アベノミクスのワナ〜「規制緩和」「構造改革」は、米国による日本弱体化戦略の一環?

Business Journal / 2013年8月8日 18時0分

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 自民党の圧勝、民主党の惨敗という、7月の参議院議員通常選挙の結果、“衆参のねじれ現象”は解消し、少なくとも向こう3年間(衆議院の解散がないという前提で)は、大手マスコミがこぞって求めていた“決められる政治”が実現する。

 それは自民党一党独裁が続いた“55年体制”への先祖返りである。逆にいえば、米国や英国のような二大政党制の政治を国民が拒否したことの表れでもある。

 いずれにせよ、国民は日本経済の命運を安倍晋三首相の率いる自民党に託した。そうである以上、その責任は重大であり、アベノミクスの3本の矢のうちの“成長戦略”で国富全体を増やし、国民生活を豊かにする道筋をつけることが求められている。

 しかし、前回のコラムで指摘したように、今のところ、その成長戦略は「規制緩和」「構造改革」「官から民へ」という3つの呪縛にとらわれており、お世辞にも日本経済に明るい展望が開けるとはいえない。ではどうすればいいのか。そのヒントは歴史の中にある。

 日本経済が最も輝いていたのは、1980年代である。第2次世界大戦の戦勝国である米国をはじめ、英仏両国も、能天気に浮かれる敗戦国の日本を苦々しく思っていた。だからこそ、米欧との貿易摩擦は先鋭化したのだが、それから四半世紀。今や、貿易摩擦の“ぼ”の字もない。

 90年代初頭のバブル崩壊を境に日本経済は下降線をたどり、さらに98年頃からはデフレの泥沼に陥り、いまだに抜け出せずにいる。もはや、日本は経済的にセンシティブになる対象ではないというのが米英仏の本音だろう。

 なぜそうなってしまったのか。

 70年代まで、日本と米欧との貿易摩擦は繊維、テレビ、自動車など、日本からの集中豪雨的な輸出を抑え込むための個別品目を巡る問題だった。

 しかし、80年代に入り、敗戦国にもかかわらず、日本は世界第2の経済大国として、覇権国・米国を猛追し始めた。背後に迫る日本の息遣いに危機感を強めた米国が戦略転換したのだ。米国の採った戦略は2つある。

●日本弱体化を狙う米国の戦略

 ひとつ目は、日本の金融資本市場の開放を求め、日本マーケットの競争条件を米欧と同じ土俵に乗せることだった。この戦略の流れの中で、派生的に出てきたのが、ドル高是正のために先進国が協調行動を採ることを決めたプラザ合意(85年9月)であり、人口に膾炙された歴史的事実である。

 しかし、この米国の戦略が日本経済の長期低落の原因ということはできない。プラスとマイナスの両面があった上、資本主義国として日本が成熟するために金融資本市場の自由化は避けて通れないことだった。

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