「好きと言ってくれる相手を探し続け…」『パーフェクトワールド』の作者が描く児童養護施設と愛着障害
CREA WEB / 2024年5月31日 11時0分
児童養護施設で育つ「よる」と「天雀(てんじゃく)」の恋を描いた漫画『零れるよるに』(講談社)。作者は、累計200万部を突破した漫画『パーフェクトワールド』(同)で車いす生活を送る男性との恋を描いた漫画家・有賀リエさんです。なぜ児童養護施設を題材にしたのか。そのきっかけと児童養護施設への取材を重ねる中で感じた思いを伺います。
児童養護施設を題材に選んだきっかけは?
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――『零れるよるに』では児童養護施設で育つ2人のストーリーを描いています。この題材に決まったきっかけを教えてください。
有賀 『パーフェクトワールド』の連載終了後、「次は何がいいか」と編集部と相談しているうちに児童養護施設が題材候補に上がりました。『パーフェクトワールド』の最終巻では主人公たちが特別養子縁組を選択する物語を描いたんですが、その時の取材で親が育てられない子どもの存在について今までよりも考えるようになったんです。
編集部としても、児童養護施設は社会問題であるネグレクトやDVといった問題を抱えていますから、題材にすることで、現代で描くべき漫画になるんじゃないかと思ったみたいです。
それに『パーフェクトワールド』で描いた子どもの姿が編集部内で好評で、「有賀さんは子どもを描くのがいいんじゃないか」と。それで児童養護施設を題材にすることが決まりました。私自身子どもを描くのは楽しかったので、そういう感想は嬉しかったです。
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「施設には幸福な思い出がたくさんある」という言葉
――児童養護施設が題材に決まってから連載を開始するまで、どれくらい時間がかかりましたか?
有賀 結構かかりましたね。コロナ禍で緊急事態宣言が発令されて、取材を自粛した期間があったので……。施設へ直接伺うことが重要だと感じていたので、オンライン取材にはできるだけ変えたくないなと考えていました。
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――そこから、団体・当事者の方へアポイントを取っていったんですね。取材のアポイントはスムーズに進みましたか?
有賀 多くの方が温かく取材を受けてくださいましたが、中には少し警戒される方もいらっしゃいました。これまでもメディアのために取材協力したことがあったそうなのですが、出来上がった作品が虐待や暴力にフォーカスしたものだったらしくて。「残酷な虐待描写や、児童養護職員とのトラブルばかりがクローズアップされて悲しかった」とおっしゃっていました。そういうこともあって、取材を受けるか迷ったそうなんです。
そして実際にお話を伺うと、「施設で暮らした日々は幸福だった」「楽しかった」と言う方がとても多かった。問題は施設生活そのものよりも、逃れられない虐待の記憶や退所後の問題にあると感じました。
施設についてはトラブルが発生しやすいところもあれば、そうでない施設もたくさんあるんです。この作品では、幸福な施設の方を描こうと思いました。虐待についても直接的な描写ではなく、必要最低限の表現でどれだけ子どもたちの苦しみを伝えられるかを意識して描いています。
「まるで本当の親子のようだった」児童養護施設の職員と子どもたち
――どのような児童養護施設を見学されましたか?
有賀 千葉県にある児童養護施設を2カ所まわりました。片方は子どもたちが学校に行っている時間帯に、もう片方は子どもたちが学校から帰ってきて、施設内で過ごしている時間帯にお話を伺いました。どちらの施設長さんもとても良い方で、子どもたちのことをすごく思っていることが伝わってきましたね。後者の施設では廊下で立ち話している時、子どもが施設長さんに話しかけてきたんですけど、その様子が本当に親子みたいでした。
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――子どもたちにもお話を伺ったんですか?
有賀 施設へ伺った時にたまたま絵を描くワークショップをしていたので、「絵がうまいね」程度の会話はしましたけど、踏み込んだ話はしていないんです。目の前にいる子どもたちは現在進行形の当事者なので、私の中で取材の一線を引いたところがあります。
子どもがどういう問題や気持ちを抱えているかは、自分の想像力を働かせて描き、具体的な取材は、いつも子どもと一緒にいる施設職員の方々や社会的養護者の支援団体の方々、そして施設出身の当事者に伺っています。
施設出身の当事者は、主に30歳前後の方々ですね。それくらいの年齢になると、当時の気持ちを言語化できるようになっている方が多いんです。
お話を伺った一人は山本昌子さんで、児童養護施設で育った経験を講演会で話したり、虐待された経験のある70人が登場するドキュメンタリー映画「REALVOICE」の監督を務めたりしている方です。彼女の映画は私も観に行ったんですよ。
施設内恋愛を禁止する施設も少なくない
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――取材を重ねる中で、印象的だったお話はありますか?
有賀 恋愛に関する話でしょうか。自分のことをずっと「好き」と言ってくれる相手を探し続けている印象を受けました。『零れるよるに』では「共依存」を描いていますけど、施設出身者には愛着障害の方もいるんです。
施設内の恋愛についても伺いましたけど、それは人それぞれでしたね。施設の子と付き合ったことはないけど彼氏は途切れなかったという子もいれば、施設内の廊下でキスしている子たちを見た、という意見もありました。
中には、施設内恋愛を禁止している児童養護施設もあります。それは意味なく「規則だから」ということではなく、施設には性被害を受けて在籍している子どももいるからです。安心できるはずの生活圏内でもし性的な行為があった場合、対応が難しいのだと思います。
(作中では、施設の敷地内でキスしたことを施設職員が本気で怒るエピソードがあります)
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職員が子どもから殴られたら、全員で対処する
――児童養護施設で働くケアワーカーからもお話を伺ったんですか?
有賀 はい。山本さんが児童養護施設にいた頃にケアワーカーをしていた方にお話を伺いました。印象的だったのは、「『親にはなれない。これは仕事だ』と最終的に割り切れる人じゃないと続かない」とお話されていたことですね。ずっと働いていると、子どもから裏切られる場面もあるそうで、そういう時に「しょうがない。親じゃないんだから」と割り切るしかないとか……。
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あとは、ケアワーカーの責任の重さも感じました。ある児童養護施設では、「職員を守らないと子どもを守れない」と、トラブルが起こった時は全職員が集まるシステムを導入しているそうなんです。例えば職員が子どもから殴られたら、一人ではなく全員で対処する。そうすることで負担を減らして、離職率を下げようとしているんですよね。
施設に来る子どもの多くに虐待経験があり、彼らにとってまず必要な治療は「当たり前の生活」なのだそうです。戦時中の子どもに薬だけをポイと渡しても意味がないように、何よりも安心して生きられる環境がなければ傷も癒えようがありません。それだけ子どもたちの生活を支える施設職員の責任は大きいのだと思います。
一方で、慕っていた職員が辞めてしまうと、子どもは裏切られた気持ちになってしまうことも多いそう。難しい連鎖ですよね。
退所後の孤独に寄り添う支援の必要性を感じた
――児童養護施設を取材する中で感じた課題はありますか?
有賀 子どもたちにとっての一番の苦しみは、18歳で施設を退所しないといけないことだと感じました。児童養護施設にいた頃が幸せだった分、退所した後に自分の帰る場所がなくなった、と感じる子は多いんですよね。施設へ電話をかけても、「今は忙しいから」と断られて、捨てられた気分になる。「それから毎日死にたいと思って生きてきた」と言う話を聞きました。
実は、退所後のアフターケアは児童福祉法で義務付けられているんです。けれど具体的な内容は決まっていない。中には自立支援コーディネーターという専門職が配置されている施設もありますが、現場のマンパワーは圧倒的に足りません。施設ごとの差も大きいと感じます。
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クリスマスシーズンになると「児童養護施設にプレゼントを贈ろう」という企画が世間では立ち上がりますよね。とても素敵だと思いますけど、退所後の居場所作りにも目を向けてほしいと思う部分があるようです。
――『零れるよるに』では3巻以降、退所後の話に移っていきますね。
有賀 そうなんです。描いているうちに「メインは退所後の話になるのかな」と思い始めてきました。経済的な部分も問題になりますし、親を頼れないですから。
――施設にいた人同士の横のつながりで、支え合うこともできないのでしょうか。
有賀 そうした活動がありますけど、地方だと難しい部分もありそうです。金銭的事情が都心部とは異なるし、施設によって考え方も違いますから。どの施設へ行くかは、運みたいなところもあるので。
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一般社団法人Masterpiece(マスターピース)の菊池まりかさんは、児童養護施設にいる高校3年生にお金の管理の仕方などを教える活動をしていました。そういう活動があると施設を出た後も、誰かを頼ることができるんです。今は受け入れられる子どもの人数が限られていますけど、そういうケアが広がれば子どもの不安も薄れるのではないでしょうか。
有賀リエ(あるが・りえ)
長野県出身。読切漫画『天体観測』で「Kissゴールド賞」を受賞し、デビュー。初連載は、天文サークルに所属する大学生の恋を描いた『オールトの雲から』(講談社)。『パーフェクトワールド』(同)は車いす生活を送る男性との恋愛を描き、話題に。累計200万部を突破し、第43回講談社漫画賞少女部門を受賞した。ほかに性暴力の加害者・被害者の子ども同士が惹かれ合う『有賀リエ連作集 工場夜景』(同)がある。
文=ゆきどっぐ
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