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“襲名マジック”を乗り越えて 中村福之助が語る不屈の5年間

CREA WEB / 2021年7月16日 18時0分


歌舞伎俳優の中村福之助さん。

 コロナ禍において、日々、移ろいゆく状況や価値観の多様化に、皆が戸惑い翻弄されています。歌舞伎の未来を担う若手歌舞伎俳優のみなさんは、この事態とどのように向き合い日々の舞台に臨まれているのでしょうか。スペシャルインタビューでその想いを伺います。


客席の笑顔が「何よりうれしかった」再開後の公演


2021年7月歌舞伎座『蜘蛛の絲宿直噺』中村福之助=碓井貞光。©松竹

 歌舞伎座「七月大歌舞伎」で上演中の『蜘蛛の絲宿直噺』に出演中の中村福之助さんが、この演目に出会ったのは2020年11月、やはり歌舞伎座でのことでした。

「(市川)猿之助のおにいさん得意の変化舞踊なんですが、早替りのあまりの早さにびっくりしました。スタッフやお弟子さんたちのチームワークがすごくて、裏で何が行われているのかわからないくらい静かなのに、あっという間に違う姿で登場される……。

 自分自身、めちゃくちゃ楽しかったですし、何よりうれしかったのはお客様がそれをものすごく楽しそうにご覧になっていらしたことです」

 感染者数の減少とリバウンドが繰り返され「ぜひ劇場にいらしてくださいとは言いにくい」状況が続く中、客席の笑顔は何よりの喜びだったそうです。


 福之助さんがコロナを最初に強く意識させられたのは2020年3月。京都・南座で上演予定だったスーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』が公演中止になった時でした。

「初日が何回か延期になり最終的に中止になったのですが、ものすごくショックでした。

 前年の10、11月に東京の新橋演舞場で初演し2月に福岡の博多座で上演した作品で、規模や舞台機構の異なる劇場に合わせて台本や立廻りを練り直し、お客様により楽しんでいただけるようにとみんなで頑張ってきた舞台でしたから」

 その後すべての歌舞伎公演がストップしてしまった自粛期間中は、兄・橋之助さんと弟・歌之助さんと共に古典の作品である『義経千本桜 川連法眼館』のせりふを一緒に勉強していたそうです。

「お互いに『そこ、何言っているかわからないよ』とか『こうじゃない?』とか言いながらやっていました。兄弟ですから遠慮なく言い合えます。そうするとひとりだと気づけない部分がよくわかりました」

「自分のイライラを人にぶつけている」と父に言われ……


 福之助さんが三代目として現在の名を襲名されたのは2016年。父の八代目芝翫襲名に合わせてのことで、兄の四代目橋之助、弟の四代目歌之助との四人同時襲名。

 10月から2か月連続で行われた歌舞伎座での襲名披露は、とても華やかで活気に満ちたものでした。その後、襲名披露は各地で行われ、かつての名子役は青年歌舞伎俳優として一気にその名を知られるようになったのです。

「地方の会館を巡る襲名披露公演の時に(中村)梅玉のおじさまが食事に連れて行ってくださったことがあったんです。

 そして『この襲名披露が一段落したら、福之助には苦しい時期が来ると思うけれどそこで何をしているかが大切なんだよ』とおっしゃってくださいました。

 ちょうど大人の役がつき始める年齢と襲名が重なったことで、“襲名マジック”じゃないけれど僕はいきなりいい役をさせていただいていたんです」

 大先輩である梅玉さんの言葉は現実となり、舞台の中心から遠のいた役が多くなっていきました。苛立って父の芝翫さんと衝突してしまったこともあるそうです。

「その時に父から『お前は自分のイライラを人にぶつけている』と言われ、何も言い返せませんでした。実際、その通りだったんです」

 精神的には不安定な状態ではありましたが、梅玉さんの言葉を胸に踊りの稽古に励んだり歌舞伎だけなくさまざまなジャンルの演劇を観に行ったり、福之助さんは自分磨きを怠ることはありませんでした。

大きな転機となった『新版 オグリ』への出演


2020年2月博多座『スーパー歌舞伎II オグリ』中村福之助=小栗四郎。©松竹

 そんなある日、市川猿之助さんが手がける『新版 オグリ』がいよいよ具体的に始動する時がやって来たのです。それは大ヒットした『ワンピース』の次回作として上演されるスーパー歌舞伎Ⅱです。出演こそ決まっていたものの、漠然としたイメージでしかなかった舞台がみるみる形になっていったのです。

「自分はそれまで父親と一緒の舞台がほとんどで、猿之助のおにいさんとは舞台でのご縁がほとんどありませんでしたから、お話をいただいた時は驚きました。うれしかったです。

 実は少し前から“父におんぶにだっこ”の状況から抜け出なくてはと思っていたんです。自分が守られていると甘えてしまうタイプだということはわかっていましたので」
 
 チャンス到来! 秋からの東京公演に向けての稽古が始まったのは2019年夏のことでした。

「本水の立廻りには最初、僕は出る予定ではなかったんです。稽古場である時おにいさんが『福之助も一緒に入ろうか』とおっしゃってくださって。そして『歌舞伎の色を出せるのは歌舞伎役者だけだから、自分が立廻りをする意味を考えてやってほしい』と」

 スーパー歌舞伎Ⅱには歌舞伎俳優だけでなく、さまざまスキルを持った俳優さんも出演しています。アクロバティックなアクション主体の動きと歌舞伎の伝統の中で培われて来た立廻りとが、互いを照射しながら融合した場面はこの作品の大きな見どころです。

「その時に梅玉のおじさまの言葉を思い出し、改めて感謝しました。役がつかなかった時に投げやりになって何もしていなかったら、きっと手も足も出なかったと思うんです」


©松竹

 福之助さんが演じたのは、猿之助さん演じる主人公・オグリの元に集まった仲間のひとりである小栗四郎でした。

「東京での初日におにいさんの部屋へ挨拶に伺ったら『将来、これが出世作になったと言われるように頑張ってね』とおっしゃってくださいました。すごくうれしいのと同時に重い言葉だと思いました。

 それで緊張してしまうかと思ったんですが……。意外にそうでもなかった。楽しい! の方が勝っていたということなんでしょうね」

 大量の水を全身で受け止めながら、歌舞伎俳優としてこれまで培ってきたものを存分に発揮して大活躍。福之助さんは割れんばかりの拍手に包まれ、猿之助さんの期待にみごとに応えたのでした

 そして公演が終わってしばらくした時、芝翫さんから『あの時言った言葉を覚えている?』と尋ねられたそうです。

「オグリには自分より後輩も出ていて、稽古や舞台を共にするうちにしっかりしなくては! とより強く思うようになり自分の中に責任感が芽生えていきました。

 そんな僕を父はちゃんと見ていて『変わったね』と言ってくれました。そして自分でも変われるんだな、と思いました。

 そういう意味でも非常に思い入れのある作品となっただけに、南座公演の中止は本当に悔しかった……。いつかまたやれる日が来たらと願っています」

“髪結”を研究するため美容院へ 驚きの役作り


福之助さんの2021年は歌舞伎座「壽初春大歌舞伎」で幕開け。猿之助さん主演の愉快な舞踊『悪太郎』に修行者智蓮坊で出演し、日本舞踊には珍しい三拍子のリズムを取り入れたこの作品でも貴重な経験をした。©松竹

 思い通りにいかない時期をどう過ごすか、その大切さを実感している福之助さんは、自粛期間中も真摯に自分と向きあって来ました。そして歌舞伎公演が再開すると、さまざまな役に抜擢されます。

 片岡仁左衛門さんと坂東玉三郎さん共演の『於染久松色読販』に出演したのは2021年2月。

「髪結の役だったんですが、いかに自然に動けるかを、(十八世中村)勘三郎の伯父が別の役で髪結を演じている映像を見たり、美容院に行ったりして研究しました。美容師さんは手を動かしながらさりげなく会話しているのですが、意識は常に手元や鏡の中。これは生かせると思いました」


2021年2月歌舞伎座『於染久松色読販』中村福之助=髪結亀吉。©松竹

 そうやって役に取り組む福之助さんに、玉三郎さんは「歌舞伎座サイズで」とアドバイスしてくださったそうです。

「ぼそぼそ喋っているようでいながら3階席まで届く声で、というのはすぐに理解できたのですが……。『足を動かさないで』というのが最初は意味がよくわかりませんでした。

 でもそれを実践して映像で見てみると、ものすごくしっくりきました。バタバタ動くとその仕事に慣れていない人に見える。小さい時から見ていた何気ない場面にもからくりがあるのだと思いました」

 さらに4月と6月に上演された仁左衛門さん玉三郎さん共演の“伝説の顔合わせ”による『桜姫東文章』にも出演。福之助さんは2020年10月以降、2021年3月の南座での若手公演も含め毎月舞台に立ち続けているのです。

 今、歌舞伎座で上演されている『蜘蛛の絲宿直噺』は、チラシやポスターの演目名のところに「再びのご熱望にお応えして」と記されています。


「七月大歌舞伎」のポスター。

「その気持ちはわかります。いろんな作品を見知っている僕たちだってすごく面白いと思うんですから。

 今回は最後に“押し戻し”と言われる豪快な役で(尾上)松緑のおにいさんが登場なさいますし、頼光は梅玉のおじさま。他にも登場人物が増えて一層楽しいものとなっています。

 いらしてくださったお客様に満足していただけるよう、一日一日の舞台を懸命に勤めます」 
 
 生き生きとした表情で語る福之助さんなのでした。

【コラム】偉大な祖父の恩恵


 福之助さんは、南座「坂東玉三郎特別舞踊公演」(8月)、歌舞伎座「九月大歌舞伎」(9月)、御園座「坂東玉三郎特別公演」(10月)と、この先の出演舞台でもさまざまな役に抜擢されています。

「九月歌舞伎」で福之助さんが歌之助さんと共に出演するのは『お江戸みやげ』。これは、確かな芸と存在感で女方としての地位を極め、2011年にご逝去されたお祖父様(七世芝翫)を偲んで上演される演目です。

「玉三郎のおじさまはたくさんの役を祖父から習ったそうです。おじさまは祖父に『とてもお世話になり、よくしていただいた』という意味のことをたびたび口にされます。祖父が亡くなった時、僕は子役には大きすぎて大人の役には幼いという年齢でした。だから祖父から何かを具体的に教わることはかないませんでしたけれど、祖父のおかげでさまざまな先輩が僕に教えてくださいます。本当にありがたいことで、こうした縁は自分も大切して下につないでいかなければと思います」

 歌舞伎座の3階ロビーには、これまでの歌舞伎をさまざまに彩った名優の写真が飾られたパネルがあります。戦争という激動の時代を生きた方々もいらして、七代目芝翫さんもそのひとりです。今の歌舞伎があるのは、どんな苦しい時代にあってもあきらめずに次世代へとつないで来た先人の歌舞伎への思いあってのことなのです。

 歌舞伎座を訪れたなら幕間のひとときに訪れてみてはいかがでしょうか。物言わぬ名優の、静かな眼差しに勇気づけられるかもしれません。


中村福之助(なかむら・ふくのすけ)

1997年生まれ。祖父は七代目中村芝翫。2000年、歌舞伎座『京鹿子娘道成寺』所化、『菊晴勢若駒』春駒の童で初代中村宗生を名乗り初舞台。2016年、歌舞伎座『極付幡随長兵衛』の雷重五郎、『熊谷陣屋』の伊勢三郎、『祝勢揃壽連獅子』の狂言師後に仔獅子の精、『芝翫奴』の奴駒平で三代目中村福之助を襲名。

文=清水まり
撮影=今井知佑

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