権力にしがみつき、経費で豪遊、向島の芸者を愛人にしていた巨大新聞社の前社長

Business Journal / 2013年8月30日 6時0分

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【前回までのあらすじ】
 業界最大手の大都新聞社の深井宣光は、特別背任事件をスクープ、報道協会賞を受賞したが、堕落しきった経営陣から“追い出し部屋”ならぬ“座敷牢”に左遷され、飼い殺し状態のまま定年を迎えた。今は嘱託として、日本報道協会傘下の日本ジャーナリズム研究所(ジャナ研)で平凡な日常を送っていた。そこへ匿名の封書が届いた。ジャーナリズムの危機的な現状に対し、ジャーナリストとしての再起を促す手紙だった。そして同じ封書が、もう一人の首席研究員、吉須晃人にも届いていた。旅行に出ていた吉須と4ケ月ぶりに再会し、吉須から例の封筒について話を聞こうと画策する深井だったが……

 大都新聞社の前社長とは、現相談役の烏山凱忠(からすやまよしただ)のことである。烏山は昭和32(1957)年入社で、後任の松野弥介(39年入社)の7年先輩である。政治部出身で、政治部長、編集局長などを歴任した。政権与党の自由党首脳の懐に食い込んでいた深井宣光を政治部本流から外した張本人とみられ、それは嫉妬以外の何ものでもなかった。

「あの狆(ちん)みたいな小太りの爺さんさ、なんていったっけ?」
 日亜新聞出身の吉須晃人が深井に質した。

「烏山ですよ。今は相談役。大学に入るのに2、3年浪人したようで、年齢は80歳を過ぎていす。あの脂ぎった破顔を見ると、へどが出ますよ」
「奴が長期政権で大都をおかしくしたんだろ? 弱小商社と見紛うような事件も起きたな」

「社長は2期4年で交代し、任期を終えると、会長や相談役にならず、完全に身を引くという慣行が定着していたんです。それなのに烏山は社長を8年もやったんです。でも、政権末期に子会社で“魚転がし事件”が起きたんです」
「その頃だよな。アングラ情報として向島の芸者との愛人疑惑が流れ出したのは」

「そうです」
「当時、大都の社長は『報道協会会長をやるまで、社長ポストに居続ける』とほざいているという話を聞いたような気もする。“魚転がし事件”と女性スキャンダルが表沙汰にならないと10年か12年はやったのかね」

「そうですね。あの頃は今のジャナ研会長の太郎丸(嘉一)さんが報道協会会長でした。当時は国民新聞社長で、うちの烏山は太郎丸さんに対抗心むき出しでした。年が近かったし、同じ政治部出身でしたから」

●勲章欲しさに社長にしがみつく

 新聞業界の業界団体である報道協会会長は大手3社の社長が就くポストで、一応、輪番制の形になっている。しかし、その在任期間は3期6年やることもあれば、1期2年で辞めてしまうこともある。太郎丸の前任は日亜社長で、もし太郎丸の後任ということになれば、大都の社長が就くのが順当だった。

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