歴代マークIIのすべて! バブル期に向かって一時代を築いたマークXの前身「マークⅡ」とはどんなクルマだったのか?

clicccar / 2020年1月6日 14時3分

■ ■マークⅡはいかにして誕生したか

2019年12月23日にトヨタのマークXの生産が終了しました。高級車ブーム「ハイソカー」の一時代を築いた前身のマークⅡについて、栄光と衰退の歴史を思い起こしてみました。

トヨタの歴史を振り返ると、1955年の完全オリジナル乗用車クラウンの発売に遡ります。その後、1957年のモノコックボディを採用したコロナ、1961年には大衆車パブリカを発売。さらに1966年には、今日まで続くロングヒットの初代カローラが登場しました。

そして、1968年にコロナとクラウンの中間層を狙って登場したのがコロナ・マークⅡでした。コロナから一気にクラウンに乗り換えるにはハードルが高いと考えるユーザーがターゲットでした。

当時のクルマはステータスシンボルだったので、独身者にはパブリカ、若いファミリー層にはカローラ、管理職クラスになるとコロナ、部長になるとクラウンという具合に自然に棲み分けされていました。
そこで課長と部長の間の中間層をターゲットに登場したのが、マークⅡでした。

以下に、初代コロナ・マークⅡから9代マークⅡまで一気に振り返ってみます。

●初代トヨペット コロナ・マークⅡ(1968年~1972年)

コロナの最上級車種としてフルモデルチェンジの代わりに登場したのが、コロナ・マークⅡでした。デザインはコロナを継承しながら、一回り大きくして居住空間に余裕を持たせた高級車に仕上げました。
ボディタイプは、4ドアセダンと2ドアハードトップ、ワゴン、商用車(バン、ピックアップ)と多彩でした。エンジンは直4の1.6Lと1.9L、グレードごとに細かい差別化を行い、とにかくユーザーの期待に応えられるように仕様を設定しました。

●2代目トヨペット コロナ・マークⅡ(1972年~1976年)

先進的なデザインで初代より大型化して、より上級かつ上質感をアピールしました。
また、クラウンに搭載されていた直6の2.0LエンジンのLシリーズもラインナップに加え、GSLにはEFI(電子制御燃料噴射)システムを採用してレスポンス向上と出力アップを図りました。

●3代目トヨペット コロナ・マークⅡ(1976年~1980年)

丸型ヘッドランプとスクエアライト、独立したフロントグリルというヨーロピアン調の優雅な雰囲気へと変貌し、コロナのイメージから完全に脱皮したモデルと言えます。
エンジンは直4と直6の2.0Lで、フラグシップ2600グランデには直6の2.6Lを搭載しました。1977年には、プラットフォーム共通の兄弟車チェイサーが登場しました。

●4代目トヨタ コロナ・マークⅡ(1980年~1984年)

先代の柔らかい曲線を持つデザインから直線基調のデザインに変わり、主力がセダンからピラードハードトップに変わりました。ピラードハードトップとは、Bピラーをもちつつドアの窓枠のない仕様で、以降マークⅡの特徴のひとつになりました。
注目モデルは、マークⅡ初のターボエンジンを搭載したグランデターボです。また兄弟車クレスタも加わり、先のチェイサーとともに「マークⅡ3兄弟」と呼ばれ、中型高級セダンとして圧倒的な人気を得ました。

●5代目トヨタ マークⅡ(1984年~1988年)

空前の大ヒットとなったのが、5代目です。
車名からコロナが消え、高級かつ高性能が兄弟車とともに大人気となりました。この頃、「ハイソカー(ハイソサエティカー)」という和製英語が生まれて、マークⅡ3兄弟はその中心的存在でした。
エンジンは直6の2.0Lが中心で、新型EFIをベースにSOHCとDOHCさらにターボも装備して、サスペンションも電子化されました。注目は、国産初のツインターボエンジン搭載のGTで、スポーツカー並みの性能を発揮しました。
1985年には月販台数は1万2000台を超え、その後2万台を超えることもありました。

●6代目トヨタ マークⅡ(1988年~1992年)

時代をリードするハイソカーの中心的存在として定着したマークⅡ、6代目はバブル期と重なったバブリーなモデルでした。
バブルの勢いもあり、歴代マークⅡに中で最も多い販売台数を記録しました。
装備の高級感に加えて、パワートレインも多彩で、スーパーチャージャーやツインターボ、スポーツツインカムを設定し、エンジンはすべてDOHC24バルブに切り替わりました。

●7代目トヨタ マークⅡ(1992年~1996年)

先代と異なるプラットフォームで全幅を170mm広げて3ナンバーサイズとして、先代を凌ぐ高級感と高性能を実現しました。
しかしバブル期に開発を行い、発売は不幸にもバブル崩壊時期と重なり、この頃からマークⅡの躍進に陰りが見え始めました。

●8代目トヨタ マークⅡ(1996年~2000年)

バブルの崩壊とともに高級セダンの市場が縮小し、代わりに空前のRVブームが起こりました。
8代目の役目はセダンの復権であり、目新しさよりもベーシックなセダンらしさを追求しました。
ABSや前席のデュアルエアバックを標準装備とし、エンジンには市場要求を反映して可変動弁機構VVT-iを採用して燃費の向上を図りました。

●9代目トヨタ マークⅡ(2000年~2004年)

市場がSUVやミニバンを求める中で、最後のマークⅡとして投入されました。
兄弟車のチェイサーとクレスタの生産中止など、派生モデルとパワートレインの種類は大胆に整理されました。
もはやクルマ自体の出来栄えとは関係なく、セダン市場は衰退の一途となり、遂に9代目を最後にマークⅡブランドは幕を下ろしました。

■高級セダンの中心ながらバブルと共に消えたマークII

1970年代から1980年代は、働き始めると誰もがまずは貯金して、あるいは借金してでも自分のクルマを手にするのが常でした。その頃登場したマークⅡは、日本人好みの高性能のミドルアッパーのクルマであり、若者から中年層まで圧倒的な支持を受けました。

31年の長きにわたり、高級FRセダンの中心的存在として進化し続けましたが、最後はバブルとともに消え去りました。

(Mr. ソラン)

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