引退は「人事異動」社会人野球に魅了されたトヨタ自動車 佐竹功年(41) 特番「プロ野球じゃないとダメですか?」プロデューサーとディレクターが語る舞台裏
CBCテレビ / 2024年12月14日 6時2分
12月8日(日)にミスター社会人野球と呼ばれた、トヨタ自動車 佐竹功年さん(41)のドキュメンタリー「プロ野球じゃないとダメですか?」が放送された。正直に言うと、ずっと不安だった。佐竹さんも番組内で言っていた。
「高校野球の“甲子園”を知らない人っていないじゃないですか?でも、社会人野球の“都市対抗”を知らない人っていっぱいいるんですよ」と。
そう、多くの人が知らない「社会人野球」をテーマにした30分の番組を、お昼に放送して見てもらえるんだろうか。会社の先輩の言葉を借りれば、プロデューサーの仕事は「調整と謝罪」らしい。視聴率が悪かったら、とにかくいろんな人に謝ろう。そう思っていた。
放送翌日、視聴率が出た。社会人野球をテーマにした番組を見てくれた人は…いた!しかも想像以上に!ご覧いただいた方、本当にありがとうございました。ちなみに、佐竹さん本人は放送した日、アメリカにいたらしくまだ見ていないそう。
そんな番組を全国の人に見てもらいたくTVer・Locipoで見逃し配信中だが、佐竹さんのように、まだ番組を見ていない方もいっぱいいると思うので、この番組のディレクターが書いた取材記をまず読んでいただきたい。(筆:若尾貴史 「プロ野球じゃないとダメですか?」プロデューサー )
佐竹さんに初めて会った日
ことし6月、初めてご本人とお会いする日、私たちは緊張していた。
私は入社5年目、普段は毎週日曜日に放送しているドラゴンズ応援番組「サンデードラゴンズ」のディレクターをしている。私も同行する若尾プロデューサーも大学まで野球をしていたので、もちろん佐竹さんの名前は知っていた。
「社会人野球界で活躍している、とんでもない球を投げる投手」「独特な投げ方でサングラスをかけてプレーする人」という印象だった。
その佐竹さんがことし7月の都市対抗野球大会を最後に引退する。私たちが緊張していたのは、引退するときだけ取材させてほしい、という厚かましいお願いをしに行くという自覚があったからだ。すごい人に会えるという元野球人としてのワクワクと、いくら仕事とはいえ、失礼にあたるのではないかという不安が交錯するなか、6月末に雨上がりのトヨタスポーツセンターを訪ねた。
佐竹さんは颯爽と室内練習場にやって来た。「初めまして!」。おそるおそる名刺を差し出すと、晴れやかな笑顔で対応してくれた。引退を間近に控えた緊張感や悲壮感は一切なかった。
「僕はサラリーマンなので」
社会人野球には「都市対抗」と「日本選手権」という2大大会が存在する。トヨタはこの都市対抗で2回、日本選手権では7回優勝している名門。佐竹さんはほとんどの優勝を経験している。
なかでも2016年には、トヨタを初めて都市対抗優勝に導き、MVPに相当する「橋戸賞」を受賞。獲得してきたタイトルは数え始めれば、キリがない。実際に私も佐竹さんの投球練習を見て思った。はっきりいって引退する人の球ではない。球速も40歳にして150キロ近い。「もっと現役を続けたい」という気持ちはないのだろうか?こんな豪速球、投げたくても投げられない人はたくさんいるのに(もちろん私も)。
そんな佐竹さんはさらっと答えた。
「僕はサラリーマンなので、結局は人事異動じゃないかと思う」
返ってきた答えは想像していなかったものだった。昨年末に、チームから引退を言い渡された佐竹さん。それまでは「野球が仕事」。引退後はまた別の仕事を頑張るだけなのだという。
そんな“サラリーマン”佐竹さんには、大勢のファンがいた。東京ドームで行われた都市対抗1回戦の試合終了後のこと。関係者入り口には、サインを求める多くの人が殺到していた。これはプロ野球の沖縄キャンプなどではよく見る一コマ。
普段はサンデードラゴンズの取材をしている私。これはあくまで個人的な感想だが、サインに応じる選手を見ると心の底から応援したくなる。それは私自身の経験もある、サインをもらった喜びは生涯忘れることのない記憶として深く刻まれるからだ。
そんなことを思いながら佐竹さんの対応を見ていたが、これが圧巻だった。試合終了から1時間以上が経過し、時刻は午後10時を回っていたと思う。佐竹さんは集まったすべての人にサインを書き、時には写真撮影にも応じ、疲れた顔を見せる事なく東京ドームを後にした。こういうところも含めて“ミスター社会人野球”なんだと思った出来事だった。
最高気温42℃、道路にサボテン、そこにいたのはレジェンド
そんな“ミスター社会人野球”を追いかけ、私はアメリカに渡った。それも一人で。10月上旬 羽田空港を出発し、ひとまず到着したのがダニエル・K・イノウエ国際空港。「誰…?」と思ったが、ハワイ・ホノルルにある空港だった。私はここで乗り継ぎをしてアリゾナ州へ向かう。乗り継ぎは人生初体験だった。
「乗り継ぎは“transit”もしくは“transfer”と書いてある方に行けばいい」と海外経験豊富な先輩達から教わっていたが、これがどこにも見当たらない。いや、書いてあったのかもしれないが、どうやら見落としたようだ。
とりあえず入国審査と荷物のピックアップは無事に済ませ、その後は人の流れに身を任せながら歩みを進めると、気が付いたら外に出ていた。「私って税関通りましたっけ?」スマホの翻訳機能と、日曜夜の番組でおなじみのお笑いタレントさん並みの“ジェスチャーを駆使した二刀流”で、近くにいた“空港職員っぽい方”に尋ねた。見た目は完全に外国の方だ。
「大丈夫だよ、ターミナル1へ行きなさい」
返ってきたのはまさかの日本語だった。
こうしてたどり着いたアリゾナ州のフェニックス・スカイハーバー国際空港。取材初日、最高気温は42℃、道路の脇にはサボテン。しかし、湿度は一桁と聞いた。日本ほど厳しい暑さとは感じなかったが、唇が乾いて仕方がない。リップクリームを持ってくればよかったと後悔した。
向かったのは佐竹さんがいるサプライズ・スタジアム。テキサス・レンジャーズなどがキャンプで使用する球場だ。現役引退後、コーチングなどを学ぶため、ことし9月からレンジャーズのもとを訪れていたのだ。
佐竹さんはとにかく優しかった。私が小さなカメラを片手に、一人でアメリカに来たことに驚きを隠せない様子で、アメリカ滞在期間中は昼食の手配から取材先への送迎までしてくれた。取材する側がここまでお世話になるのは申し訳ない。その気持ちを本人に打ち明けると「甘えてください」と言ってくれた。
私と佐竹さんの歳の差は14。親子とまではいかないが、これだけ歳が離れた取材対象者は初めて。アリゾナの乾いた空の下で、父親に似た親しみを覚えた。
短いアップ、グラウンドを走る犬
練習が始まると日本では見ない光景を目の当たりにする。まずアップが短い。全員で足並みをそろえて走ったりすることもない。自身もしっかりとアップをする選手だった佐竹さんでさえ「日本人はアップが長すぎるんじゃないか」と話した。
すると突如として、犬がグラウンドを駆け抜け、選手の横を通り抜けていった。ここは球場に隣接するサブグラウンドかつ公園のような場所ではあるが、練習中のメジャーリーガーの卵たちの横を犬が駆け抜けていくとは思わなかった。
さらにこの翌日、今度は練習中にキャッチボールをする子どもの姿があった。相手をしているのは佐竹さんだ。聞けばリハビリ中の選手の場合、家族が練習に来ることもよくあるのだという。家族との時間を大事にするアメリカらしい光景なのかもしれない。
そんな日本では見られない光景がもう一つ。未来のメジャーリーガーを育てるための教育リーグの試合。公式戦ではない。有名選手が出ているわけでもない。それでもスタジアムに観客はやってくる。日本の社会人野球ではあまり見ない光景だ。
佐竹さんはアメリカでの経験をトヨタ自動車に持ち帰りチームへと還元する。狙うのはトヨタが強くなることだけではない。日本の社会人野球全体を盛り上げたいと話す。“都市対抗”と“日本選手権”社会人野球の2大大会は、ともに負けたら終わりのトーナメント方式。一発勝負のその雰囲気から“大人の甲子園”とも呼ばれている。甲子園でもなく、プロ野球でもない、“社会人野球”が盛り上がれば、日本の野球界全体のためになる。現役時代はレジェンドとして社会人野球を引っ張ってきた佐竹さん、これからは“裏方”として社会人野球を盛り上げるつもりだ。
それは焼肉店で生まれた
そんなミスター社会人野球・佐竹功年さんを取材したドキュメンタリー「プロ野球じゃないとダメですか?」が12月8日に無事放送された。入社5年目の私は、この番組を通じて初めての経験をたくさん積ませてもらった。都市対抗野球の取材にいったり、1人でアメリカへ取材にいったり、俳優の方にナレーションを読んでもらったり。もちろん、番組タイトルを考えるのも初めての事だった。
「なんかイイ感じの番組タイトルないかな…」
そんなことを考えながら、私は肉を焼いていた。焼肉店に連れて行ってくれたのはデスクとプロデューサー。行き詰まった私に声をかけてくださり、感謝しかなかった。こういったときは決まって、みんなで話しながら探るとうまくいく。「これは?」「じゃあこんなのは?」フランクに次々と生まれるアイデアたち。一方、次第にアルコールが回り始め、使い物にならなくなる大先輩2人。そこで降りてきた。
「プロ野球じゃないとダメですか?」
それは、脂の乗ったホルモンに“火が灯った”のと同じタイミングだった。
受け取り方が違うとダメですか?
そもそもこの記事は「君が編集をしてきて印象的だったシーンを書こう」と先輩の一言から書き始めている。何日か考えてはみたものの、番組タイトルが生まれた瞬間が個人的には最も印象的な出来事だった。様々な想定をして取材をしたのに、かっこいい撮影ができるように工夫したのに、ベストなナレーションを考え続けたのに、BGMも直前まで悩んだのに。
結局、このタイトルを決めた時のことが自分にとっては最も印象的だったように、きっとこの番組を見ていただいた人にとっても、何が印象に残るかは人それぞれなんだと思う。こちらの伝えたいことが伝わり切らないかもしれないし、意図しない受け取られ方をしてしまったり、切り抜かれてしまったり。
逆に、私たちの想像を超えた何かが生まれるかもしれない。でも、それでいいと思う。それがいいとすら思う。どう感じていただけるかは受け手の自由であり、どう伝えたいかは、こちらのエゴですらあるのだから。そういった意味では、端的なメッセージを番組タイトルに込めることが出来たのは良かったと思っている。
私も小学校から大学まで野球をしていた。大した実績はなく平凡な野球人だったが、中学生くらいまではプロ野球選手になるのが夢だったのもあって「自分に夢を与えてくれたプロ野球に関わる仕事がしたい」「プロ野球選手の凄さを伝えたい」そう思って今の道に進んだ。でも、佐竹さんの取材をしてきて気付いたことがある。社会人野球は面白いということ。野球をしていた人間にとって、プロ野球に進むことだけが成功なのだろうか?
ミスター社会人野球も、我々と同じサラリーマン
(以下若尾プロデューサー)
初めて特番を制作した後輩ディレクターの取材記はいかがだっただろうか。ちなみに、私が今回の取材で最も印象に残っているのは、佐竹さんの「引退は人事異動だと思っている」という言葉だ。私自身、長年CBCテレビの報道部にいたが、去年スポーツ部へ異動となった。ミスター社会人野球とまで言われた人も、自分と同じサラリーマンなんだ、とハッとした。人事異動はサラリーマンの宿命。佐竹さんが、次の部署でどんな活躍をするのか、これからも見届けたいと思っている。
そうだ、番組を見ていない佐竹さんにお伝えしたいことがある。帰国したらTVer・Locipoで見逃し配信中で見ていただいてもイイですか?
執筆者:入社17年目 若尾貴史 プロデューサー
入社5年目 上原大輝 ディレクター
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