26年ぶりに上野動物園で誕生! スマトラトラの4頭の子どもたちーー2024年前半BEST7
CREA WEB / 2024年5月11日 9時0分
2024年1~4月にCREA WEBで反響の大きかった記事ベスト7を発表します。ビューティー・ライフスタイル部門の第2位は、こちら!(初公開日 2024年3月17日)
2月22日より、CREA WEBでは「猫」特集が大好評公開中です。今回は、凛々しくも愛らしい猫科の動物・スマトラトラに会いに、上野動物園にお邪魔しました。撮り下ろしや貴重な成長記録画像もぜひご覧下さい。
昨年春に生まれた「アサ」に会いに
2023年4月、そして12月に東京都恩賜上野動物園でスマトラトラの赤ちゃんが次々と誕生しました。4月生まれの1頭はインドネシア語で“希望”という意味の「アサ」という名前が付けられ、現在、その無邪気な姿を来園者に見せています。
11月の公開開始からずっと第二展示場に出ていたアサ。この日も、バックヤードとの入り口付近らしき場所を歩き回りながら、遠くから見守る来園者のほうへチラッと視線を向けます。
少し経つと、池のほうへ。幼いアサのために浅く水が張られた池に入ろうとしますが、水に濡れるのが少し嫌な様子。前足を振って水をはらう仕草を見せながらも、意を決したように体を浸けて休んでいました。
上野動物園でのスマトラトラの誕生は、なんと26年ぶりのこと。お母さんは神奈川・よこはま動物園ズーラシア生まれ、横浜市立野毛山動物園からブリーディングローンによってやってきた「ミンピ」。お父さんは宮城・仙台市八木山動物園生まれ、大阪・みさき公園からやってきた「ブラン」。赤ちゃん誕生の裏にはさまざまな工夫があったそう。上野動物園で広報を務める、教育普及課長の大橋直哉さんに、詳しくお話を伺いました。
「ミンピとブランの相性が大事なのはもちろんですが、ミンピは元々、発情がうまく来ないところがありました。以前から岐阜大学動物繁殖学研究室の楠田(哲士)先生にお願いしてホルモン分析を行っていたのですが、周期の波があまり出ていなかったので、野生に近い縄張りの状態を作ったり、一定以上の体重をキープするようにしたりと工夫することによって2回の繁殖に成功しました」(以下、すべて大橋さん)
無事1頭を出産。しかし、授乳がうまくいかず……。
1回目の妊娠が判明すると、ミンピが落ち着いて過ごせるようにと産室を用意。人がなるべく立ち入らないように監視カメラをつけるなどして準備を進めてきました。そして、昨年4月28日、ついに出産。2頭のうち1頭は残念ながら死産となってしまいましたが、生まれた瞬間は、見守っていた職員の皆さんから安堵の声がもれたそうです。
「生まれてから大事なのは動いているかどうか、授乳できているかどうかです。(生まれた子が)鳴いているのはよくない。お腹が空いていると鳴くので、静かであることが望ましいのですが、ミンピの場合、子どもに興味を示さなくなってしまい、アサは鳴いていました。
授乳ができていない可能性も考慮しつつ、なるべく手は出さないほうがいいため様子を見ていたところ、ミンピが子どもに興味を示さなかったため、この先、授乳は難しいと判断して介添え哺育に切り替えました。その後、ミンピの元に戻したところ、子どもへ興味を示したり、授乳の体勢をとったりはしたのですが、少し攻撃的になってきたこともあって人工哺育に切り替えました」
動物園で飼育しているとはいえ、スマトラトラは野生動物。人に慣れすぎてしまうと今後の繁殖に影響を与える可能性もあるため、飼育担当者を固定して面倒を見たり、同園で飼育しているほかの個体と檻越しに会わせたりしながら、なるべく野生に近い環境を保って成長を見守ってきました。
また、健康診断によってアサには先天性が疑われる腎臓の異常があることが判明。根治は難しいものの、今の状態を維持、そして改善していく努力をしている、と大橋さんは語ります。
12月には、さらに3頭の赤ちゃんが!
昨年12月4日に、ミンピはさらに3頭の赤ちゃんを出産しました。
「前回を踏まえて、もう一度、同じやり方で発情を促したところ、妊娠したことがわかりました。飼育担当者も二度目のことなので、準備に焦りはなかったはずです。ただ、今回も人工哺育になったらどうするのか。飼育担当者の負担などの懸念はありましたが、生まれてすぐ授乳がうまくいき、子どもたちも静かに寝ていると聞いたときは、私も安心しました」
子どもたちは現在、バックヤードですくすくと成長中。ミルクだけではなく肉もすでに食べるようになっているそうです。4頭の父・ブラン、母・ミンピともに野生の生息地であるインドネシアの言葉から名前をもらっていることにちなんで、3頭もインドネシア語の名前が付けられました。オスの2頭は太陽を意味する「アロナ」と永遠を意味する「アバディ」、メスのは繁栄を意味する「マクムル」です。
スマトラトラはその名の通り、インドネシアのスマトラ島を生息域とするネコ科の動物。野生での生息数は300~500頭ほどとされている絶滅危惧種で、インドネシアでは保護活動も行われています。また、動物園では国際的な繁殖プログラムによって、世界中のスマトラトラを管理しているそうです。
「トラは単独で生活する動物。1頭ずつ分けて飼育しないといけないため、動物園で飼育できる数は限られます。だからこそ、計画的に個体を増やしていかなければなりません。
また、血統の管理も必要になるので、日本国内のスマトラトラを管理している担当者が調整しながら繁殖を行っています。ブランとミンピの相性は非常にいいですが、同じ血統が増えすぎるのはよくないことなので、ペアリングを変えるという選択肢も今後はあるかもしれません」
上野動物園で見られるネコ科の動物は、このスマトラトラとマヌルネコの2種。砂漠地帯や岩山、湿地帯を生息地としているマヌルネコの展示場には、ゴツゴツとした岩場が作られています。
昼過ぎにはすやすやと眠っていた夜行性のマヌルネコですが、一度目を覚ますと活動的に。木を渡ったり、爪を研いだり、岩場に足をかけたりする愛くるしい姿に、来園者は釘付けになっていました。
「上野動物園ではスマトラトラの繁殖に力を入れていこう」
同園では以前インドライオンも飼育していましたが、2019年11月26日、オスのモハンの死亡に伴い展示を終了しました。
「昔はいろんな種を飼育していましたが、現在は動物にとって暮らしやすい環境を維持するためにさまざまな取り組みをすることが動物園のスタンダードとなっています。また、インドライオンが展示された経緯は、同じく都内にある多摩動物公園との役割分担でした。
役割分担というのは、例えば上野ではゴリラを、多摩ではチンパンジーをというように、都内ではライオンは多摩動物園のみで飼育していたのですが、近くでライオンを見たいというお客さまが多くいらっしゃったため、上野動物園でも(多摩で飼育されているアフリカライオンと種の違う)インドライオンを導入したんです。
ただ、インドライオンは国内の個体数自体がそもそも多くないですし、当園としてはスマトラトラの繁殖に力を入れていこうという思いもあったので、スマトラトラを優先して飼育することにしたんです」
WWFの公式サイトによると、国際自然保護連合が作成しているレッドリストでは野生で生息するネコ科39種のうち18種が絶滅危惧種。スマトラトラ、マヌルネコ、そしてインドライオンも当てはまります。
「先ほどお話しした役割分担は東京都の計画によるものですが、日本の動物園として将来的に種を維持するため、いろいろとやりくりしながらさまざまな動物を管理しています。
動物園の役割としては命を繋いでいく、これに尽きるのですが、皆さんが動物園で見ている動物たちの中には絶滅危惧種もいるということを知っていただいて、少しでも環境保全への取り組みを意識していただけるとありがたいですね」
上野動物園では、野生の状況を伝えるためのパネル展示や講演会開催などの取り組みも。スマトラトラの展示場に掲げられているパネルでは、化粧品や洗剤、加工食品などに使われているパーム油の原料であるアブラヤシを育てるために、スマトラトラの棲む森が破壊されていることなどを知ることができます。
「野生動物が暮らせない世界って、我々人間も暮らせない世界だと思うんですよね。昨年の夏、異常に暑くて、なんだかおかしいなと皆さん思われたはずです。地球温暖化も問題とされていますが、そういうところから、私たちが生活している場所からは遠く離れているところに棲んでいる野生動物たちについても少しでも考えていただければ。
野生動物を守るというより、野生動物が棲めるような地球環境を守るという意識を持つことが、我々人間にとっての快適な生活にもつながると思うんです。
動物たちが今置かれている状況を少しでも知ってもらえれば。そして、動物たちのためにも、環境にやさしい商品は今たくさんありますから、フェアトレードの商品や認証マークのついたパーム油を使用した商品を選んだりするのもいいでしょうし、お金に余裕があるのであれば野生動物を保護している団体に寄付するのもいいでしょうね。
一人ひとりが少しでもそういったことを意識すると、野生動物たちが置かれている環境も維持できたり、改善できたりするのではないでしょうか」
スマトラトラの赤ちゃん3頭は現在、バックヤードで母・ミンピとともに生活。展示場へ出る練習も行っているそうなので、見られる日も近いかもしれません。
「現在、展示しているアサは1頭ですが、ミンピとともに3頭が展示されるようになれば、子ども同士でじゃれ合う姿を見ていただけると思います。トラは単独行動する動物なので、母と暮らすのも子ども同士で遊ぶのも小さい頃だけ。貴重な時間を楽しんでください。また、アサに関しても、子どもならではの活発な動きを楽しんでもらえると思いますよ」
最後に、動物園で動物を見る際の注意点を伺いました。大橋さんは「動物との接し方も、人間の場合と変わらないのではないでしょうか」と話します。近くで大きな声を出したり、フラッシュを焚いて撮影したり、ガラスをドンと叩いて気を引こうとしたり……。確かに我々人間がされても、気持ちのいいものではありませんね。
一定のマナーと配慮を持って美しいネコ科動物たちを観察しつつ、彼らが今後も人間と共存しながら快適に暮らせるような取り組みを考えてみてはいかがでしょうか。
●お話を伺ったのは……
公益財団法人 東京動物園協会 恩賜上野動物園 教育普及課長
大橋直哉さん
文=高本亜紀
写真=松本輝一
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