なぜAV女優たちは饒舌に自らを語るのか~自身を商品化せざるを得ない女性と性産業

Business Journal / 2013年8月8日 19時0分

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 世のほとんどの男性は一度くらいAVを観たことがあるだろう。そして、AV女優たちが饒舌にVTRやインタビューで語る姿を目にした人も多いはず。しかし彼女たちはなぜ自らを語り、性を商品化するのか。東京に生きるということと、AV女優との関係とは?

 AV女優という存在を通して、東京に生きる女性に迫ったのが『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)だ。今回、著者の鈴木涼美さんに「彼女たちが饒舌に語る理由」、そして「東京で生きる女性」について聞いた。

ーー鈴木さんは現在29歳です。ということは、1990年代以降、援助交際やブルセラなどの性の商品化の議論が盛り上がりましたが、その当時まさに女子高生だったわけですね。

鈴木 私はちょうど99年から2001年まで女子高生だったんです。その頃は、まだブルセラとかが流行っていて、当然のごとく私もまわりも「ブルセラ少女たち」でした。

ーー90年代にはブルセラ少女や援交などに関する本がいろいろと出ました。当事者として、そうした議論をどう感じていましたか?

鈴木 宮台真司(社会学者、首都大学東京教授)さんの女子高生へのフィールドワークによる著作は当時流行っていたし、実際に私も中学、高校時代に読んでいました。確かに面白かったです。ただちょっとおっさん臭いというか(笑)。また私たちを擁護するような女性論者の議論も、いわゆるフェミニスト的な議論も、私たち女子高生からすると「おばさん世代に言われたくない」という気持ちもありました。

ーー当事者からすると、ちょっと感覚的に違ったんですかね。

鈴木 若干の物足りなさを感じていました。例えば、若い世代を論じたもので「ギャルとヤンキー」を一緒にしちゃうような議論がありますよね。私たちからすれば、箸とフォークくらい違うよっていう不満はありましたね。

ーーブルセラ少女は、やはり高校では特別な存在だったんですか?

鈴木 ブルセラに行くのって、普段の学校の日常とまったく断絶された空間ではなくて、極端な言い方をすれば放課後、部活に行くか、ブルセラに行くか、カラオケに行くかくらい並列な感じでした。私の高校のクラスにも一緒にブルセラをしていた女子が4人いて、そのうちの2人はまだ処女でした。だから性的に奔放かとか、不良かとかは関係なかった。ブルセラをする前というのは、多少の壁があるんです。

 でも一度し始め、そうした子たちの中にいると、もう別に非日常的なところではなくなるんです。よくルポであるような、家出少女が仕方がなく売春をするような、逃げ場がない状況に置かれて逃げこむ場所ではなく、日常的に通う場所という雰囲気が、私が女子高生だった頃の印象としてはありましたね。日常的にそうした光景を内包する東京のような街の中では、いわゆる普通の人生から大きく飛躍や脱落をしなくても「性の商品化」に加担できる仕組みは整っていて、その地続きの延長線上の中にAV女優という存在があるように見えました。

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