンが全国にいる。これは、イベントに毎回来る人のリピーター数をカウントする現在のコンテンツのあり方とは異なるため、存在が見えにくい。

そんな“見えにくい長年のファン”が、基礎票のようにいることが大きな強みと言える。

時代ごとにアイコンとなる人気キャラクターを演じている

緒方のライブやイベントに行くと、ファンの年齢層が10代から40代まで、まんべんなくいることに驚く。もし緒方のファンが、今も90年代アニメで育った層を中心とするのであれば、この光景は見られないだろう。

10代から30代のファンが多い理由は、90年代から20年代の現在に至るまで、何年かに一度は必ず、今後の代表作となる人気キャラクターを演じ続けているからだろう。

アニメで挙げるだけでも『幽☆遊☆白書』蔵馬、『美少女戦士セーラームーンS』ウラヌス以降も、『新世紀エヴァンゲリオン』碇シンジ、『遊☆戯☆王』武藤遊戯/遊戯王(初代)、『「ダンガンロンパ」』苗木誠、狛枝凪斗、『暗殺教室』堀部イトナ、『花子くん』花子くん等々…著名な作品とキャラクターが並ぶ。

著名な作品は再放送や配信も多いため、10代のファンが過去作に触れる機会も多い。

この2021年にも人気作『劇場版 呪術廻戦 0』主人公・乙骨憂太役を担当することが発表されると、緒方のTwitterフォロワー数はさらに膨らんだ。

近年、緒方の主演作がさらに増加したのは、コンテンツの決裁権を持つキーパーソンに、「子どもの頃から緒方のファン」が増えた点もあるだろう。90年代のアニメ・ゲームで育った70年代生まれのファンは、社会の中核を担う世代となっている。

最近、私が個人的に「声優へのアテ書き」を感じたのは、乙女ゲーム『時計仕掛けのアポカリプス』(オトメイト)の主題歌だ。 もちろんキャラクターも演じているが、主題歌は、曲調といい、ヒロインを夢の世界に誘う緒方の歌い方といい、実に“往年の緒方恵美ソング”なのだ。

近年、往年の人気声優が再び起用される流れがあるのは、送り手側の個人的な理由もさることながら、ユーザーのマーケットの大きさにある。

70年代生まれの団塊ジュニアは、人口的にも、趣味に費やす金額に関しても、コンテンツを支えるボリュームゾーンと見なされている。これは、現在90年代~00年代アニメ作品のリスタートが流行している理由でもある。

「伝える」ことへの意識——初見の人を置いていかない

ここまで女性声優とコンテンツの概況といった外郭からの理由を述べてきたが、ここで緒方自身が持つ素質について述べてみたい。私が感じるのは「伝える力」の強さだ。

これまでのインタビューで緒方から多く聞いたのは、「相手に伝えるにはどうすれば良いか」だ。緒方に「観客に伝えること」について話を聞くと、アニメ、音楽、ラジオ、ステージなど、どのジャンルにおいても、「相手がどんな人であるか」「どのように伝えるのか」ということを、思いだけでなく技術で語る。

たとえば、アフレコで演じている役が、どんな相手に向かってしゃべっているのか。「距離」を実際に演じてくれたことがある。相手が50メートル先にいる場合、10メートル、5メートル、そしてゼロ距離……と、同じ場所にいながら、声の大きさと範囲を自由自在に変えていく様子は、声優としてのすごみを感じた。

音楽とステージでの伝え方について聞いたことがある。

意識している重要なこととして、「自分のことを全く知らない“初見の人”が必ずいるので、その人を置いていかないようにする」と答えてくれた。

ラジオでも、ステージでも、常に初見の人がいると想像し、固有名詞や専門用語には説明を入れる。『新世紀エヴァンゲリオン』のシンジ役といった、誰もが知る作品についても同様だ。

緒方が長年続けている「洋楽ライブ」でも、曲が持つ背景を、自身の体験やメッセージと合わせて伝えている。

緒方の「初見の人を置いていかない」という意識は、90年代の“地上波ラジオ”から生まれたという。

確かに当時の地上波ラジオは「不特定多数に向ける」ものだった。リスナーはアニメファン、声優ファンに限らず、パーソナリティである声優をまったく知らない人が、つけたラジオで偶然トークを耳にする。当時の地上波ラジオはそうした環境にあった。

どんな人が聴くか、年齢層も職業もわからない。だから初見の人がいつ聴いてもわかるように説明するのだと緒方は語っていた。

現在のインターネットラジオや動画であれば、キャストとファンは、ダイレクトに結びつく環境がある。好きな人同士が結びつき、その中で完結することができる。

そうした時代になっても「初見の人が必ずいる」と意識し続けることが、緒方の「伝える」力を支えている。

現在の緒方恵美を形作ったもの——もうひとつの個性の柱「音楽活動」

緒方が現在も「本人の個性を出すタレント的な存在」として認知されている要因には、「音楽活動」が大きい。ライブなどを年に複数回、コロナ禍の現在も、会場やスタジオからの配信という手段も含めて継続的に行っている。

継続される音楽活動の中で見えてくるのは、音楽とライブ活動自体が「緒方恵美とはどんな存在であるか」を打ち出すコンセプトの役割を果たしている点である。

緒方は音楽一家で育ち、洋楽を聴き、自身で作曲を手がけるという形で音楽に親しみ、声優デビュー後はアルバムをリリースするようになった。

だが、緒方によると、音楽活動の面では「ランティス」(現・バンダイナムコアーツの音楽レーベル)社長・井上俊次(現・バンダイナムコアーツ代表取締役副社長)との出会いが重要だったと語っている(『再生(仮)』より)。

00年代初頭、声優はまだ「声優らしい」音楽を求められていた。アニソン風、キャラソン風、耳馴染みの良い歌謡曲といったものだ。その中で、洋楽好きな緒方がやりたかったのはロックだった。

ハードルが高いように見えたが、井上のサポートもあり、ロックバンドを結成。熱心なファンもついたが、緒方は自信を失い、一度音楽をやめている。

その後、自主活動の形で再開し、メンバーと一緒に作った曲「再生-rebuild -」が、自身が主役・苗木誠を演じるゲーム『ダンガンロンパ希望の学園と絶望の高校生』のエンディング曲として採用された。

そこをリスタート地点として、緒方の音楽活動の車輪は大きく回り出す。

緒方が打ち出したコンセプトは「エールロック」というものだ。

これには、00年代にバブル崩壊により、東京・秋葉原の実家に生じた債務を返済しなければならなくなったこと、ストレスによる狭心症など、様々なトラブルを体験し、心身にダメージを受けたこと、加えて2011年、日本に東日本大震災という未曾有の災害が起きたことで「今ある日常を送ることの大変さ」を痛感したという背景がある。

緒方は、震災の時期にファンから「緒方さんの音楽から勇気をもらった」という手紙などのメッセージを多くもらったという。

そうしたことから、作る楽曲は「聴く人が元気になれる歌」、ステージでは自分とお客さんが互いにエールを送り会うことで元気になろうという、「エールロック」のコンセプトが生まれた。

「エールロック」が持つ背景と、緒方の「伝える」意識と技術がリンクしたことで、より明確に“緒方恵美”という存在が浮かび上がるようになった。

現在、緒方は私塾を開き、新人の育成を行っている。自費で行うのは、現在のアニメ・声優業界では、新人が「アイドル」を求められる一方で、「芝居」の経験を積む場が少ないという危機感があるからだ。「お世話になった業界のため、後進のため」(『再生(仮)』より)、自分を育ててくれたアニメ・声優業界への恩返し的な側面もあるという。

自らが「アイドル声優のファースト世代」として模索を続けたがゆえに、次の世代の声優へ「伝える」責務を感じる緒方。その仕事は、やはり「伝える人」という言い方がふさわしいのではないかと思う。

【前編はこちら】

渡辺由美子:アニメ文化ジャーナリスト。94年業界初の声優誌『ボイスアニメージュ』に参加。アニメ誌、新聞、週刊誌を経て日経ビジネスオンライン等で執筆。現在は朝日新聞(大阪本社版)「アニメ現在形」、ASCII.jp「誰がためにアニメは生まれる」等を連載中。緒方恵美『再生(仮)』では構成を担当。

(文・渡辺由美子、編集・吉川慧)

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