「がん患者さんというのは千差万別」「がん防災チャンネル」の医師が解説する“みずきさんの治療”
CREA WEB / 2024年5月27日 11時0分
日本中を車中泊しながら旅するカップルYouTuber、サニージャーニー。こうへいとみずきカップルのスタートは順調だったものの、旅の序盤に、みずきが体調を不良を訴える。病名は「すい腺房細胞がん」。そして宣告されたのは「ステージ4」「余命4カ月から2年」……。
そんなサニージャーニーのふたりが書き上げた本『日本一周中に彼女が余命宣告されました。』(双葉社)には、窮地に立たされたふたりがぶつかった壁と、今を生きるためにふたりがどう立ち向かったかが克明に描かれている。
今回は、がん専門チャンネルを運営し、みずきのセカンドオピニオンも行った宮崎善仁会病院・腫瘍内科医の押川勝太郎氏による、医師から見た病状、そしてがんを巡る時代背景を抜粋してお届けする。
サニージャーニーとの接点
がんというのは個人差が大きくて、同じ部位の同じステージでも、経過や副作用の出方が全く違うということが多いです。それで、僕がYouTubeでやっていた『がん防災チャンネル』の中で、特に影響力が強い芸能人の方のがん闘病動画に関して、がん治療医の立場から解説をつける「有名人がん解説シリーズ」という再生リストを自主的に始めたんです。
その一環で、あるときテレビで紹介されていたサニージャーニーを見て、YouTubeでもすごく注目されているし、すいがんで余命まで宣告されているような状況だというので、それが本当にどういう意味なのかということを、主治医ではない第三者の立場の専門家が客観的に解説する意図で、動画を作ってアップしたんです。それを、確かみずきさんの知人がご覧になって、コメント欄を通じてご連絡をいただいたんだと思います。
診療情報やCT、報告書も確認
そしてYouTubeでコラボレーションしようという話が出たのですが、だったらセカンドオピニオンという形にして、主治医の方に診療情報提供書(いわゆる「紹介状」)を出すことにOKをもらえたら、それを元に僕が解説をするということにしましょうとお伝えしたところ、主治医の方から「自由にやっていい」と言っていただけたので、コラボをすることになりました。
提供情報自体はCT画像とそれを専門の放射線科医が読影した報告書、それからERCPという内視鏡検査の正式報告書や血液検査の報告書など、病院による正式な検査の結果が何十枚にもわたってあるわけです。
今回、詐病はあり得ない
それだけ詳細な検査報告は、とてもじゃないけど自分たちで作れるようなものではありませんから、詐病などあり得ない話なんですよね。
その中には、正式な表現として「UR-M」と書かれていました。「UR」は「Unresectable」の略で「切除不能」、「M」は「Metastasis」で「遠隔転移」のことで、括弧書きで(左鎖骨上窩リンパ節転移)と書き添えられていました。一般に言うステージ4を指す状況を、より専門的な言葉で表していたわけです。
実際にCT画像でも、胆管ステントが入った状態ですい臓周囲のリンパ節がゴリゴリに腫れた、かなり大きな腫瘍が見られました。
みずきさんのがんについて
みずきさんの場合はすい管がん、腺房細胞がんと言っていますけれど、すい液が出るところに発生するがんで、質が悪いがんです。
治療の面で言えば、すいがん患者のフォルフィリノックス治療というのは、とてもキツイ治療なんです。
ただこの治療をする多くは60歳以上、でも65歳以上には無理と決まっている治療なんです。
だからシニアのマラソン大会に、若者が紛れ込んだような状況ですから、それはもう群を抜いていい成績が出るはずですよね。普通ならみずきさんのように12回の治療を、2週に1回のペースではなかなかできないです。
通常、ステージ4で遠隔転移のあるがん患者さんは手術できない、手術しても治らないので体に大きな負担をかける手術治療はしません(体力低下で生存期間が短くなる可能性があるため)。でもみずきさんの場合は、若いということが有利に働いて、普通だったらできないことができているということですよね。こんなに若くして発症するすいがん患者は少ないので、それ自体は不運だけれども、不幸中の幸いで、治療そのものはうまくいったということですね。
アンチについて
芸能人やインフルエンサーのがんのニュースにはみなさん興味を持つし、そのうえ一般の方が発信するようになったものが、YouTubeの推奨動画にたくさん上がってくる。それが強い影響力を持つようになってしまったから、がん関連学会が行う市民講座のようながん啓発運動より、一般の方が発信する情報のほうがよっぽど強くなってしまった。
YouTubeの場合、がんの終末期でどんどん悪くなっている方のチャンネルの視聴数が大きく伸びる傾向があるようです。それはもう、猛烈な勢いで。
そうすると、それだけを見た人には「がんって最後はこんなに悲惨になるんだ」っていう刷り込みが強固になっていくんですね。有名人・著名人のみならず、一般の方々もそうやってがんの情報を発信するようになって、「がんとはこういうものだ」というイメージが定着していく。
やっぱり重要なのは、時代がどんどん変わってきていることです。がん治療も発展しているけれど、がん治療や患者の環境も変わってきている。その変化が急激なものなので、サニージャーニーが注目されていくなか、詐病疑惑をかけられてしまっている。サニージャーニーのアンチの方々も、自分たちの印象が全てだと思い込んで反応している可能性があります。
この本の読者やYouTubeの視聴者も、いろんな情報ひとつひとつに直接反応するのではなくて、複数の情報の中から、正確なことを教えてくれるような、「キュレーター」のような人を確保したほうがいいかなと思います。孤独な人ほど誤った情報に騙されやすいんです。自分の立ち位置がわからないままネット検索ばかりをしてしまうから。
詐病疑惑の理由
結局、「すいがんは悲惨なはず」「治療がすごく大変なはず」とか、「こんな若さで発症するなんて聞いたことない」「抗がん剤治療がこんなに効いて、できないと言われた根治手術までできるなんて」、しかも「海外旅行に行くなんて」と、一般的なすいがんのイメージとはかけ離れているので、詐病を疑う人が出てきたのでしょう。ご自分の家族や知り合いが、すいがんでひどい目に遭ったのを目にしていて、それとあまりにかけ離れているから疑いを持ってしまう。
ところが興味深いことに、医師で疑いを持つ人はほぼいないんですよね。
がん患者さんというのは十人十色、千差万別だということが医療者にはわかりきっているので、こういう経過も確かに起こり得ると思えるし、証拠がなかったとしても嘘だとは言いきれないと思っているから、疑いの声を上げないんですよ。むしろ声を上げたら、ほかの医師から「この人本当に医師かな? わかってるのかな?」と疑われかねないので。
サニージャーニーが出しているいろいろな情報は医学的に見ておかしいところっていうのは本当にないんですよ。一般の方がそう思われるのは、その方の常識があまりにも狭すぎるから。「私の知っているすいがんのケースと違う」と思ってしまうんですよね。すいがん、すい臓がん、すい管がん……名称はいろいろありますが、基本的には全てすいがんです。
がん患者の旅行について
治療中に、みずきさんが海外に行かれたことも、確かに健康な方に比べればリスクは高いんでしょうけど、治療によってがんそのものと副作用に関してコントロールの目処がついているタイミングで、行けると主治医が判断して、海外旅行を勧めてくれたんだろうと思います。それは普通のがん治療医の考え方としても、何も矛盾はないです。
僕自身もがん患者の方に旅行を勧めたりはしています。だってがん治療していても、治療そのものが人生の目的ではないじゃないですか。たとえ治療がうまくいって喜んでも、そればっかりやってるんだったら、なんのための治療かわからないですから。
時代の変化
昔では考えられなかった動画やSNSの持つパワー。当然ながらその振れ幅も大きい。今までの人間の歴史にはなかったくらい急激に変わってきているので、みなさんはその「風景」を見ているんだということをわかっておいてほしいと思います。
これから先もどんどん変わっていくだろうし、テクノロジーが発展して便利になるだろうけれど、予想外のトラブルも起こってくるわけです。
がん治療も、昔とはずいぶん変わってきていますから、サニージャーニーがやっているいろいろなことも変化の風景と捉えて、それを見ている方々の人生に役立ててほしいと思います。
押川勝太郎
宮崎善仁会病院・腫瘍内科医。NPO法人宮崎がん共同勉強会 理事長。25年間でがん患者1700人以上を直接治療し、3000回以上のセカンドオピニオンを実施。全国1万人以上のがん患者と直接対話している。運営するYouTube『がん防災チャンネル』(登録者約6.8万人=2024年2月時点)では、一般の方が匿名でも質問できるがん相談飲み会ライブを毎週日曜夜に開催中。
日本一周中に彼女が余命宣告されました。~すい臓がんステージ4 カップルYouTuber 愛の闘病記~
定価 1,650円(税込)
双葉社
文=押川勝太郎、双葉社編集部
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