日本でマッチングアプリに登録した在日フランス人女性がぶつかった“壁”「どうしても相手との間に距離が…」
CREA WEB / 2024年5月3日 17時0分
東京にやってきたフランス人の著者が、マッチングアプリを通じた出会いについて綴り、フランスで話題を呼んだエッセイ『東京クラッシュ 男は星の数ほどいるけれど』(ヴァネッサ・モンタルバーノ著、池畑奈央子訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)。
刹那の恋、未遂の恋、本気の恋、東京独特のデートのお作法や恋愛のルールなどについて書かれた同書から、一部を抜粋し掲載します(前後編の前編)。
日本語でマッチングアプリを始めてぶつかった「壁」
ティンダーにプロフィールをアップしたあと、わたしは操作を開始した。ランダムに表示される写真を見て、気に入らなければ左にスワイブ、気に入れば右にスワイプして、「Like(いいね)」を送る。これは面白くて、クセになった。
気に入った相手がLikeを送ってくれば、マッチングが成立。マッチした相手にメッセージを送る。初めての経験だった。まだ漢字が読めなかったので、自動翻訳を使って相手のメッセージを読み、わたしの知っている初級の日本語でメッセージを送った。
でも、ユーモアのセンスがあって、当意即妙に反応する男はひとりもいない。送られてくるメッセージはどれも似ている。判で押したように、型にはまった礼儀正しい文章だ。日本の社会がいつでも、そして、どこでもそうであるように、男性が女性を誘うときもなんらかのルールにしたがっているように見えた。
わたしは少しずつ「敬語」に慣れていった。日本語を学習する外国人にとって、これが難関のひとつ。敬語は本当に難しい。日本人でさえそう言うぐらいだ。敬語の使い方は3通りある。まず、相手に丁寧に話す丁寧語。次に、相手に敬意を示す尊敬語。そして、へりくだった表現をする謙譲語だ。
日本人は子どもの頃から、“先輩”“後輩”という人間関係になじんでいる。先輩は年上でお手本とすべき存在、後輩は年下で経験不足。だから指導者(メンター)が必要と考えられている。こうした人間関係に応じて、日本人は異なる話し方を巧みに使いわけているわけだ。
ティンダーでは、ほとんどのメッセージが教語で書かれている。「敬語を使おうとしないような男は絶対に相手にしないこと!」日本人の友人セイナからそう言われたけれど、納得できなかった。敬語を使う男性が全員、まじめなタイプとは限らないだろう。それに、いつまで敬語を使わなければならないのだろうか?
わたし自身は早々にくだけた口調で話すことが多かった。敬語よりもそのほうが話しやすかったから。それに、敬語を使うとどうしても相手との間に距離ができる。それではなかなか打ち解けることができない。
日本人の友人に教わった、「敬語」をやめるタイミング
セイナによれば、出会ってから数回のデートのあと、あるいは“告白”のあと、敬語は使われなくなるという。ちなみに、告白とは相手に気持ちを伝えることで、正式に交際を始めるきっかけになる。
それでも、中には数カ月も敬語を使いつづけるカップルもあるらしい。「セックスしたり、ケンカをしたりすると、それがきっかけとなって、敬語を使わなくなるもんだよ」セイナがそう説明してくれた。つまり、敬語はふたりの関係を始める最初の一歩というわけ。
同様に、相手を名字で呼んでいるか、それとも名前で呼んでいるかで、ふたりの人間関係がわかる。名前の後ろにつける「敬称」も然り。フォーマルな、「ムッシュー」「マダム」のような呼び方で、客に対しては「〇〇さま」、丁寧語で話す相手には「〇〇さん」と呼びかける。そして、親しい間柄になると、「〇〇ちゃん」や「〇〇君」となる。
バイト先の居酒屋では、スタッフは全員わたしの先輩なので、わたしは当たり前のように「ヴァネちゃん!」と呼ばれていた。その後、フルタイムで働いた会社では、「ヴァネッサさん」と呼ばれた。ちなみに、日本人スタッフは名字で呼び合っているのに、外国人スタッフは圧倒的にファーストネームで呼ばれることが多い。
ナイトクラブでも礼儀正しい日本人男性たち
日本ではナイトクラブでさえ、男たちはルールにしたがって女性を誘う。クラブは、「ナンパとパリピの巣窟」と呼ばれている。だから、気をつけるように言われていたにもかかわらず、実際に行って、自分自身で確かめたのだから間違いない。“パリビ”とはパーティー好きな人々のことで、「パーティー・ピープル」という言葉からきている。
その夜、わたしは日本語学校の仲間たちと渋谷に集合した。人混みを縫うようにスクランブル交差点を渡り、わたしたちは外国人に人気のクラブ、WOMBに向かった。入口で身分証明書を見せ、ロッカーに荷物をあずける。一瞬、プールに来たような錯覚を覚えたが、それを除けば、どこにでもあるようなごく普通のクラブだ。人であふれたダンスフロアにバー、きらめくミラーボール……。想像していたような派手な装飾もない。
わたしはふたりの日本人男性から誘われた。「はじめまして(ナイス・トゥ・ミート・ユー)」と言って、手を差しだす。わたしがその気がないジェスチャーをすると、ふたりとも「お邪魔しました」と頭を下げ、「楽しんで!」と言って、礼儀正しく立ち去った。
文=ヴァネッサ・モンタルバーノ
訳=池畑奈央子
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