NHK「本能寺の変」特番、「超面白い」と話題沸騰…見直される明智光秀像、信長暴走阻止説

Business Journal / 2020年3月20日 11時50分

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 主君、織田信長を討った謀反人。明智光秀のそんなイメージはここ十数年で見直されるようになり、歴女にも人気になっている。現在放送されているNHK大河ドラマ『麒麟がくる』では光秀の生涯が描かれている。

 3月18日、NHKで『本能寺の変サミット2020』が放送された。光秀はなぜ織田信長のいる本能寺を襲い、自刃に追い込んだのか。司会は爆笑問題。東京大学史料編纂所教授・本郷和人氏を解説に迎え、天理大学准教授・天野忠幸氏、福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館学芸員・石川美咲氏、熊本大学文学部教授・稲葉継陽氏、東洋大学講師・柴裕之氏、滋賀県立安土城考古博物館学芸員・高木叙子氏、大山崎町歴史資料館館長・福島克彦氏、三重大学教授・藤田達生氏ら研究者が一堂に会し、さまざまな説を検証した。

  俎上に上がったのは、「怨恨説」「イエズス会共謀説」「徳川家康共謀説」「鞆幕府推戴説」「構造改革反発説」「信長暴走阻止説」「四国説」「秀吉陰謀説」の8つ。

 ことあるごとに信長からの叱責を受け、足蹴にされ、そのことによって髪の薄い光秀が用いていた付け髷が満座の場で取れてしまうといったこともあり、光秀は積年の恨みを募らせていた。プライドの高い光秀が、ついにそれに耐えられなくなり信長を討った。これが長い間信じられていた「怨恨説」。しかし、そうした個々のエピソードは後世の人によって脚色されたものとして、この「怨恨説」は研究者らに一蹴された。

 日本にキリスト教を伝えたイエズス会は信長の信認を得て布教に努め、中国に進出しようとしていた。しかし信長は自分の力を過信し、キリストの神を否定し、やがて自分はその上だと考えるようになった。そのため光秀と共謀して信長を討ったというのが、「イエズス会共謀説」。だが、それを根拠づける資料はイエズス会のほうにしかなく信憑性が薄いとして、研究者全員から否定された。

 小説家がよく言う説として紹介された「徳川家康共謀説」は、内容の説明もなかった。最終的に天下を治めた家康が、光秀と共謀していたという説だ。しかし本能寺の変の後、家康は伊賀越えという危険なルートを取って三河国に帰っていて、その途中で兵も失っている。光秀と通じていたなら、そんなことをするはずがない。この説に賛同する研究者はいなかった。

 以上、3説は通説として退けられた。

  室町幕府最後の将軍、足利義昭と光秀が通じていたというのが、「鞆幕府推戴説」。京都を追われた義昭は、現在の広島県福山市にある鞆に拠点を置いた。毛利氏の庇護下にあるとはいえ、いまだ影響力を持ち天下再興を唱えていたので、これを「鞆幕府」と呼ぶことがある。義昭を追放した信長を討って、上洛を果たすというストーリーで光秀が共謀したという説だ。

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