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『流麻溝十五号』ゼロ・チョウ監督、台湾で初めて女性政治犯を映画で描いた理由

cinemacafe.net / 2024年7月23日 17時0分

前総統は女性、さらに同性婚が認められている台湾に、“自由でリベラル”というイメージを持っている日本人は多いはず。そんな台湾も、1949年から1987年まで38年もの間、国民党政権の下で戒厳令が布かれ、言論の自由は厳しく制限されていた。


台湾の南東に浮かぶ離島・緑島には、その間に捕らえられた政治犯を収容する監獄があった。映画『流麻溝十五号』のタイトルは、その監獄の中でも、女性たちが収容されていた住所を指す。女性政治犯を扱った台湾初の映画である本作の周美玲(ゼロ・チョウ)監督に、この作品にかけた想いを聞いた。


もっと早く作られるべきだった映画


――戒厳令が敷かれていた間、政治犯として多くの人々が投獄され、迫害された「白色テロ」。『流麻溝十五号』は、絵を描くことが好きな高校生の余杏惠(ユー・シンホェイ)、正義感の強い看護師・嚴水霞(イェン・シュェイシア)、妹を守るために自首して囚人となった陳萍(チェン・ピン)の3人を中心に、政治犯として捕らえられた女性たちの姿を描いています。このテーマを映画化したいと思った理由についてお聞かせください。


台湾の人の多くは、かつて大勢の女性思想犯が収監されていたことを知りません。捕らえられた女性たちは、みんな自分自身の思想や考えを持ったインテリでした。この件は、台湾の若い女性をひどく傷つけたと思います。家庭や社会が、娘たちが勉強したり、自分の意思や考えを持ったり、正義を追求することを良しとしなくなったからです。


その後、彼女たちのことが語られることはありませんでした。当時の女性は非常に保守的で、社会的地位も低かった。いまから70~80年前、娘が思想犯として捕まったことがあるなんて、受け入れられる家庭はありませんでした。そのため、釈放されても結婚するのは困難でしたし、様々な差別を受けました。だから当事者たちも自分が監獄にいたことを語らず、夫や子どもたちですら、何も知らないことが多かったのです。


ですから、本当はもっと早くこのような映画が作られ、彼女たちの物語が世に知られるべきだったと思います。私は長い間、ジェンダーに関する映画を撮ってきました。誰も撮らないなら、この機会に私が撮らなければと思ったことが理由です。


――この映画は「流麻溝十五號:緑島女生分隊及其他」という本が基になったとうかがっています。


この本は、実際に収監された女性思想犯たちにインタビューした内容を収めた実録集です。著者の曹欽榮(ツァオ・シンロン)さんが6名の女性にインタビューしているのですが、その全員が台湾籍でした。この時代の資料をたくさん読んで気づいたのは、実は女性思想犯のうち台湾生まれは47パーセントだけで、53パーセントは大陸から来た女性だったこと。ですから、この部分を補足して、より史実に忠実になるようにしなければいけないと思い、映画には大陸から来た陳萍のストーリーを加えました。


曹さんが大陸の女性に話を聞かなかった理由は分かりません。きっと見つけられなかったわけではなく、台湾人の歴史のほうに関心があったからでしょう。


――演じるのはいまの時代に生きる俳優たちです。演出するうえで気をつけた点や、俳優たちにどんな準備を求めたのかを教えてください。


ご存知のように、現在の若者は西洋文化の影響を受けています。特に台湾は米国の影響が大きいので、若い人の所作や振る舞いはアメリカ人のようなのです。まずは演技指導でそういった動きを全部取り除かなければなりませんでした。


女性思想犯たちは、全員が同じ背景を持っているわけではありません。台湾生まれの人は(日本統治時代に)日本の教育を受けて育っているため、日本語と日本人女性的な所作を学ぶ必要がありました。一方、大陸からやって来た女性は、彼女たちとは全く異なるわけです。言語的、文化的背景が一人ずつ違う。ですから、日本語のできる先生、広東省出身の先生、山東省出身の先生など、様々な方言を話す先生方を集めて、登場人物一人一人に合わせたトレーニングを行いました。


台湾の若者の多くは、この悲劇を知らない


――この映画が描いた歴史について、台湾の若者はどの程度認識しているのでしょう?


いまの台湾の若い人たちの多くは、この歴史を知りません。この映画の観客の7、8割は初めて知ったのではないでしょうか。内容が事実だということに驚いていました。台湾は民主化が実現して30年以上経っています。ですから半世紀前、まだ生存している自分の祖母たちの世代が、この映画のような経験をしていることをリアルにイメージできないのです。しかし、私たちは周到なリサーチを重ねたうえで、この作品を撮りました。内容がウソではなく真実だと、説得力を持って言うことができます。


――台湾での公開時、レイティングを下げて子どもでも保護者同伴で観られるようにしたという話をうかがいました。


この前に撮った映画『愛・殺』(2021年大阪アジアン映画祭で上映)は年齢制限のある作品でした。私は普段セックスを描くとき、露骨な描写を全く恐れません。でも『流麻溝十五号』はいつもの撮り方を変えて、控えめにしました。より多くの人に観てもらいたかったからです。


台湾の教科書では、台湾の歴史をきちんと教えていません。中国の歴史に割かれる分量のほうが多いのです。映画のようなメディアを通して伝えなければ、自分たちの過去を知る術がない。ですから、この映画の製作にあたっては、最初から年齢制限なしでの公開を目指しました。女性思想犯たちは性暴力を受けて苦しんだという事実もあるのですが、その部分はあからさまに描かず、大勢の人に観てもらえるほうを選びました。


共通していた「台湾には自治が必要」という認識


――思想犯として捕らえられた女性たちについて、準備段階の調査の中で気づいた特徴などはありますか?


資料から分かったことは、彼女たちの多くは教師や看護師、中でも最も多かったのは学生でした。第二次世界大戦が日本の敗戦によって終わり、これから台湾がどこへ向かうのかという時期に、知識層の多くが主張していたのは、台湾には自治が必要だ、つまり台湾は台湾人が自らの手で治めるべきだということでした。どこの国民か、どんな国旗を掲げるかは関係ありません。台湾の文化・歴史的背景は中国大陸とは違います。日本とも違います。独自の文化を生み出し、独自の言葉を持っている。そんな台湾の自治を推し進めようという動きは、日本時代から始まっていました。そして国民党がやって来て、台湾には自治が必要だという思いをより一層強めたのです。台湾の自治を求め、台湾の行く末について考えていた。それが思想犯たちに共通する理念でした。


彼女たちは読書会や検討会を開き、どのような制度が台湾にふさわしいかを語り合っていたのですが、参加者たちは皆、捕らえられてしまいました。自分たちを上から統治していた政権が去り、台湾人が台湾を自ら動かしていくのだと立ち上がろうとしたときに、国民党政府がやって来て、日本時代よりひどい形で押さえつけた。知識人を全員捕らえて小さな島に隔離し、台湾の自治という考えを広めることを許さなかったのです。とても残念に思います。もしも蔣介石政権が、あれほど順調に台湾を統治できていなければ、もしもあれほど残酷に知識人を弾圧していなければ、台湾はとうに独自の道を歩き始めていたはずです。台湾に人材がいないわけではありません。人材はいたけれども、殺され、捕らえられてしまった。非常に胸が痛みます。


助け合って生きる真実の女性の姿を描きたい


――監督は、これまでもずっとジェンダーに関する作品を撮ってこられました。今回の作品も含め、難しいテーマに挑み続けるエネルギーの源は何でしょうか?


女性が弱い立場にいるからです。それに、私以上に女性を愛し、女性を慈しんでいる監督はいないと思います。「女性思想犯の話を撮る」と言うと、「女同士の恨み妬みや腹の探り合いを描くのだろう」とよく言われるのですが、そんな考えがどこから来るのかさっぱり分かりません。私のそばにいる女性のパートナーや友人たちは、傷つけ合ったり、腹の探り合いをしたりする時間より、助け合っている時間のほうがはるかに長い。だから私は、別の視点で女性の世界を描きたいのです。


『流麻溝十五号』に関しては、歴史を扱った作品なので、盛り込んだ話には必ず真実であるという裏付けが必要でした。きっかけになった本のほかにも、多くの資料を読み、実際に捕らえられていた人たちにも取材しました。映画の中には入れていませんが、非常に胸を打たれたエピソードがあります。看守に嫌われ、糞便を運ばされたという女性の話です。


ろくに食事を与えられていなかったために体が弱っていた彼女は、担がされた糞便の重さに耐えきれず、地面にぶちまけてしまいました。怒った看守が棒で殴ろうとしたとき、走り出て彼女をかばった囚人がいたそうです。「すみません。彼女はご飯を食べていないから、こんなに疲れ切って、痩せているんです。わざとではありません」と。そして、「殴るなら弱っている彼女ではなく、私を殴って」と言い、糞便をぶちまけてしまった女性を抱きしめたそうです。


これが私の伝えたい真実の女性たちの物語です。弱い者がいれば守る。女同士の競争心なんて、それほど強くはありません。『流麻溝十五号』は監獄についての話ですが、私がこれまでに撮った映画の中で、一番温かい作品だと思います。


なぜ自分の思想を持つことが罪に?


――最後に、ご苦労も多いと思いますが、映画監督という仕事を楽しんでいらっしゃいますか? イエスでしたら、仕事を楽しむ秘訣を教えてください。


確かに映画監督は苦しい仕事ですが、苦しいながらも楽しんでいます。大学で哲学を学んだため、私にとって何より重要なのは“思想”なのです。なぜ、思想が罪になるのか? なぜ自分の思想を持ったために、捕らえられなくてはいけないのか? 私には絶対に受け入れられません。


そして、いまこの時代に、私の思想を表現できる最適な媒体が映画なのです。映画というのは丹念に、細やかに、自由、ジェンダー、正義に対する私の考えを表現することができる。なおかつ、道理ではなく、物語で伝えることができます。道理で訴えて分かってもらえない話でも、物語なら伝えることができる。いくら思想を重視しているとはいえ、私が語りたいのは道理ではなく、物語です。人の心を揺さぶり、何か気づきを与えることができる物語を語ること。それが一生をかけてやりたい仕事だと思っています。





周美玲(ゼロ・チョウ)


ドキュメンタリーでキャリアをスタートさせ、のちに長編映画へ転向。長編デビュー作『Tattoo-刺青』はベルリン国際映画祭でテディ賞を受賞。そのほかの作品に『花様 たゆたう想い』(2013年)、『愛・殺』(2020年)などがある。


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