「彼女が一番」武豊に長年の思い人ーー 「盟友」と同じくらい大事な、思い出の桜花賞馬との「幻想」と感動秘話

Business Journal / 2016年4月9日 14時0分

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「それは皆さんのご想像にお任せしましょう」

1989年、栗東のトレセンで取材陣に囲まれた若干20歳の若者は、そう言って不敵に微笑んでいたという。当時、改修以前の旧阪神コースにおいて「大外枠は絶対的に不利」と言われていた桜花賞(G1)のセオリーを覆し、2勝目のG1勝利を飾ったばかりの武豊だった。

牝馬クラシック第一弾・桜花賞の数日前。前走で牡馬を蹴散らして、重賞初制覇を飾ったシャダイカグラと武豊のコンビは最有力とみられていた。しかし、発走枠順抽選会でシャダイカグラ陣営は“鬼門”の大外枠を引いてしまう。

当時の桜花賞が施行される阪神競馬場の芝1600mのコースは、スタートして間もなく急カーブが控えていた。つまり、スタートが外枠であればあるほど必然的に大回りを強いられるコース形態。それはコンマ1秒を争う競馬では「致命的な不利」と言われていたのだ。

シャダイカグラの一強ムードだった桜花賞は、一転して混戦といわれるようになった。ただ、それでも当日の1番人気はシャダイカグラと武豊。「例え大外を回っても、シャダイカグラが勝つ」それがファンの出した結論だった。

しかし、桜花賞がG1になってからこれまで大外枠から勝利した馬は一頭もいなかった。物理的に考えれば、その不利はあまりにも圧倒的。「いくらシャダイカグラでも厳しい」という見方も多々あった。

ただ、それはシャダイカグラと武豊が“まともな競馬”をした場合の話である。

桜花賞のスタートが切られた瞬間、阪神競馬場全体がどよめきに揺れた。シャダイカグラが大きく出遅れたのだ。「致命的な大外枠の上に、出遅れ……完全に終わった」多くの武豊ファンが頭を抱え、そう思ったかもしれない。

だが、再びシャダイカグラに目を向けると、信じられないようなことが起こっていた。

なんと出遅れたはずのシャダイカグラが、あっという間に中団までポジションを上げている。1頭だけ出遅れたことで内側にいた他馬に置いていかれ、結果的にインコースがぽっかり空いたのだ。

そこに潜り込んだシャダイカグラはコーナーリングの不利を受けることなく、あれよあれよとポジションを上げていく。最後の直線を迎えるころには、先頭を完全に射程圏に収めていた。

阪神競馬場に詰めかけた多くの競馬ファンがまだ我が目を疑っている間、最後まで粘っていたホクトビーナスをシャダイカグラが測ったように捉えたところがゴール。「外枠不利」という桜花賞のセオリーを根底から覆した武豊は、あっさりと2勝目のG1を手にした。

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