超高収益JALへの「特別待遇措置」…法人税減税、借金5千億棒引き、46万人の株主に損失

Business Journal / 2018年2月15日 0時0分

写真

 日本航空(JAL)は4月1日付で、赤坂祐二常務執行役員が社長に昇格し、植木義晴社長は代表権のある会長に就く。

 経営企画部門が本流だったJALで、整備部門出身の赤坂氏の抜擢を意外とする向きもあるが、JALが2010年1月に会社更生法の適用を申請した後は、現場派が社長に就いている。

 倒産後、社長に就任した大西賢氏は整備出身。その後を継いだ植木氏はパイロット出身。整備本部長の赤坂氏の起用は、“現場主義”の継続といえる。

 赤坂氏は東京大学大学院工学系研究科航空工学専修コース修了後、1987年に技術系総合職(現在の業務企画職技術系)としてJALに入社。整備士として機体の整備に従事した。JALが倒産したときは、安全推進本部部長兼ご被災者相談部長を務めていた。

 会社更生手続き終結後、植木社長の下で14年4月、執行役員および航空機整備会社JALエンジニアリング社長に就任。16年4月からJAL常務執行役員。現在はJALの整備本部長とJALエンジニアリングの社長を兼務している。

 経営破綻直後に会長を務めた稲盛和夫氏が京セラから持ち込み、JAL再生の原動力となった「部門別採算制度」(アメーバ経営)と「JALフィロソフィ」(経営哲学)について、赤坂氏は社長交代会見で「今でも各職場では、毎朝『フィロソフィ手帳』を読んだり意味を確認したりしている。そうした地道な努力を継続してやっていく」と述べ、引き続き経営の根幹に位置付ける姿勢を示した。稲盛経営哲学の実践者であることがJALの社長になるための必要十分条件といえる。

●JAL本流の企画、営業系の巻き返しが始まる

 ダークホースだった赤坂氏が社長に決定したことで、さっそく「植木院政のための人選」と取り沙汰され、次のトップ(ポスト赤坂)争いが混沌としてきた。

 倒産後、傍流である整備、パイロット出身のトップが続いたため、経営再建のメドが立ったら企画、営業系の、いわゆるJAL本流に大政奉還されるのが既定路線といわれてきた。経営中核の経営企画部門は、経営再建のために乗り込んできた稲盛氏に「JALの諸悪の根源」として解体されたため、復権は悲願である。

 JALのエリート集団である経営企画が復活の切り札としている人物は、大貫哲也氏だ。JALが倒産したとき、経営企画室部長兼経営企画室事業計画・渉外グループ長、経営企画本部事業計画部長として経営中枢の事務方を仕切り、将来の社長候補といわれてきた。

ビジネスジャーナル

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング