10周年を迎えるボイメンの水野 勝 リーダーとして抱える苦悩とは?

CREA WEB / 2020年7月10日 17時0分


 名古屋発の人気グループ「BOYS AND MEN」のリーダーであり、俳優としても活動している水野 勝。

 今年結成10周年、30歳を迎える彼がブレイクまでの道のりを振り返るほか、名古屋愛についても語ります。

●サッカー選手の道を諦め、裏方志望に


――5歳のときに、名古屋のサッカー・クラブチームに入団されたそうですね。

 父がペレ、マラドーナ、ベッケンバウアー世代のサッカーファンだったこともあり、気づいたら英才教育を受けていました。

 5歳でクラブチームに入り、めちゃめちゃ練習して、小学校の卒業アルバムにもしっかり「将来の夢はサッカー選手」と書いていました。

 でも、中学2年のときに、その夢は諦めました。上には上がいることがわかったことと、膝を悪くしてしまい、ボールを蹴ることができなくなってしまったんです。

 でも、心からサッカーが好きだったので、中学でクラブチームを辞めた後も、高校の部活で続けていました。

――また、幼い頃から、映画やドラマも好きだったそうですね。

 TV放送されたものをビデオに録って、よく観ていました。特に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と『ダイ・ハード』は、テープが擦り切れるほど観ていたのを覚えています。

 なので、高校の部活を引退した後、映画やドラマのカメラマンかディレクターといった、映像制作の道に進みたいと思い始めました。

 それで、映像制作の技術も学べる大学に進み、課題で絵コンテを描いたり、CMを撮ったりしていたんです。そのときは、今のように出る側になるとは思いもしませんでした。

●アイドルではなく「エンタテインメント集団」


――大学在学中、事務所に役者としてスカウトされたときの心境は?

 5歳から18歳まで、13年間サッカーを続けてきて、「次に続けられるものは何だろう?」と模索していたタイミングだったので、役者の道に懸けてみようと思えたんです。

 今思うと、昔の自分はカラオケとか人前で何かをするのが苦手だったし、周りにカッコいい人はいっぱいいるし、「自分には向いてない」と思っていたんです。だから、裏方の道に進もうとしていた気がするんですね。

――その後、ボーイズグループ「BOYS AND MEN(ボイメン)」のメンバーとして、グループ旗揚げからミュージカル公演を行っていきます。そこからインディーズでCDリリースをし、アイドル的な人気になりましたね。

 当初、ミュージカルのお客さんがまったく増えなかったこともあり、町のお祭りなどに出たりしていたんです。でも、短い持ち時間で、自分たちのミュージカルの楽曲を歌ったり踊ったりしても、お客さんにはまったく届かない。

 だから、自分たちの持ち歌を歌うようになったんです。つまり、アイドルになるためとかでなく、単にグループを存続させる方法のひとつとして、CDを出し始めたんです。

 だから、今でもアイドルグループではなく、「エンターテインメント集団」という表現を使っているんです。

●リーダーとしての苦悩と葛藤


――そんな当初とは違う状況のなか、水野さんはリーダーに就任されます。

 メンバーになって、1年経たない頃に事務所の社長から指名されたのですが、当時の自分は、まだ20歳。特にリーダーになりたいとも思っていなかった。

 10歳ぐらい年齢差のある年上のメンバーもいたし、いろいろ言われることもありました。すべての責任を負わなければならないし、正直辛かったです。

 10周年を迎える2年ぐらい前、2018年の頃には自分も含め、メンバーが大人になり、少しずつ知名度が上がったことで自分たちのやりたいことが明確になり、そこに向けて行動できるようになりました。

 そのとき、やっと「自分がリーダーでいいんだ」という気持ちになれた気がしたんです。

――ちなみに、リーダーとして、常に心掛けてきたことはありますか?

 メンバーの悩みはそれぞれ違うので、常に気を配るというか、稽古や公演終わりとか、できるだけコミュニケーションを取るようには心掛けていました。でも、お客さんが増えない理由だけは、本当にわかりませんでした。

 当時の名古屋出身のグループといえば、2年先輩のSKE48さんしかいなくて、ボーイズグループは僕たちだけ。なのに、何をやってもダメ。

 そんななか、毎回決められたお芝居を見せるミュージカルよりも、そのときどきのテンションが肝となるライブの方が、お客さんに求められていることを知っていくんです。

●全国区になっても 名古屋を拠点とする理由


――その後、15年メジャー・デビュー、その知名度はどんどん全国区になっていきます。

 たくさんの人に届けたいという気持ちは変わりませんでしたが、オリコンなど、今まで知っていたワードが耳に入ってきたり、自分たちの冠番組が増えていったりすることの嬉しさはありました。

 今でも名古屋に住みながら、愛知県の広報大使や名古屋観光特使のようなお仕事や、中日ドラゴンズの応援歌も歌わせてもらったり、試合の解説などもさせてもらったりしています。

 街を歩いていると、普通のおっちゃんが「ドラゴンズ、昨日勝ったな!」と、気軽に話しかけてくれる。そういう地元愛みたいなものは、これからも大切にしていきたいです。

――ちなみに、ボイメンとしての転機となった出来事は? また、グループとして、俳優・水野さんとして、現場の居方の違いなどはありますか?

 グループとしては、15年に日本ガイシホールでやった1万人を動員した単独ライブ(“夢の1万人ライブで重大発表!「オレ、卒業します。」”)です。

 初の冠レギュラー番組(「ボイメン☆騎士」)との連動企画だったんですが、いつもの150人収容の常設小屋から飛び出し、1万人収容の日本ガイシホールのステージに立つことができて、それまでの苦労が報われた瞬間でした。

 グループとしての僕は、ライブ中のMCでは回し役に徹したりなど、常にリーダーというポジションは変わりません。でも、俳優業に関しては、自分が演じる役柄によってポジションは大きく変わります。

 ましてや、そこで主演や座長になるなら、こちらでもリーダーとして引っ張っていかなきゃいけないですから。

>>次回は最新出演映画『癒しのこころみ~自分を好きになる方法~』についても語っていただきます。


水野 勝(みずの まさる)

1990年11月22日生まれ。愛知県出身。名古屋発のエンターテイメント集団「BOYS AND MEN」のリーダー。俳優業にも力を注いでいる。主な出演作は、ドラマ「マジで航海してます。~Second Season~」(18年)、映画『HiGH&LOW』シリーズ(17~18年)などに出演。公開待機作に『悲しき天使』(8月7日公開予定)などがある。


『癒しのこころみ~自分を好きになる方法~』

残業続きの毎日に心身ともに疲れ果て、勢いで会社を辞めてしまう里奈(松井愛莉)。ある日、セラピストの道を歩むことを決意した彼女は、働き始めた店舗でデッドボールのトラウマで戦力外通告を受けていたプロ野球選手・碓氷(八木将康)と出会う。
https://iyashimovie.com/
7月3日(金)より公開中
(c)ドリームパートナーズ

文=くれい響
撮影=佐藤 亘

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