認知症の人が地域に出ていくということは?

けあZine / 2014年12月10日 7時0分

認知症になっても、地域でさまざまな人と接する機会を失わない。人としてあたりまえに暮らす喜びを味わいたい。そうすることで、その人のもっている残された力が蘇ってくる。そんなエピソードのひとつを紹介したい。

日々の生活で生きていると実感できるとき

 施設に入ったお年寄りって、あまり外出しているのを見ることが少ない。

 たまに、近所の公園で、障害者施設の車が停まっており、利用者さんと職員がお散歩しているのを見かける。お天気が良いときは、お陽様にあたり、「今日は暖かいね」「今日は少し肌寒いね、そろそろ衣替えかね」と、体で季節を感じることは、生きていると実感できる大切なこと。

 これから私が記すことは、認知症のおばあと実際に出たかけたときの話。

 2年くらいまえに、グループホームから車で20分ほどの駅近くに、大きなショッピングモールができた。若者を中心に賑わい、平日でも駐車場には行列ができる大きな商業施設。おしゃれな洋服屋や雑貨屋、流行りのコーヒーショップが軒を連ねている。

 とてもよく晴れたその日、おばあを連れて出かけた。「家へ帰る」と言うおばあ。おばあの家は、その商業施設からほど近い。「私の勝手だけど、おばあの家の近くで買いたいものがある。近いから一緒に行こう」と誘い、ホームから最寄の駅まで15分歩き、お金がわからないおばあ自らが切符の値段を駅員に聞き、電車を乗り継ぎ、目的地の商業施設に着いた。

認知症のおばあとの楽しいお出かけ

 おばあは、ここ数ヵ月で腰が曲がり、1年前の入所時より認知症の進行も少しずつ進み、体力も以前より確実に衰えた。不穏になったときは感情を抑えられず、ときには手を上げることも少なくない。でもかつては、彼女は「今を楽しむ」という人生を謳歌していたと、娘さんから聞いている。

 「おばあの家に行く前に、ちょっとだけ買い物に付き合ってもらえない?」「なんであたしの家に行くのよ? あんた家に帰るの??」道中の疲れから、家に帰ることを完全に忘れている。いざショッピングへ!!

 スターバックスでケーキとコーヒーを頼み、通路を歩く若者を眺めて、あーでもないこーでもない……。「あんな短いスカートはいて、寒くないのかね?」孫を心配するようなその眼差しに、娘二人を育て上げた母ちゃんの歴史を感じる。

 GAPの前で写真を撮り、宝石屋の前で目をキラキラさせていたおばあ。「ご主人にもらったことある?」と私。「そんなのもらわないよ! ケチなんだから、あの人は」亡くなったご主人の悪口で盛り上がる女二人。

 歩き疲れた私たちは、お昼ご飯を食べに行くことにした。

 電車に乗り、乗り換えの駅に行き、居酒屋ランチをすることにした私たち。サラリーマンが席を埋めるなか、私たちは二人仲良く席に座り、ハンバーグランチを食べた。うまく食べられなくて、ズボンにハンバーグを落としてしまい、ズボンがソースで汚れてしまったけど、「気にしないわ」と上機嫌のおばあ。

 途中で混乱してしまうかな? と思ったが、お腹いっぱいで無事にグループホームに戻ってきた私たち。くたくたになったけど、すごく充実した顔のおばあ。行ってよかったと心から思えた。朝から3時間の大冒険だった。

一緒に外出したことで気づかされた、おばあの残された力

 帰所したら、スタッフたちに驚かれた。「え? あんなところまで行ったの?」「大丈夫だった? よく行ったね」ふだんのおばあからは、想像もできないことのようだ。

 日常のお散歩でも、場所の混乱、お金の心配、子どもの心配、尿意、いろいろな要因で不穏になり、道端で怒り、道路に座ってしまうこともあるおばあ。施設に入ったら、問題行動の認知症患者としてレッテルを貼られるだろう。  でもこの日は、一度も混乱することなく、電車では席を譲られ、ちゃんと相手にお礼を言い、切符の値段だって駅員に聞き、孫のような私の手を握って、迷子にならないようにと気遣ってくれた。トイレから戻ってきた私に満面の笑みで歩み寄り、「どこ行ってたのよ〜!」と大勢のなかから私の姿を見つけてくれた。

 もちろんおばあが混乱することも想定していたが、そのときは、周りに助けてもらえばいいと思っていた。認知症になったら、人に迷惑がかかるから、と施設や家のなかに閉じ込めている場合が多いが、そうすると、ますます病気が進行してしまうのではないか。

 この日、出かけなければ、おばあがまだ切符を買えること、電車に乗れること、大勢の人のなかでもショッピングが楽しめることに気づけなかった。

 街のなかで混乱し、パニックになったら周りの人に助けてもらおう。人の目に触れることで、超高齢社会は他人事ではないんだということを、ひとりでも多くの人に知ってもらいたいと思っているので、私はおばあたちを誘ってどんどん外へ出る。

「地域で共に生きる」ということの大事さ

 地域で暮らしていくことは、どんな人たちも支え合い、共生していくということではないだろうか?家族だけで抱え込もうとするからつらいのではないだろうか?

 良いふうに思ってくれる人ばかりではないだろうけど、諦めないでほしい。どんなに認知症が進んでも、まだまだできることがたくさんある。

 それをひとつでも多く教えてもらうために、今日も私はおばあと外へ出るのだ。

けあZine

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