宅見勝射殺事件、五代目山口組・渡邉芳則組長の指示だった!21年目の真相告白

Business Journal / 2019年1月23日 21時0分

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 1997年8月に発生した五代目山口組の宅見勝若頭の射殺事件から20年あまり。平成最後の年を目前にした昨年12月、事件のキーマンとされていた元五代目山口組若頭補佐の中野太郎氏が著書『悲憤』(講談社/中野太郎著、宮崎学監修)で事件の真相を明かしたことが注目されている。

 いまだ謎が多い事件の知られざる裏側とは何か。療養中の中野氏に代わって、本書の監修を務めた作家の宮崎学氏に話を聞いた。

●なぜ今、最大のタブーが明かされたのか?

――本書で、中野氏が自ら宅見事件について「五代目山口組の渡邉芳則組長の指示だった」と明かしたことは、大きな波紋を広げています。

宮崎学氏(以下、宮崎) そうですね。「噂」としてはあった話なのですが、本人が自ら述べたことには意義があると思います。ヒットマンは中野会傘下の組員ではありましたが、中野さんは最初から「ウチ(中野会)ではない」と言い切るので、なんだか触れてはいけないタブーになってしまっていました。

――そのタブーがなぜ今、明かされたのでしょうか。

宮崎 中野さん自身が80歳を超えられて、墓場まで持っていきたくないものもあったのだろうと考えています。

――インターネットなどでは、中野氏は2003年に脳梗塞で倒れて以来、療養中といわれ、「出版が難しかったのでは?」という指摘もあります。

宮崎 私の末期がん説も出ていますしね(笑)。「本なんか出せる状況じゃないだろう」と。確かに中野さんは絶好調ではないけれど、重篤というほどでもないです。私はがんではなく腰痛がひどいのでヨボヨボしていますが、仕事は続けています。がんなら、とっくに死んでいますよ。

 ただ、中野さんも私もお互いに体調が万全ではないのは事実なので、出版までに時間はかかってしまいました。でも、おかげでかえって丁寧に取材を進めることができました。平成のうちに出せてよかったと思っています。

 ちなみに、私が勝手に「中野さんの名前で本を出した」という噂もあるようですが、それはあり得ないです。私は、中野さんからご指名をいただいています。なぜそんな噂が出るのかわかりませんが、とにかく話題になっているので、いろいろなことを言う人がいるのは仕方ないでしょう。

 出版の経緯については、中野会にも在籍していた竹垣悟氏との対談本『ヤクザと東京五輪2020 巨大利権と暴力の抗争』(徳間書店)でも触れていますが、そもそもは中野さんが「中野会や事件に関する報道に反論したい」というところから企画がスタートしました。対談も読んでみてください。

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