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止まることを許されない俺に 待ち受ける奇妙な出会いとは? 作家・町田 康に傑作誕生の秘話を聞く

CREA WEB / 2021年10月19日 19時0分

 画家・寺門孝之さんの絵画に作家・町田 康さんが物語を紡ぐ――。構想20年のパンクファンタジーがついに完成。

「書くことが生きる目的」と語る町田 康さんに、制作秘話を聞いた。


構想期間、なんと20年! 絵画から着想を得て生まれた、パンクファンタジー


 すっきりと坊主頭にしたのは、2カ月くらい前だそう。意外なことに、「ずっと憧れていた髪型だった」のだとか。そんな町田 康さんの最新刊『東山道エンジェル紀行』は、町田さんが画家の寺門孝之さんの絵画にインスパイアされて紡いだ物語が8つの連作短編の形で収められている。本書誕生のきっかけは、20年以上前に遡る。

「寺門さんとは、デビュー作の『くっすん大黒』のときの装画というご縁もあり、公私ともに仲良くさせていただいています。いつもは僕の小説を読んで寺門さんが絵を描いてくださるんですが、たまには立場を変えて寺門さんの絵をもとに僕が物語を作ったらどうだろうという話になって。ここに収録した虎や女性の泣き顔の絵を見た最初のときに、物語が湧き上がってきたのを覚えています」

「それから夢のように月日が流れて。これといった理由はないんですけれど、ぼやぼやしていると20年くらいの時間はすぐ流れてしまいますね(笑)。昨年久しぶりに再開しようと話が進んで、やっと完成しました」

 描かれているのは、〈追放者たる俺〉の旅路だ。〈俺〉は軽発機に常に空から監視され、追い立てられるように、あてどない運命に流されていく。

「追放者とは、いわば目的を与えられていない人間です。社会というゲームのゴールもルールも知らなくて、参加できていない。そういう寂しさは誰の心にもあるのではないかなと思います。いくら居場所を求めても結局人間は孤独だと、僕自身は30代のころから感じていましたし、年を取って余計に痛感するところです。寺門さんの絵から広がった空想に、そんな追放者という存在をぽんと放り込んだら、生々しい実感を伴って物語世界が展開していくのではないかと思いました」

 章ごとに、〈泣き女〉や〈人虎〉〈水中舞踏家〉〈音楽女王〉に出会い、ハラハラする体験も切ない気持ちも味わうが、一カ所にとどまることを許されておらず、移動し続ける〈追放者〉。そんな彼のキャラキターの強烈さに掴まれる。

「リアルな人間って、いろんなことを同時に考えたりして、矛盾もあって、『あなたこういうキャラでしょ?』と人に言われるような分からはみ出るようなものが必ずあると思うんです。作品の中では、そういうひとりのキャラクターとして整理統合できないような人間のさまを常に描きたいと思っています」


自分が生きた20年と、作品の中での時間経過が重なる

 続く4つの章は、その20年後の地点から書かれる。そこではもう追い立てられることもなくなった〈俺〉は、追憶の中で生きる。一種の死生観のようにも読める深い思索に圧倒される。

「暗い話を書いた覚えはないんですが、こうして話していると、やはり人間の寄る辺なさというか、人間が生きるとはどういうことかに重なりますね。あらためて、結構暗かったんだなと」

 前述したように、本書はいわば「構想20年」の渾身作。面白いのは、それが概念としての惹句ではなく、実態であることだ。

「小説では『20年経ちました』と書けば1行で終われるわけですが、この1冊の中で、自分が生きた20年というのと、作品中での20年の経過を、実際に重ねることができた。初期にやっていたことといまやっていること、つまり寺門さんであれば20年かけていろんなスタイルに挑戦されて、僕自身もいろんな経験をして作風などもあれこれ工夫してきた。それを全部注ぎ込めた。結果論なんですが、20年の意味があったわけで、なかなか面白いことができたなと自分でも思います」

 そして、度肝を抜かれる斬新なブックデザインにも注目。驚くなかれ、手製本なのだ。ページの間に寺門さんの絵がはさまれていたり、文字が載っている版面に絵も印刷さていたり。カバー然り、使われている紙然り、そこかしこに施されている工夫にわくわくする。

「寺門さんは、デザインについてはほぼ、担当してくださった神戸芸術工科大学教授でもある秋山 伸さんにおまかせしたと。ぱっと見ではわからない細かい工夫がいろいろされているので、カバーを外してみたり、自身で発見して楽しんでもらいたいです。実際、手に取って見てみないと、よくわからないと思うんですね。僕も途中経過を添付ファイルなど二次元では説明されていたのですが、実物を見るまでなかなか理解できなかった。さすがにここまでやるとは思ってなかったです(笑)」


グラフィックデザイナー秋山 伸による特殊造本は、一冊一冊手作業で作られている。

 さらなる裏話は、『東山道エンジェル紀行』朗読&トークで視聴可能だ。※コトゴトブックス にて2021年10月31日(日)23:59まで販売中。

「たとえば真ん中に折り畳んで入れてあるポスターの絵の秘めた意図などを、寺門さんが最近の絵のスタイルなどにからめて話しています。僕も聞いて『ああ、そうだったの』と感心しました。物語に織り込んだ寺門さんや僕の日常のエピソードなどもわかります」

 こうした試みは、またやってみたいそうだ。

「これまでにも、小説ではないですけれど、写真からインスピレーションを得て文章を書くというのをやったりしています。『フォトグラフール』や、荒木経惟さんの写真から物語を書いた『俺、南進して。』(どちらも版元品切れ)とか。視覚的なものを物語に変換していくのはわりと好きですね。古典の作品を現代に変えて書くのを最近よく手がけているのですが、考えてみれば、それにも通じると思うんです。時間的な隔たりを経て日本語が変わったり、人の意識が変わったりしますよね。でも、根底にある“ひとのこころ”は千年経ってもそう変わらない。だから、謎が生じるんです。『なんでここでこういうことをするの?』『なんでこういう言葉が出てくるの?』と。それをこころというものの底の底まで潜っていくと、わかる瞬間があるんです。それが面白いんですね」

 さらには、絵を見ることにもつながる面白さだという。

「画家自身、どうして描いたのかわからない絵というのがあるんです。感覚的に『よくわからないけれどなんか描いちゃった』みたいな1枚が生まれるときがあります。見る側は、その世界に寄り添っていって、演劇というか文脈というか何か味わう道筋を作りますよね。そういうときに必要なのはやっぱり人間の感情だと思います。好きだ嫌いだと動物に近いようなプリミティブなところまで潜って、また人間の意識に帰ってくる。そういう作業が好きなんです。それを直感的にやっていったらこういう物語ができたということだと思います。なんでそんなことをするのかと言えば、ひとりひとりの人間の情動に惹かれるから。僕はやっぱりずっと、社会の構造とかよりも人間の心の中のことに興味があるせいだろうと自己分析していますね」

「書くことが生きる目的だというところがある」と語る町田 康さん。その全身小説家宣言、カッコいいです。



写真=秋山 伸

『東山道エンジェル紀行』

町田康/文、寺門孝之/絵
1,980円
左右社
http://sayusha.com/

町田 康

作家。1962年生まれ。高校時代より音楽活動を始める。デビュー作『くっすん大黒』で野間文芸新人賞、Bunkamura ドゥマゴ文学賞を受賞。『きれぎれ』で芥川賞、『告白』で谷崎潤一郎賞受賞。


寺門孝之

画家。1961年生まれ。神戸芸術工科大学教授。独自の天使画を追求する他、書籍装画、演劇ポスター、絵本などの多彩な活動で知られる。

文=三浦天紗子
撮影=平松市聖

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