「こんなに痛いなんて、生きていたって仕方ないわ」『暮らしのおへそ』一田さんが両親の“老い”を前に考えたこと
CREA WEB / 2024年6月4日 7時0分
仕事、健康、家族、介護、更年期……なんだか心配ごとだらけの人生後半戦。『暮らしのおへそ』編集ディレクターである一田憲子さんが、そんな「怖い」を少しずつ手放すトライ&エラーをつづったのが 『歳をとるのはこわいこと? 60歳、今までとは違うメモリのものさしを持つ』です。同書より、『「正解」の外にある「正解」』を抜粋して紹介します。(前後篇の前篇)。
両親の「老い」の姿を目の当たりにして
私が企画編集を手がけるムック『暮らしのおへそ』で、「家族をケアするおへそ」という特集をつくることになりました。私自身が両親の老いを目の当たりにして、どうしたらいいかと途方に暮れたので、同じ思いをしている方々の小さなヒントになればいいなと思って……。
2年前、母が肩に人工関節を入れる手術をし、90歳になる父が自宅でひとりになるので、私がごはんを作りに東京と実家のある兵庫県を行ったり来たりすることになりました。専業主婦だった母は、家事の一切をひとりでこなし、昭和の男の父は、まったく手伝ったことはありません。
電子レンジでごはんをチンすることもできなければ、洗濯機を回すことさえできない始末。これを機に、このふたつは覚えてもらうことにしましたが、さすがに料理まではできません。そこで、私が1週間のうち半分を実家で過ごし、半分は東京へ戻って、まとめて取材などの仕事をこなすことになったというわけです。
これまでも、たびたび実家には帰っていたけれど、朝から晩まで一緒に過ごし、掃除、洗濯、料理などを手掛けて、「共に暮らす」経験をしたのは、25歳で家を出て初めてだったかもしれません。おろし金はどこにある? 洗濯物ってどうやって干す?
自分の暮らしとはまったく違う、母がつくった枠組みの中で家事をこなすことにクタクタになりました。パンとコーヒーとフルーツという簡単な朝食を用意し、食べ終わったら洗濯をして掃除をしていたら、あっという間にお昼になります。うどんやチャーハンなどを作って父と一緒に食べ、ひたすら繰り返す昔話に耳を傾け、食後昼寝をする父の横で、少し仕事を。あっという間に夕方になり、近所のスーパーに買い物に行って夕飯の準備。終わったら片付けて、また一緒にテレビを見て寝る。たったこれだけのことなのに、父の生活すべてが自分の肩にのしかかることが、こんなにも大変だなんて、思ってもいませんでした。
なによりつらかったのが、昔とはまったく違ってしまった両親の「老い」の姿を目の当たりにしたということ。ああ、こんなこともできなくなったのね。こんなに体力なくなったのね。これまで、実家に帰ると、何歳になっても「娘に戻ることができる」と感じていました。
親はいつまでたっても親で、子供を守ってくれる存在。そう思ってきたのです。その立場が逆転し、私が親を守ってあげなくてはいけなくなった……。そのことを受け止めきれなくて、苦しくてたまりませんでした。ほんの1カ月でしたが、私は4キロも痩せて、最近ではすっかりおさまっていた更年期障害の症状まで出てしまったのです。
無事母が退院してほっと一息ついていると、今度は脊柱管狭窄症の症状が出て、激痛が走ると言います。「もうこんなに痛いなんて、生きていたって仕方ないわ」。めったに弱音を吐かない母の言葉を電話の向こうに聞きながら、胸がつぶれるようでした。
なんとか仕事を片付けて、実家に帰ってみると、部屋のあちこちにホコリが溜まっていました。あんなにきれい好きで、部屋の隅々までピカピカだったのに……。こっそり雑巾で拭きながら、痛みを抱えながら一日一日を過ごしていた母の姿を思うと泣けてきました。
自分自身の「老い」を両親から学ばせてもらっている
その後、いいお医者様に出会い、ブロック注射を受けることになってやっと痛みがおさまりほっとしました。さらに要支援2の介護認定を得て、週2回ヘルパーさんに来てもらうようにもなりました。私は、日々の家事の軽減化大作戦を実施。雑巾の代わりに掃除用のウエットシートやクイックルワイパーを買ってきました。雑巾を絞る力がなくなってきても、ウエットシートなら使い捨てにすることができます。
今では、母はそんなグッズを上手に使い、なんとかひとりで掃除を続けています。ゆっくりで時間はかかるけれど、大雑把な私よりもずっとひと拭きひと拭きが丁寧なので、再び一田実家は、我が家よりよっぽどきれいな状態となりました。
『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』(日経BP)という本を書かれた川内潤さんが、こんなふうに語られていました。「心理的に子どもにとって、親はいつでも帰れる安全地帯なんです。親の老化は『自分の安全地帯』が崩れていくのを目の当たりにすることになる」(『日経クロスウーマン』)。なるほど、その通りだなあと思います。
病気になったり、体に不具合が出たり、体力がなくなったり。親の老いは子供にとって「初めて」のことばかりです。だから、ことが起こる度にオロオロしたり、心配したり、不安に押しつぶされそうになったり……。初めてのプチ介護から2年。いろんなことがあったけれど、ひとつクリアする度に、ひとつ学ぶ。そんな繰り返しだなあと思います。そして、そんな両親の姿は「老いる」とはどういうことなのかを、見せてくれているようで、私は自分自身の「老い」を両親から学ばせてもらっている気がします。
『おへそ』の取材に協力くださった藤澤ご夫妻は、それぞれのお母様を自宅のすぐそばに呼び寄せて、食事や通院のサポートを続けてこられたそうです。でも、認知症が進んだり、高齢でひとり暮らしが難しくなったりで、お母様ふたりに別々の高齢者施設へ入ってもらったばかりです。相談にのってもらっていたホームドクターに、「罪悪感をもっちゃダメ。自分たちの暮らしを大事にしないと立ち行かなくなっちゃうよ」と言われた言葉が大きな支えになったのだとか。
私と親の「正解」が違うとき
もし、私だったら……と考えました。母はなんとか納得してくれるだろうけれど、父は施設に入ることを絶対に嫌がるだろうなあ。嫌がるのに無理をして入ってもらったら、私はきっと罪悪感を抱いてしまうんだろうなあ。頭では理解していても、自分の身に置き換えてみると、そうは簡単に心を切り替えることはできなそうです。
でも、もし両親どちらかがひとりになって、生活がおぼつかなくなったとき、私がまた行ったり来たりすると、いつ終わるかわからないその状況に、自分を消耗してしまいそう。安心して24時間きちんとケアしてもらえる環境を整えた方がいいのかな? 私にとっての「正解」と、親にとっての「正解」が違うとき、どうやって、ふたつを擦り合わせたらいいのでしょう? 考えれば考えるほど途方に暮れてしまいます。
最近、大河ドラマにハマって、アマゾンプライムで『鎌倉殿の13人』や『西郷どん』など、過去に遡って見ています。今は、福山雅治さん主演の『龍馬伝』を見ている最中。大森南朋さん演じる武市半平太は、「攘夷」という理想をかかげ、「土佐勤王党」を立ち上げます。外国人を討ち日本を守る。そのためには朝廷を動かさなければと、邪魔をする者は切り捨てもします。一方龍馬は、土佐藩という枠を飛び出し、日本が外国と対等に渡り合うためには、どうすればいいのか? と悩み、その方法を模索し、半平太と衝突するようになります。幼馴染で仲良しだったのに、共に日本のことを真剣に考えているのに、ふたりの「正解」はそれぞれ違う……。
でも、ひとつ言えるのは、半平太は自分の「正解」が絶対だと思い込み、その外側に、もっと違う正解があるのに見ようとしない。一方龍馬は、いろんな人の「正解」を拾い集め、並べてみて、「ちょっとしっくりこない」「わからない」と、自分が腹落ちできるまで、正解を求め続けていた、ということです。
自分の人生に、唯一無二の「正解」をセットしてしまったとたん、人は苦しくなってしまうのかもしれないなあ。「他にまだ答えがあるのかもしれない」と探し続けることで、そこに違う見方があると知り、世界は多様だと知り、もうひとつの「正解」を見つける可能性を手に入れる……。
隅々まで掃除が行き届き、笑顔いっぱいのスタッフの常駐する特別養護老人ホームの面会室で、ちょっとおめかしした藤澤さんのお母様と、ご夫婦の撮影をさせていただきました。取材を終えた後の帰り道。夫の緑朗さんが「これでよかった、と思っています。でも『じゃあ、またね』と別れるとき、『ああ、寂しいのかな? やっぱりかわいそうだったかな?』と毎回心が揺れるんですよね」とぽつり。
「正解」が揺れるのは、そこに優しさがあるからなんだと思います。「これでいい」とフィックスさせてしまった方がラクなのに、「これでよかったのかな?」と相手に心を寄せるから、今まで「正しい」と信じようとしていたことがぐらりと揺れる。だとすれば、正解を見つけることだけが、ゴールではないのだと、いつまでも揺れ続けてもいいのだと思いたくなりました。
両親の老いを受け止めることはつらいけれど、介護に正解はない、と知ることも大事。誰かに頼ることに罪悪感を持たず、自分を消耗しないという視点も忘れたくないもの
文=一田憲子
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